第75話 六歩目、交渉

投稿遅れました。

週一投稿とかいう舐めた頻度ではありますが、一応更新は続けていきます。

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俺達が居る魔術王の家に来たのはヒロだった。他にも、何故か聖女とラウラが居る。


「...今の俺には、お前らはそこまで脅威じゃない。自分から死地に飛び込んでると分かっているのか?」


ヒロに対して俺が抱いているのは負の感情だけだ。冤罪に関してはコイツではなく聖女のせいだが、わざわざクラスの中で晒し上げ、俺の腕を、俺の今までの努力を一方的に奪い取ったのだ。正直、今すぐにでも殺したい。


聖女に関しても、わざわざ助けてやったのに恩を仇で返しやがってと憎んでいる。コイツさえいなければ俺はあんな目に合わずに済んだ。


まぁ、あの事件があったから今俺の俺が居るのだ。その点では感謝していると言っていいだろう。


だが、それとこれは別だ。そもそも敵に容赦するつもりはないし、心の中はもうとっくに冷えきっている。その中に胸を焼く程の怒りがあっても、思考はクリアだ。魔術王もああいっていたし、今殺してもなんの問題もないだろう。


ふと、ヒロ達に目を向ける。武器も持っていないし、こちらに対して敵意を向けていない。何か目的がありそうだが...


――好都合だ。こちらに構ってやる理由はない。


そう思った俺は、隊員に対して「殺せ」と一言告げる。


「待ってくれ!俺達に敵意はない!」


呆れた。だから何だと言うのだ。俺達は戦争をやっているんだ。ヒロが王国軍に居たのは知っている。敵意があろうがなかろうが、敵国の軍人は殺すべきだ。


そんな事も分からないヒロに対して怒りを通り越して軽蔑すら浮かんでくる。


「だから?」

「交渉しに来た。少しで良いから話を聞いてくれないか。」


話にならない。そう思った俺は自分の手で殺そうとする。


「はぁ...——“ヘルファ」



―――だが、それはヒロの叫び声によって遮られた。



「お前に冤罪を掛けた黒幕がいるんだッ!!話を聞いてくれ!」



「なに...?」



突然何を言い出すんだ、そう呆然としている俺に、ヒロは畳みかけるように再び口を開く。


「まず、済まなかった。言い訳になってしまうけど、あの時の俺はどう考えても冷静じゃなかった。本当にすまない。お前の人生を不意にしてしまうような事だし、その腕に関しても言い逃れ出来ない。本当に、本当に済まなかった。」


そう言って深々と頭を下げるヒロに、俺は何も言えなかった。戦う時はいつも感じる、どこか冷えていて、自分が自分じゃないような感覚。それがなくなっていくのが分かった。


違う、俺は謝罪を求めているんじゃない。


「少し考えれば分かる事だったんだ。アメリアが襲われたという現場には、下半身を露出したまま死んでいる男が居たらしい。きっと犯人はそいつらだろう。アイツらをやったのは君だろ?」

