第61話
戦争なんてしていながら、死者が数人出ただけでこのありさまだ。自分はこんなにも弱い存在だったのだろうかと、何度も思ってしまう。
脳裏を過るのは、10年以上憧れた英雄。父も、この苦しみを経験したことがあるのだろうか。
俺は、決して強者などではない。強者の本質は、その魂にある。自分の胸に迷いを抱えながら戦い続け、それを信念に変えた者こそが強者なのだ。父はきっと“剣聖としての職務を果たす”ことを自らの信念としていた気がする。それに比べ、自分のこの力はズルでに入れたようなものだ。
つまるところ、心構えも出来ていないやつが互いの信念のぶつけ合いに首を突っ込んだのだ。敵の指揮官が自分に苛立つのも頷ける。
今の自分には、信念どころか“迷い”すらない。いや、これから自分はどうすべきかなどの漠然とした迷いはもちろんあるのだが。ここでいう“迷い”とは違う。
人が簡単に死ぬ戦争という地獄を、道しるべも、目的地すらも持たずに突き進めるほど、自分は強くない。
だが、昨日の戦いの中で俺は強く願ったことがある。それを信念と言っていいのかは分からない。それでも、目的地に設定することくらいは出来るだろう。
サラを死なせたくない。隊員も死なせたくない。そう強く願ったのなら、今はその願いで十分だ。
〇
「...お前、昨日と顔つきが変わったな。やっと腹くくったか?」
開口一番、驚いた顔をしながらそう尋ねてくるガル。
生き残った連中では一番の重症だった彼だが、朝っぱらから絡んでくることを見るに体に問題はなさそうだ。
「心外だな。まるでいままで腹くくってなかったみたいな言い方じゃないか。」
「いいや、その通りだね。お前、自分はいつ死んでもいいとか思ってた様だが、それは覚悟じゃなくて自棄だ。現に、隊員が死んだって聞いてひどく落ち込んでたじゃねぇか。」
...どうやら、見透かされていたらしい。
まぁ、俺の言動はどこからどう見ても危なっかしいし、案外皆も気づいているのかもしれない。
「で、結局腹はくくったのかって聞いてんだ。」
「...一応な。」
ここで言いきれれば良かったのだが、俺の返事はどこか歯切れが悪いものだった。
それでも納得したのか、ガルは「そう言う事にしといてやるよ」と言葉を残して天幕のある方へ進んでいくのだった。
彼の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、俺はふと「これからどうなるのだろうか」と思うのだった。
〇
昨日の戦闘...というか俺たちがボコられただけのあれの後、合衆王国軍はそのまま港奪還の為に進軍した。
そして合衆王国軍が目にしたのは、もぬけの殻となった...いや、破壊しつくされた港だった。
王国軍は快進撃を続けた合衆王国軍に恐れをなして戦うことなく逃げて行った。そう思い喜びの声を上げた兵士達であったが、彼らの指揮官たるクリスティア王女は港を見るなり舌打ちし、“やられたな”と呟いたという。
一見こちらが押しているように見えるこの戦争ではあるが、実はそうでもない。生産力も技術力も劣っている合衆王国からすれば、時間をかければかけるほど不利になるのだ。そして、大海を渡る船を大量に作れない現状では敵本土への攻撃は現実的ではない。また、10万もの兵力は無傷なまま要塞島へ撤退したのだ。この兵力も大きな障害になることは間違いない。しかもその上、合衆王国最大の港が破壊されてしまったのだ。
まぁ、つまるところ。
合衆王国は、敵の戦力を減らす機会を一時的に喪失したのだ。
そして、それは戦争の更なる長期化を意味する。
「まぁ、負けなければなんだっていいさ。」
とは言え、今の自分の目的はサラ達を守ること。恨みがなくなったわけでも、復讐したいという気持ちがなくなったわけでもないのだが。わざわざ王国に攻め込みたいとは思わない。
「...なんとかなるだろ」
――――――全て、とある人間の思惑であるとは、これっぽっちも思わずに。自分はもう地獄を経験したと思い込んでいて。この先にあるのが、まだ他人を恨めたあの監獄島での日々が幸せに思えてしまう程に絶望的なものであるなど、これっぽっちも思わずに。
俺はあまりにも楽観的な言葉を溢すのだった。
〇
「...結局、全部お前が言ってた通りになったよ。」
暗闇に向け、そう呟くエイベル。
だが、誰もいないと思われたそこから不気味な仮面がゆっくり映し出されていった。
「ハハ、当たり前だ。」
―――壊れてる。
きっと誰が見ても、そんな感想を抱くであろう。
仮面の男はそんな雰囲気を全身から発していた。
顔を見なくても、その口調と、漂う雰囲気だけでそう分かってしまう程、その仮面の男は尋常ではなかった。
エイベルはその仮面を見ているだけでこちらおかしくなってしまうような気がして、その仮面から目を逸らした。
(オレは本気であのガキを潰すつもりだったのだがね...)
あの戦闘の前、この仮面の男は「お前ではライトを殺せない」と言っていた。何もかも見透かしたかのような言葉に少々苛立ち、そんなモノ知るかと全力で殺しにかかったのだが。
―――結局、コイツの言うとおりになってしまったな。
エイベルはそう思うと共に、何処か自虐的な口調でその仮面の男に向けて口を開く。
「...次はどうすればいい?」
「―――黙れ」
「...ッ!?」
またか。エイベルはそう思った。
軽薄な雰囲気を突然消し去り、人格が変わったかのように冷ややかな殺意を向けて来る。
それも、今回が初めてではなかった。
会うたびに向けられる、それだけで人を殺せそうな―――比喩ではなく、気の弱い者ならとうに心臓が止まっているだろう視線。
それを向けられながらも、恐怖を感じるだけのエイベルもやはり尋常では無ないのだろう。
「お前は俺の命令に従うだけでいい。歯向かうな、疑うな、質問を投げかけるな。ただ聞け、そしてその通りに行動しろ。」
傲慢とも言えるであろうその言葉に、エイベルはただ聞く事しか出来なかった。
実際、歯向かったら殺されるのだろうから。
―――いや、自分が死ぬことなどどうでもいいのだ。だが、それでも。コイツ言う事を守らなければ。と、そう考えるだけで殺意を向けられたときの比ではないくらいの冷や汗が流れる。
そんなエイベルの心情を知ってか知らずか、仮面の男は再び雰囲気を変える。
「あああああぁ...あと少しだ!あと少しで俺は!」
軽薄な態度から、冷たい殺人鬼。そして、今度は完全な狂人のように叫ぶ仮面の男。
(コイツ、どっかで見た事ある...?)
しかしその行動を見たエイベルは、何故か既視感を覚えた。
―――だが同時に、その既視感の正体を探ってはいけないような気がした。
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投稿遅れました。この話の後半は以前投稿したものの修正版です。
余裕などこれっぽっちもないので、やるべき事をぶん投げて書きました。
マジで投稿頻度上げないと何年もかかっちゃう...
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