第44話 共有



 俺やサラが使っていた家、その横にある開けた土地に懲罰部隊は居た。寝っ転がるか駄弁るか、或いは剣を振るったりしながら時間を潰していた彼ら。それが目の前に広がる光景だった。


「三日ぶりだな、元気かお前ら」


 言いながら彼らを見渡す。欠員や怪我人は居なかった。第二特戦団と交戦したであろう彼らの事は何だかんだ心配だったのだ、アレクシア王女は大して情報もくれずに去ってしまったからというのもある。

 ...と、そんな俺の目に何処か見覚えのある重厚な金属の色が入る。

 それは隊員の一人の頭部にあった。おそらくはサラが装着していたヘルム。何してんだよとツッコミが口に出る前にその理由に気が付いた。

 あれはクラウだ。妹であるサラから正体を隠すために顔を覆っているのだろう。

 事ここに至って尚正体を隠そうとするのは端只疑問だが、まぁ他の隊員含め怪我がないようで一先ずは安心だ、そう息を付く俺の耳にガルの言葉が突き刺さる。


「なんか目ぇ赤くねえか?」


 訝し気な視線が突き刺さる。やっぱそうだよなと諦めに似た感情を抱きながらも思うのだ、バレてたまるかと。

 俺も、隣で目を逸らしながら笑うサラも、つい先程まで子供みたいに泣いていたのだ。心から情けなく恥ずかしいと思う。だからこそこの連中に勘付かれたくない。


「気のせいだ。それより良いのか、彼女はお前らの恩人だぞ」


 なのでサラにぶん投げる。断じて懐疑を押し付けた訳では無い。コイツらにとっての重要度は間違いなく彼女の方が高いのだ。

 彼女は一歩前に進む。懲罰部隊の視線を一身に受けながらゆっくりと口を開く。


「...私はサラスティア・ブリセーニョです。グラスゴー砦の事を謝罪します、あまりにも周りが見えていませんでした。そしてありがとうございます、貴方達のお陰で私は救われました」


 俺達があの砦に居たこと、そして正体を隠していたサラと戦っていた事はもう伝えてある。別に謝る必要はないと言ったのだが、彼女は頑として譲らなかったのだ。私には謝罪する義務があると。


「貴女は我々らが救世主。斯様に仰る必要はありません」


 誰よりも早く反応を示したのはレオだった。主に仕える騎士のように跪きながら、仰々いとも取れる台詞を吐く。しかし彼は騎士だ。その魂に染み付いた信念は騎士道に基づいている。故に、その言葉は様になっていた。


「そんな、大げさな――」

「いや、大げさじゃねぇよ。アンタは俺達を救った」


 否定するサラを遮ってガルが言う。その通りだ。俺もつい先ほど救われたばかりである。彼女には人の心を救う才能がある。輝かしいばかりの善とは、ただあるだけで闇を払ってくれるのだから。


「そこは認めるしかありません。貴女が居なければ壊れていたでしょうね」

「今でも思い出せるな、あの輝きは」


 口々に感謝を告げる。この懲罰部隊の隊員は全員彼女に救われている。彼女が居なければこの部隊は存在しないと断言できるほどに、サラは俺達の根底にある。


「私、幸せですね」


 ふふ、と笑いながら少女は言う。可憐で儚げで、少女故の無邪気な笑顔にも見えた。しかし俺の目にはそうは映らない。その声色はどこか自嘲を含んでいるように思えてならなかった。


「君の人徳が成した事だろ」


 口から漏れ出たのは本音だった。心で思った事を、理性というフィルターを通す事なく口にしたのだから。

 沈黙、そして彼女が困惑の後に浮かべた表情には、今度こそ影は無かった。


 ありがとう、彼女はそう告げる。

 きっと言葉の宛先は俺だけではない。隊員達でもない。救い救われたこの運命への感謝のように思えた。




 〇




 何時もの光景が広がっている。

 小さな破裂音を不規則に響かせる焚火と、それを囲む隊員達。変化があるとすれば場所と、そしてサラが居るという事くらいだろう。

 どんな事が起きても変わらない事がある、それは不思議な感覚だった。


「さて、じゃあ情報共有といくか。俺が居ない間何があった?」


 隊長として声を出す。知りたい事は沢山あった。第二特戦団とアレクシア王女について、彼女が隊に伝えたという情報について。ともかく聞かねば始まらないであろう。


「そうだな、順を追って話そう」


 この中で最も真面と断言して良いであろう隊員、レオがそう話を切り出す。


「ライト殿が飛び出したあの後、我々はあそこに居た第二特戦団と戦闘になった。しかし散開し残党狩りに勤しんでいた兵がかなり居たようでな、連中に増援が来ることはなかった。その上相性も良く、幻影やらの珍妙なスキルは全て弾幕の元に灰燼と化した」