「あ、あぁ。」

「なら間違いない。君はアメリアが襲われている所を助けたが、アメリアはそれを勘違いしてしまったんだ。それを俺は...本当に済まなかった。」


なんだ、何なんだ。やめてくれ。そんな真摯に謝らないでくれ。

もっとクズだったよかったのに。そうしたら、気兼ねなく殺せたのに。


「裁判だっておかしかった。絶対に誰かからの圧力が掛かって――」


「——黙れッ!!」


ぷつり、と。何かが切れた音がした。

何が起こっているのか分からなかった。そして、そんな混乱したままの俺に対してまくし立てるヒロに苛立ちを覚えていたのだろう。

それが限界に達したのだ。


「うるさいんだよお前!!さっきから何なんだ!俺は一度も許すなど言っていない!勝手に話を進めるなッ!!」


みっともなく喚き散らす俺にヒロは一瞬困惑した表情を浮かべるも、直ぐに真剣な顔で俺の眼を見据えた。


「分かった。では、何をしたら許してくれる?」

「...っ!」


誰だ。誰なんだ、コイツは。ヒロはこんな目をする人間ではなかった。


混乱している俺の目に、ふとヒロの手が映った。

腕は鍛え上げられ、掌には至る所に豆が出来ている。鍛えられた剣士の手だ。


――俺も、あんな手をしていたハズなのに。



そう思うと、我慢できなかった。




「——“ウィンドスラッシュ”——」




その一言と共に、風の刃がヒロの――正確には、ヒロの腕に向かって飛んで行った。ヒロは防ぐ動きをしない。それがまた、俺を苛立たせる。


「——ぐっ...うぅ!」


そしてその刃は、簡単にヒロの腕を切断した。


自分がやったのだ。なのに、何故か呆然としていた。



「ヒロ!!」


ヒロの隣に居た聖女が、焦った声を発しながら回復魔術を掛けていた。

だが、それをヒロが制止する。


「いい...いいんだ、アメリア。ぐっ...ライト。これで...これで、許してくれるか?」


顔を脂汗まみれにし、呼吸も絶え絶え。その表情を苦痛で大きく歪ませながらも、ヒロは俺に語り掛けてきた。


「...あぁ。聖女、治してやれ。」


俺がそう言うと、ヒロは驚いた表情を浮かべた。


「いいのか?」

「あぁ、もしかしたら、俺の腕も戻るかもしれないからな。お前だけ片腕ってのは理不尽だろう。」


我ながら意味不明な理論だ。それで納得したかは分からないが、今ここで出血多量で死ぬよりはマシだろう。

俺は、治療を受けている最中のヒロに話しかけた。


「で、交渉ってなんだ?」


聖女の回復魔術は、俺のより使い勝手が悪いらしい。聖女はその手に微かな光を灯しながら、目を瞑って何事か呟きながら治療に当たっている。


「あぁ、それはラウラが話す。少し時間が掛かるかもしれないから、一応場所を変えないか?」


俺はラウラに目を向ける。彼女は、俺達に第一王女に引き渡された後、人質交換で王国に戻ったと聞いた。あの時は俺に対して激怒していたラウラだが、今は大人しく俯くのみだ。


そんな彼女がどんな話をするのかは少し興味があるが、今はそれどころではない。


「...無理だ、時間がない。もう直ぐ騎士団がここに到着する筈だ。」


こんなよく分からん状況を見た騎士団がそのまま突撃してくるとは考えられないが...

...いや、どうだ?あの人結構悩筋だし、何も考えずに突っ込んできそうだ。

今それをやられると大変困る。


だが、場所を変えようにも俺は魔術王から腕を貰わないといけないから遠くには行けない。どうすりゃいいんだ。


「そのくらいは任せろ。わしはあ奴らに貸しがあるからの。」


...その言葉、信じさせてもらおう。







数十分後、俺達は騎士団とそれを率いるローエンと対峙していた。

ローエンは俺達の近くに魔術王が居るのを見て驚愕していたが、その表情を直ぐに怒りに歪ませた。


「——何故あなたが王国の敵に回るのです!!」


「相変わらず騒がしい奴じゃのぉ...理由などどうでも良かろう。お主に出来るのは二つに一つ。ここでわしに喧嘩を売るか、王都に戻って増援を呼んでくるかじゃ。」


「くっ...!」


悔しそうな表情を浮かべながらも、彼は身を翻す。


それを見て、俺は意外な気持ちになった。ローエンの事だから、何も考えずに突撃してくると思っていたのだ。騎士団は対魔術師に特化した部隊なのだし、単に勝機がないから逃げたという訳ではもなさそうだと思う。


そう違和感を抱きながらも、俺達は騎士団が戻っていった森を見続けていた。ちなみに、剣聖は姿を現していない。


「もういいじゃろう。とっとと戻るぞ。」


「...そうだな。」


何か違和感を覚えながらも、俺達はさっきの場所に戻るのだった。







「で、交渉ってなんだ?」


先程の部屋に戻った俺達は、ヒロ、聖女、そしてラウラの三名を前にしていた。

ラウラはどこか気まずそうだった。

彼女は以前俺達に捕まった時、恥ずかしくないのかみたいな暴言を吐いていた気がする。おそらくそれを気にしているのだろう。


「えっと、停戦に関する交渉...ですね。」


「停戦、ねぇ...」


どうなのだろうか。ここには合衆王国の王族もいるし、要件を伝えるくらいなら全く問題ない。だが、あと一週間もしない内に上陸作戦が始まってしまう。


どう考えてもタイミングが悪過ぎる。


大した損害も被っておらず、また損害を与えた訳でもない現状で停戦してしまえば、合衆王国の軍部は必ず納得しない。

そもそも、王国の上層部がこの話を聞くのだろうか。騎士団、魔術王、剣聖、聖女。その全員が健在だ。あの海戦では多くの兵士を取り逃がしたから、王国はその戦力の殆どを保持したままだ。こんな状況で王国側が停戦を提案するのは不自然過ぎる。

罠を疑うレベルで不自然過ぎるのだ。


俺達が騎士団を下すか、上陸作戦を成功させるか。そのどちらか、或いはその両方を達成させない限り、こちらにもあちらにも停戦のメリットがない。


「誰が、どんな目的でそんな停戦を言い出したんだ。」


全く不可解だ。もしかして、エイベルあたりの策か?

