第49話 正体


「よぉ、三日ぶり」


 ひょっこりと顔を出しながらそう言ったのはクラウだった。

 少しばかりの唐突さと脈絡の無さに隊員らが驚く。


「何してたんだよ」

「マジでなんで今まで居なかったんお前?」


 疑問は最も。

 俺はクラウの選択肢を尊重したかった。だからこそ勝手に彼の正体を明かす事は許されない。

 彼らからすれば、元から謎を抱えていたヤツが国王に突っかかって以来三日間顔を出していない事になるのだ。


「それ含めて説明するよ。お前らはこの三日どうだった?」


 何時ものように火を囲みながら座る懲罰部隊。そこに割り込むように入って、腰を下ろしながらクラウが言う。

 隊員達は未だに何処か怪訝な表情を浮かべたまま。


「怠くて叶わねぇよ。訓練キツイしよ」

「かなり充実してる。メシと寝床があるってのはありがてぇ」

「真面目だねぇー」

「しかし、正規の教官らから学べるのは非常に有意義だろう」

「...馬鹿馬鹿しい」


 喧しく、全くもって統一性のない回答。

 聞きながらもクラウは笑みを浮かべた。


「ハハッ、お前らしい」


 呆れではない。純粋な、喜びを表す笑みだった。

 そんな笑みは数秒、その後目を瞑り沈黙してさらに数秒。

 覚悟を決めた様にクラウは目を開く。


「...そうだな、俺の話をするか」


 そうして彼は語りだした。

 自らの身分、明かせなかった理由と過去。そして、それを乗り越えて話をしたことを。



 〇




 静けさが広がる。

 木の枝が弾ける音のみが耳をつく。

 そういう音には心を癒す効果があるらしいが、それを実感する事はない。

 元来騒がしい懲罰部隊だ、衝撃的な事実を知った驚愕のあまりの沈黙。そんなものが長続きするはずがない。


「お前が王子、ねぇ...秘密抱えてそうとは思っていたが、まさかここまでだとは思わなかった」

「待て、という事はサラ嬢の兄ってこと!?」

「見えね~!正反対じゃん」

「俺達みたいだな!」

「頼むからお前は黙ってくれ」

「いやはや本当に面白い、好奇心が溢れますね?」

「...だから私に振らないで貰いたいと」


 がやがや、わーわー。

 しかしそこに負の感情は見当たらない。憎しみに心を汚している隊員も、俺を含めて大勢いる。しかしその性根が腐っている訳では無い。彼が正体を隠していた事に関して、何らかの不満を抱えている隊員は見当たらなかった。


 純粋なリアクションだ。


 それに何処か呆気ないような思いを抱くクラウ。

 今度こそ呆れたような笑みを浮かべた。


 そこにはどんな感情があるのだろうか。

 安堵感だろうか。分からないけれど、きっとその色は明るい。暗い感情に、黒に染まっていない色だ。


 ...正直な事を言おう。

 俺は彼が羨ましい。


 そして確信と反省が一つ、俺とアイツには大きな差がある。


 似ている、と思っていた。

 劣等感や周囲からの重圧に負けそうになって、それでも自分なりに必死に努力を捧げて。それでも評価は変わらず、やがて地獄への淵から転落する。


 けれど、彼は俺とは違う。

 共通点はある。それでも乖離と差異がそこには存在する。

 俺の周囲には俺を信じる人間は居ない。俺もまた、信を託す相手など存在しなかった。だが彼はどうだ。受け入れていれる場所が、愛が彼を待っていた。


 きっと俺はああはいかない。

 王国に戻り、そして無罪が証明されたとしても、そこに待つのは碌でもない何かだ。


 それでも嫉妬だけはすまい。

 彼は苦悩し、一度は諦め、それでも勇気を出して家族と話し合う事を選択した。環境に差はあるけれど、彼の曇りなき笑顔が、彼の選択によって手に入れた物だ。

 だから、羨む事はすまい。


「...あ、そういえば伝達事項が二つあるんだ」


 すっかり忘れていたと言わんばかりに手を打つ。

 俺は意識を切り替えて耳を澄ませた。もしかしたら、隊に関わる重大なそれかもしれないのだから。気軽に言うクラウを見る限りそうは思えないが。


「まず一つ、懲罰部隊には身分と地位を証明する短剣が付与されるらしい」

「短剣?」

「あぁ、それぞれ名前が刻まれた銀の剣さ」


 ...それはまた、素直に嬉しい。

 それだけ俺達に期待が掛かっているのだろう。けれどプレッシャーは感じない。応えられる自信があった。俺一人ならばまだしも、今は隊員達が居る。


「二つ目は?」

「懲罰部隊の指揮官...というより責任者はサラになる事になった」


 ...サラが?