 聞く話では、第二特戦団とは隠密行動や斬首作戦に特化した部隊らしい。であるならば相性は良いだろう。謀略はそれを上回る力押しを前に無力なのだから。


「不利を悟った連中は撤退した。しかしライト殿とサラスティア様を捨て置いてその背を追う訳にはいかず、クラウの案内の元捜索と追跡を開始したのだ」


 ...あ、しまった。

 口を結んで天を仰ぎ見る。そうだ、隊員達はクラウの正体とそれを隠している事を知らないのだ。

 恐る恐る隣を見る。チラチラと踊る炎を反射する金髪、サラがそこに居た。クラウは彼女の兄だ。気付かれたかもしれない。


「クラウ...?」


 サラは訝し気な表情を浮かべていた。視線を彷徨わせる彼女、その先に求めるのは間違いなくクラウ。

 今の彼は顔を隠している。しかしヘルムを外すことを望まれ、それを拒否すればさらに怪しまれる事は必須である。


「彼の事だ。彼のスキルがなければ――」

「そうそう、確か魔力探知だったっけ?」


 彼は自分の正体を明かす事を望んでいない。アレクシア王女という親族が居たのに、彼女からその事について言及されなかった事がそれを証明している。

 はぐらかしながら視線をレオに送る。彼はクラウの正体を知らないのだ、きっと俺が嘘をつく理由は分からないだろう。ただ察してくれと祈るばかりである。


「...その、クラウって言うのは?」


 恐る恐る、そんな表現がぴったりな声色。しかし放たれた言葉は更なる冷や汗を呼ぶ。心の底から思う、面倒くさい。何だってクラウは正体を隠したがるんだ。


「あのヘルムの野郎だ。元王国の貴族らしい、顔については気にすんな」


 疑問はさておき嘘を並べる。彼は正体を明かしたくない、その事実で今は十分だろう。理由については後で聞くしかない。

 察してくれ、みたいな視線を今度はサラに送る。そうすれば勘違いをしてくれるはずだ。彼女は人が言いたくない事にズカズカと踏み込むような人間ではない。


「ごめんなさい、考えが足りませんでした」


 予想に違わず謝罪する彼女に、クラウはただ頷いて見せた。首を傾げる隊員達であったが、ここでは言えぬ理由があると感づいたのか黙っている。不安要素だったフランクはその口をクルトに塞がれていた。


「脱線したな、それでなんだって?」


 話の進路を元に戻す。これ以上クラウの事は話題に出すべきではない。


「あぁ、そうして始まった隊長殿とサラスティア様の捜索だが...第二特戦団が妨害をして来たのだ。視界の限定される森林部は連中のフィールド、かつ残党狩りを終えたらしく戦力も増えていてな。目立った損害は出なかった物の苦戦を強いられた」


