第63話

設計図。それは船を作る上で最も重要なモノだ。何せ設計図さえあれば技術がなくとも船が作れてしまうのだ。


―――この世界における造船とは、魔術に大きく依存している。“設計図”と呼ばれるソレは、単に船の諸元や構造を表したものではなく、どのような魔術式を用いれば船を作れるか、そのためにどれ程の材料が必要かが書かれたものである。


本来複雑な物体の生成は不可能な魔術だが、その精工さとは本来術者のイメージの正確さに依存する。よって、魔術式や諸元、そして明確な図が書かれた設計図さえあれば船舶の製造はそこまで難しくないのだ。また、“魔術によって生成された物体は、存在し続けるだけで魔力を消費する”という弱点は材料を用意してしまえばそれだけで克服できる。

よって、軍における“設計図”は最高機密に値するものであり、その保存には最大限の警戒が必要である。

それを奪取するのは生半可な事では不可能だが...


「...まぁ、監獄島攻略よりはマシか。」

「任せたぞ」


そんなこんなで、俺たちは高速船のある場所へと向かうのだった。







「初めまして、ウィンソン号の艦長を務めているバークです。」


港から少し離れた海岸にて、俺達は今作戦の目玉である高速船の艦長と対面していた。見た目はいかにも海の男、と言った感じだ。焼けた肌にガタイの良い体、そして海軍帽から覗く、鷲を連想させる鋭い目。

その目からは、こちらを見透かすかのような視線を感じた。


「懲罰部隊隊長、ライト・スペ...いや、ライトだ。」


危うくフルネーム言いそうになったが、剣聖とは親子でなく敵である今、苗字を名乗るのはよくないだろう。そう思い言い直すが、彼にそれを気にする様子はなかった。


「あまり時間もありません、すぐに出航しましょう。」


そう言うと彼は帽子を被り直して再び口を開く。


「出航準備中に嵐に巻き込まれたら目も当てられませんからね...」


彼の眼は水平線の奥、巨大な暗雲を見据えていた。





そう言って乗り込んだ船はキャラベル船。合衆王国海軍のほとんどはキャラック船であり、これはキャラベル船より積載能力、安定性、戦闘能力に優れている。それに比べてキャラベル船であるウィンソンは操舵性と速度性に優れていた。

また、キャラック船は王国からすれば旧式であるのに対し、キャラベル船は王国から拿捕した比較的新型の帆船である。


まぁどちらにしろガレー船を採用している王国からすれば見劣りするが。


という訳で、船に乗り込んだ俺達だが...


「...ちっちゃくね?」


そう、俺たちはいままで王国のガレオン船にしか乗ったことがないのだ。監獄島に行くときも、監獄島からこちらに来る時も輸送に適した大型船舶だったのだ。

それに比べ、この船の全長は精々は20メートル。そこに30人も追加で乗ったらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。


「...うちの海軍にそんなデカい船なんてないですよ。だからこその今作戦です。」

「えぇ...」


まぁ、ないものねだりしたところでしょうがないか。

そう考えて船内に戻ろうとしたところ、再びバークに声を掛けられた。


「あ、魔術が使えるなら風魔術とかで加速できます?ちょっと嵐が来そうなので。」

「えぇ...」


この小さな船で嵐を突っ切るのかよ...と早々に不安になる俺達だった。






さて、ライト達の知る由はないが。

実はこの船、第一王子救出作戦に参加していた船だ。


また、その際サララスティア王女の側近として行動していたのがこのバークだ。

そのサラスティア王女と言えば、今作戦の危険度を鑑みて、クリスティア王女とライトの両名からの要求で今はお留守番だ。


そしてこのバーク、以前ライトを目撃しているのだ。


「...彼は本当に大丈夫なのか?」


最初に見かけた時のライトは、どうみても壊れていた。

そんな少年を戦わせるというのにも不安を抱えるし、何より――


―――あの少年は、そう長くは持たない。


兵士としての勘が、そう訴えかけていた。

勿論、彼らの活躍は聞いている。王国兵を次々と撃破し、監獄島まで敵を撤退させた、合衆王国の希望の光。


(...まぁ王国の人間である彼らが合衆王国の希望の光というのはおかしな話だが。)