 首を傾げながら思案する。確かに、俺達には何らかの首輪が付けられるだろうとは思っていた。まだその全てを明かしてはいない物の、俺達が持つ戦力についてはある程度知られているだろう。

 故に野放しにする事はありえない。また、殆どが王国出身の人間で構成されている俺達が活躍し過ぎては反感を買う可能性もある。


 ...まぁ、ならば妥当か?

 彼女は王族だ。俺達の活躍も彼女の名が付く事で説得力も生まれるし抵抗感も低くなる。

 そして責任者という言葉が示すのは、彼女が俺達の決定や行動の責任の所在でもあるという事。

 それに関してはちょっとプレッシャーがある。俺達のやらかしが彼女の不利益に繋がるというのはどうも落ち着かない。


「お前たちの体力の回復次第で前後するだろうが、出撃はおよそ二週間後を予定している。サラも仕事と諸々が終わり次第訓練に参加するだろうな」

「...一つ、疑問があるのだが」


 顔を険しく言ったのはレオだった。

 腕を組む彼、発言するのはかなり珍しい。それも疑問ときた。


「サラスティア様は未成年ではないのか」


 それは目から鱗であった。

 愕然としながら、全く気付かなかった自分に呆れる。

 そうだ、彼女は見た目からして俺と同年代か年下。そして俺達のように無国籍などではない。ならば、彼女が戦場に行って良い理由はないだろう。


「...女性の年齢聞くのは失礼って言うじゃん?」

「いや茶化すなよ。頼むから普通に答えてくれ」

「だぁもう、言えない理由があんだよ!」


 それは自棄っぽくも見えた。

 言葉通り受け取る限り、彼女は何らかの複雑な秘密を抱えているのだろう。確かに謎は多い。監獄島での戦闘もその一つだ。


 気になりはする。しかし、踏み入るなと言われてしまえば尋ねる事はできない。俺達は結局他人でしかないのだから。


 不満げな雰囲気が流れるも、誰も口を開かなかった。

 クラウがただ申し訳なさそうに、どうしようも無いようにガリガリと頭を掻く。


「国家指定機密なんだよ。これを知る事はお前らにとっての不利益に繋がるんだ。分かってくれとは言わないが...」


 まぁ、どの道俺達にはそれを受け入れる以外の道は無い。


 覚えている。

 地獄の底、大切な人を失って悲嘆に暮れる痛ましい彼女の顔を。

 毒を受け、苦しみに喘ぐ彼女の悲痛な声を。

 戦場とはそう言うところだ。誰もが命の危機と共にあらねばならない。

 彼女にそれが降りかかるのは看過したくない。


 それでも、それしかないのだ。


「...妹をよろしく頼む。どうか彼女を守ってくれ」


 クラウが一人の兄として頭を下げた。

 彼だって心配な筈だ。自分を受け入れてくれた大切な家族なのだから。


「懲罰部隊は彼女を守護する事をここに誓う。俺達が生きている限り、何があってもサラスティアを守ろう」


 考える間もない。その必要もない。

 答えは既に決まっていて、隊員達に聞くまでもなかった。


 この隊が隊である理由。恩人の一言では表せぬほどの感謝が彼女にはある。


 彼女を守る。心の中で再度言う。

 虚しき復讐ではない。黒く染まりだしている心を持ってしても、決して虚しくなく、大事で大切な事だと断言できる。


 困ったな、また生きる理由ができてしまった。復讐だけに身を沈める事が許されなくなってしまった。

 狂気の中で、ただ怒りのままに行動される事はもう不可能だ。


 それでも、それが何処か嬉しく感じてしまう。

 自分はこんな人間だっただろうかと呆れながらも、やっぱり暗い感情が顔を出す事は無かった。





 

―――――――――――――

※2024/11/13

以降は修正が間に合ってないです。修正前と後では展開含め様々な変更がされているため、唐突な場面の変化や大量の矛盾が発生します。申し訳ございません


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