 いやまぁ、そもそも特戦団を相手に戦えているだけでとんでもないのだ。

 改めて懲罰部隊の戦闘力を思い知るばかりである。もしや、その隊長とはかなりの地位なのではなかろうか。

 ...別になりたくてなった訳では無いけれど。むしろまとめ役と言う名の外れクジを引いてしまったようである。


「そこで遭遇したのがアレクシア第一王女だ」


 さて、やはり彼女の名前が出て来た。

 一晩にして特戦団を壊滅せしめたと言った彼女。それが事実なのは確定、よって気になるのは、彼女の実力がレオの目にはどう映ったのかという点だ。


「...サラスティア様の姉君をこう言うの憚られる。しかし敢えて言わせて貰うが、あれは人の範疇に収まらない」


 そう言う彼の目にはありありと畏怖が浮かんでいた。


「私は名のある貴族家の筆頭騎士として数多の強者を目にして来た。王立騎士団ロイヤル・ナイツ、剣聖、魔術王や帝国の遺物持ち...」


 一体彼は何者なのだろうか、と思う。

 ただの貴族家の騎士ではあるまい。彼らの役割は領地と主の守護、戦場まで出張る事はそうないのだ。ましてや最高戦力らと会う機会など。

 だが、今は彼よりもアレクシア王女の事だ。疑念はさて置く。


「しかし火力という一点では、彼女はそれらの誰よりも勝っている」


 断言だった。只者ではない彼を以てしても、覇権国家の最高戦力を見たその目を以てしてもそう断じる程の火力、そう言う事なのだ。

 護国の王立騎士団ロイヤル・ナイツや突破力の剣聖はともかくして、あの魔術王をも超えるとは俄かに信じ難い。

 しかし事実なのだろう、レオが確信しているからというのもあるが、俺は先程彼女と相対したのだ。納得するしかあるまい。


「...まぁ、あれはヤバかったな。俺達も灰になるとこだったよ」


 ガルが遠い目をしながら言う。

 死を目前にした諦めのような目、それほどまでに衝撃的な光景だったのだろうか。


「一撃だった。たった一発の魔術だった。それだけであの特戦団は周囲の森と山ごと灰燼と化したのだ...ガルの言った通り、あの時敵と認識されていたら我々はここには居ないだろう」


 空恐ろしい。

 懲罰部隊は、一人一人が国のトップに値するレベルの魔力量を誇るこの部隊が、彼女の意志一つで生かされているとは。

 文字通り最高戦力。大陸最強だとか数個師団に匹敵する火力だとか、耳を疑うようなクラウの話が事実だと分かった。


「姉さんは凄い人だよ。その強さもそうだけど、決して人の事を見下さない」


 サラが少しだけ誇らしげに言う。

 誰よりも強力な力、そして王族という恵まれた生まれ。人が傲慢になるのには十分すぎる環境だけれど、彼女からは驕りの欠片も見当たらなかった。

 俺は凄い人と会話をしていたのだな、とどこか他人事のように思う。


「そして我々は彼女らに事の経緯を伝えたのだ。ライト殿の行動のお陰だろう、すんなり信用された。それが貴殿が居ない間の出来事の全てだ」


 そうしてレオは口を閉じる。なるほど、アレクシア王女の異常さを除けば大体は予想通りの展開だった。

 しかし、結構危ない橋を渡っていたのだなと今更ながらに思う。何か一つでもズレていたら、俺はサラを救えなかったかもしれない。そして隊員はアレクシア王女に殺されていたかもしれない。そう考えると身震いしそうになる。


「俺が居ない間の事は把握した。今後は今後の事を教えてくれ、アレクシア王女から説明があっただろう」


 かなり衝撃的な話に違いはなかったが、どちらかと言えばこれからに関する細かい情報のの方が本題である。

 俺達はこれからどうなるのか、何処へ行って何をするのか。悪いようにはならないだろう。何せ王族サラを救ったのだ。無論、そうと分かって合理的に救った訳では誓ってないが。


「我々は明日、王都へ向け出発する。具体的な処遇や地位はそこで伝えられるらしいが、恐らくは合衆王国軍の指揮下で北方戦線に加わる事になるとのことだ」


 取り合えずは安堵。想定内と言えばその通りだが、こうして明言されるとやはり安心感が違うのだ。それも第一王女からの伝言となれば。


「共有感謝する...よかったな、何とかなって」


 固い会話はここで終わり。

 俺は脱力して地面に手をつきながら、合図のようにそう言った。


「ほんとだよ、やっと王国のクソ共をブチ殺せる」

「それについては同意しかねるが...行動次第で運命が決まってしまう様な不安定さはない。油断はできぬがな」

「運任せな所が多かったですがね。まぁ上手く行って良かったですよ」


 隊員達が各々の思いを口にする。過激な物もあれば、ただ安心しているだけの物もある。しかし皆、心の何処かではひと段落付いたと息を吐いているだろう。

 国家というのは強大である。どの国にも所属していなかった、というか何処とも敵対関係にあった砦での生活は割と気が張り詰めていた。


 問題はまだある。

 第二特戦団が壊滅したとは言え、北方戦線には未だに強力な戦力が残っている。剣聖を筆頭にした王国軍は脅威だ。クラウの正体の事だって問題の一つだろう。


 それでも、取り合えず事態は一段落付いたのだ。

 取り合えずは休もう。そう俺は地面に仰向けになり、夜空を眺め始めるのだった。






――――――――――――

※2024/11/04 修正

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