第43話救助成功


目の前に広がっている光景が、理解できなかった。

私を人質にした部隊の、隊長らしき少年がエリクサーを飲ませている相手。


どこからどう見ても、私の妹だ。


理解できない。


大方、王国の重要人物にでも使うのだろうかと思っていたエリクサー。

それが、この国の王族であるサラに使われている。


彼らが言っていた、「王国を裏切って来た」という言葉が真実だったという事なのだろうか。


いや、それなら尚更理解できない。

王族を助けてきた、と最初から言ってくれれば、交渉などしなくともエリクサーを使ったのだ。


「...どうしてだ?」


つい言葉にしてしまった、具体性のかけらもない疑問。


「どうしてって、何がだよ?」


それに答える、懲罰部隊の隊員らしき男。


「サラは...サラスティアは我が国の王族だ!最初からそれを明かしてくれれば、それ相応の対応はした...!」






「......王族?」










懲罰部隊の恩人であるこの少女、どうやら王族らしいです。


え?マジで言ってる?


と疑問だらけだったが、冷静に考えたらとあることに気付いた。


...めっちゃ運いいじゃん。


合衆王国からの信用も、アベルからの遺言も伝えられる。

まさかこんな事があるとは...


何て事を考えながら、未だに羽交い絞めにされてる王女へ目を向ける。


「...レオ、もう良いぞ。」

「了解。失礼いたしました、王女様。」


そう言って手を放すレオ。

解放された王女は、しかし未だに不審そうな目を向けて来る。


「質問に答えろ。何故こんな事をした?」


こんな事、というのは天幕をブチ破って王女に剣を突き付けた事だろうか。

いや、ホントごめんなさい。


そう心の中で謝罪しながら、彼女の問いに答える。


「...いや、この子が王女だとは露知らず、一介の騎士だと思っていまして。それを助ける為にはこれくらいしないとって考えに至った訳です。」


思わず気まずくなり、目を逸らしながらそう答える。

すると、王女は一層“訳が分からない”とでも言いたげな表情をした。


「意味が分からん。一介の騎士だと思ったなら、なぜ助けた?」

「えっと...それは「恩人だからです」」


俺の言葉を遮り、即答したレオ。

コイツはサラに対して異常な程の忠誠を誓っている。


「恩人?」

「はい。サラ様は、監獄島で捕えられ、絶望の底にいた私達を救ってくれたのです」

「監獄島...あぁ、アベル救出作戦の時の事か。」

「はい。」


アベル、という名前でハッとした。

――そうだ、俺はアイツから遺言を頼まれているのだ。


「...俺は監獄島でアベル王子と同室でしてね。その事について、言いたい事が...いえ、言わなければいけない事があります。」


一瞬驚いた表情をする王女――サラも王女なので、この呼び方は正しくないかもしれない――だが、直ぐに神妙な顔になり、俺の言葉に返答する。


「そうか...言ってくれ。」



....................................

.......................

......

...




彼から頼まれた遺言。俺のせいで死んでしまったこと。彼の死に様。

全て伝え終わった俺に、王女は言った。


「情報、感謝する。それと...遺言はお前からサラに直接言ってくれ。」


理由を聞くと、「仲がよさそうだったからだ」と言われた。


話聞いてました?俺のせいでアベルが死んだんだから、その妹であるサラにも大分引け目の様な物があるのですが...











―――目が覚めた。

欠伸をしながら手を思いっきり伸ばし、状況を把握する。


随分と長く眠っていた気がする。

最後の記憶を思い出そうとするが、靄が掛かっているみたいにうっすらとしか思い出せなかった。


アナが死に、敵から逃げ、崖に落ちて...

その後の記憶は随分と曖昧だ。


まだ痛む頭を押さえながら周りを見渡す。



砦攻略部隊に居た時とは大違いの、綺麗で大きい天幕。

その中にある、装飾品の数々。


そして、ベッドの上に居るという事は、合衆王国軍に保護されたのは間違いない。


そう確信し、悔さでいっぱいになる。


兄さんの仇を討とうと戦場に出て、親友を失いった挙句、ボロボロにされて軍に保護された。なんとも惨めな話だ。


思わず下を向いたら、私の手が別の手と繋がっている事に気が付いた。


「――え?」


視線を上げると、見覚えのある少年が目に入った。


「...いや、え?」


訳が分からなくて、脳が混乱した。

確か...監獄島で圧倒的な魔力を見せつけた、あの少年だ。


そこまで考えると、今更の様にハッとする。


(そうだ...!川に落ちた後、私はこの少年に助けられたんだ!)


「う~ん...あ、起きた?」


その事に気付いた丁度そのタイミングで目が覚めたらしい。


欠伸をする少年。

そして、私の手と繋がれていた、片方しかない手を放す。


「...」


無言で睨みつける。

何故お前と私の手が繋がっていたんだ、と問いかける様に。


「いや、ごめんて。だって君が...いや、やっぱなんでもない。」


少し不満げな少年だったが、無視して疑問を口に出した。


「アンタ、なんでここに居るの?」


その少年は、言いにくそうに頭を掻いた。



「君の兄さんから、遺言を預かっててね。俺が直接伝えるよう、第一王女から言われたんだ。」



思わず息をのんだ。

この少年は、あの監獄島に、兄さんが死んだあの場所に居たんだ。

おかしい話ではない。


兄が死んだと聞いてから、悲しみ、そして喪失感を埋めるためにずっと戦って来た。

邪魔だと思って蓋をした、兄の死に対する感情。


それが溢れてしまうと怖くなってしまった。



「...聞かせて。」



だが、そんな私の思いとは裏腹に、口から勝手に言葉が漏れ出てしまった。








あの地獄からアベルと共に脱獄しようとする、その前日の話。


「もし俺が死んで、お前だけ生き残りでもしたらさ。」

「縁起悪いこと言うなよ。」

「俺の妹に、伝えて欲しいことがあるんだ。」

「お前の妹って事は王族じゃん。無理やろ。」

「“もしも”の話だよ。良いから話聞け。」


めんどくさいな。と思いながらも、話を聞くことにした。


「そうだなぁ...これを聞いているという事は、俺はもう死んでいるという事だろう」

「いや、言うの俺だから。おかしいって、遺書とかに書く奴でしょそれ。」

「えー」

「文句言うな」

「しょうがないなぁ...じゃあ、そうだな、こうしよう」


―――あれから一年。

皮肉なことに、彼の“もしも”の話は現実のものとなってしまった。


彼の、慈しむような、優しい表情を思い出す。





「――――約束、守れなくてゴメンな。

可愛い妹を残して死ぬなんて、本当に残念だ。

サラは、誰が何と言おうと俺の妹だ。愛してるぞ。

サラ、お兄ちゃんっ子だからさ、俺が死んだ時に悲しみ過ぎないか心配だよ。あんまり気にしないでね。でも、やっぱたまには思い出してほしいなって。

しばらくライトに憑り付いて、サラの事見守ってるからな。


最後にもう一度だけ。



愛してるよ。サラ―――





と、そう言ってた。」

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