そう疑う俺に、ラウラはその目を悲し気に歪ませながら答える。


「...帝国が、動き出しました。10万人の兵力を失った今、合衆王国と帝国の両方と戦えるだけの余力が残っていません。真相が定かではないものの、魔王の再臨も近いとされています。」

「待て、10万の兵力を失った、だと?」


困惑する俺に、ラウラもまた困惑の表情を浮かべる。


「はい...懲罰部隊によって全滅させられたと聞きましたが?」


「なんだとッ!?」


俺を含め、懲罰部隊の隊員が驚愕した。


そんなはずはない。俺達は敵の隙をついて逃げ出しただけだ。


「何故そんな事になってる!」

「...十中八九、例の人物のせいだろうな。」


またもや飛んでくる混乱しそうな情報に、もう止めてくれよと心の中で叫びながらもヒロの話を聞く。


「あの海戦の後、停戦を訴えたものは悉く殺され、何故か造船関係の人間も大量に殺された。王国が本土決戦を決めたのはそれが理由だ。」


思わず絶句する。誰がどう見ても誘導されているではないか。という事は、今のこの状況は全てその“例の人物”の手の上という事になる。


「あぁ、多分ライトさ...ライトが考えている通りだと思う。」


ヒロはそこで一度言葉を切ると、何か考えなおしたような素振りを見せた。


「そこで、とある人物が上層部の内数人に“例の人間の目的を知るまでは停戦すべき”と訴えてね。それが受諾されたんだ。どうやら上層部にもこんな馬鹿げた事を出来る暗殺者に心当たりがあるらしくて、それでスムーズに行ったんだ。」

「...その人物とやらは無事なのか?」


頭が痛い。いよいよ状況が錯綜してきた。


「うん。いくら強くても場所が分からなければ殺せないからね...ただ、それについても混乱してたみたいだよ。想定してる暗殺者なら情報収集能力が低いのはおかしいってね。」

「分かった。じゃあ、なんで騎士団はまだ敵対してくるんだ。」

「単純に情報を伝えていないからだよ。これ以上この停戦について知られるとマズイ。あの人はなんか脳筋らしいし...これは敵の誘導を妨害するのが目的だからね。あまり知られると対策されてしまうんだ。」


なるほど、大体理解出来た。

となれば...あと気になるのは、その停戦がいつになるかという事か。

俺はその事をヒロに伝えると、彼は何故か難しい顔をした。


「それが、どうやら上陸してからになるみたいなんだ。」

「それだと戦火が広がるが...まぁ、そうでもしないと不信感が広がるだけか。」


先程も言ったが、急な停戦は無意味だ。両者が納得しない停戦など、軍部の暴走や、最悪クーデターまで発展する。それだけは避けなければいけない。


「合衆王国軍が上陸した後というのは理解した。では、具体的な日程は決まってるのか?」

「あぁ、上陸から3週間という事になった。」


3週間後という事は...ハンプトンに攻め入った後か。

それだけあればあの都市も落ちるだろうし、王国有数の都市を落とされた後となれば停戦のタイミング的にも丁度良いかもしれない。


「分かった。では、懲罰部隊はその停戦まで時間を稼ごう。それでいいな?」


「あぁ、助かる。」


「で、これからなんだけど...俺達は立場が微妙なんだ。見方によっては敵に下ったと思われてもおかしくない行動だ。ラウラ以外はここに残ろうと思う」


「ラウラは戻るのか?」


「——はい。なので、少しお話をさせて貰えませんか?」


声がした方へ目を向ける。


そこには、覚悟の決まった表情をしたラウラが居た。







「ヒロと同じ事を、と思うかもしれませんが...まずは、謝罪させて下さい。」


空気を察してか、隊員達は部屋の外へと出ていた。元婚約者という事もあってか、色々と気遣われているらしい。


その気遣いに何処かこそばゆい気持ちを抱きながらも、俺は真剣にラウラと向き合う。


「あの時も、あのような心無い事を言ってしまいました。本当にごめんなさい。」


そういえば、ラウラは俺の事をどのように思っていたのだろうか。

ふと、そんな考えが頭を過った。


そういえば、エルの元で魔術を習っていた時に、屋敷の前で待ち伏せされた事があったっけ。

あの時は面倒くさいなとしか思わなかったが、今考えると、あれは俺の事を心配しての行動だったのだろう。それも、早朝と言うには早すぎる時間から屋敷の前でずっと待っていたのだ。


学園に顔を出さない婚約者を心配して、何度も家に尋ね。それでも会えないと分かったら、今度は屋敷の前でずっと待つ。


自意識過剰かもしれない。それでも、彼女の事を恨む気持ちにはなれなかった。


「もう、気にしていない。こちらこそ悪かったと思っている...君を捕虜にした時の扱いは、女性に対してしていい行いではなかった。」


あの時の俺は、負の感情で溢れていた気がする。それが、ヒロやラウラにこうして謝罪され、再び剣を振れるかもしれないとなれば。


もう、俺に復讐心は無かった。




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この回を書くにあたって、第11話を見返してみたんですが...文字数少なすぎてびっくりしました。あれから少しは成長している...はず。

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