だが、彼はそれだけ多くの人を殺してきたのだ。

なるほど、心の壊れた復讐者であれば、それは大した問題にはならないのだろう。

だが、今の彼は以前見たより大分“マシ”な状態になってしまっているのだ。

壊れた心では感じなかった罪悪感。それらが治りかけた心をぐちゃぐちゃにしてしまうのが容易に想像できる。

きっと、壊れた心のまま戦った方が遥かに楽だっただろう。


...それでも、彼に頼らざるを得ないのは何と不甲斐ないことか。


(だが、今は目先の問題を片さなければ。)


彼の心を守るのは、きっと自分の役目ではない。今はここにいない少女に、バークは願うような気持ちを抱くのだった。







「風が強すぎだ!マストが折れちまう!」

「聞いたか懲罰部隊!もっと風弱めろ!」

「了解!」


海兵達の要求を受け、俺たちは風魔術で船を加速させていた。

とは言え、その強さにも限度はある。そのさじ加減が難しい。


...というかそれより。俺はこの船で嵐を抜けられるのか不安でならないのだが。


巨大な暗雲はその大きさのせいで距離感がいまいち掴めないが、雷鳴からしてそう遠くは無いはずだ。現に、船の揺れがどんどん激しくなっている。


「もう嵐が来るぞぉ!マストを畳め!」

「了解!」


慌ただしく駆け回る海兵達を眺めながら、これから来るであろう揺れに身構える。

今甲板に出てるいる懲罰部隊は半分ほど。第三班と第四班だ。何故こんなに居るのかというと――――



「左舷前方より大波!デカいぞッ!」

「頼んだライト殿!」

「任せろ!」


嵐の海は、予想以上に危険だ。小型船が一隻で航海して良い場所じゃない。

どんな場所から波が来るかわからないし、波と波がぶつかり合って崩れた波や三角波、巨大波などは脅威だ。嵐の波など大きいものでは30メートル優に超える。

船舶は縦方向の波には強いが、横方向には非常に脆い。そんな横方向の波から船を守るのが俺達の役目だ。

だが、船を守ると言っても簡単ではない。巨大な波の持つエネルギーは尋常じゃないくらい大きい。海が動いてるといっても過言ではないのだ。そんなモノを魔術で止めるのは不可能。だから俺達にできるのは流れを変える程度だ。

そこから先は海兵達の腕にかかっている。


「取舵一杯!波に対して艦を立てろ!」

「了解!」


船が大きく揺れ、視界が暗雲に埋め尽くされる。船が波に合わせて上を向いたのだ。

そして感じる、一瞬の浮遊感。


「波を超えるぞ!全員衝撃に備え!!」


船が波を超えたのだ。となるとその先にあるのは、巨大な下り坂。高速で波を登り切ったウィンソン号は一瞬空を飛んだ。

とは言え、一瞬は一瞬。あっという間に船は落下を始め、俺たちは船から空中に投げ出された。


爆音とともに船が着水。そして甲板に全身が叩きつけられる。


あまりの衝撃に意識を失いかけるが、なんとか目を開けて周りを見渡す。隊員が何人か意識を失っているが、大きな怪我をした者はいなそうだ。


「いッ!?」


そう安堵し掛けた時、腹に痛みを感じた。痺れるような痛みだ。何事かと確認服をめくって確認すると、ロープが肉に食い込んでいた。このロープは海に投げ出されない為に、嵐の前に括りつけた物だ。


これがなければ危険とは言え、大きな波が来るたびにこの痛みを感じるのは勘弁してもらいたい。


と、その瞬間。見張りの海兵が今日一番の大声を上げた。


「クソッ!!三角波だァ!!」


全身に叩きつけられる雨粒を感じながら、艦長であるバークに目を向ける。

大雨のせいで視界は最悪だが、彼が「最悪だ」とでも言いたげに顔を顰めたのは見えた。


三角波とは、進む方向が異なる二つ以上の波が重なり合ってできる、三角状の波高の高い波のことだ。嵐の海ではいたるところで波が発生しているため、それらの波が全て様々な角度で重なりあうため非常に起こりやすい。


―――そして、船乗りから最も恐れられている波でもある。その理由は、波が突き上げてくるからだ。王国海軍の大きな船であろうと一瞬で沈没させてしまうような波。それに対して出来ることと言えばせいぜい三角波が生じそうな海域には近付かないこと。


...つまり、遭遇してしまった時の対策などないという事だ。


「とにかく捕まれえぇ!!」


艦長のその言葉を発するや否や、船は大きな衝撃に襲われるのだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

船と波に関してはウィキのコピペです。中世の船は専門外じゃ!!(ヤケクソ)

ってか大砲なんてない世界で船を大型化する必要あるか...?

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