第42話交渉と
「悪いが、貴方には人質になって貰う...!」
そう言いながら、クラウが言っていた“王女”らしき人物に剣を突き付けるレオ。
それを見ながら、俺は冷や汗が流れるのを感じた。
(危なかったあああぁ...)
風魔術で合衆王国軍の陣地目指して吹き飛んだは良いものの、その後は正に身を削るような思いだった。
まず、初っ端から吹っ飛ばし過ぎた。
30人まとめて吹き飛ばすなんてのが初めてだったし、加減が分からなかったのだ。
風魔術で何度も軌道修正し、何とか大きな天幕目掛けて落下していくよう調整した。自分で言うのはなんだが、神がかってるコントールのお陰で軌道修正は完璧な物だった。
問題は、俺達目掛けて真っすぐ飛んできた炎魔術。
アレは、ガチで死ぬかと思った。
敵はあの距離で感知して、しかも一瞬で高位魔術を放ってきたのだ。
俺ですら真正面から戦って勝てるかどうか、というレベルだ。
だが、俺のアドバンテージは圧倒的な魔力。
全力で土壁を空中に生成した。
高温になり、溶け出す土壁。
それでもギリギリ防ぎきることに成功した。
だが、そこで気を抜く訳には行かない。
直ぐに落下速度を減速する為に水魔術の水塊の生成に取り掛かる。
しかし、ただ水の塊を生成しては駄目だ。
高い所から水にに落ちると、水は石のような硬さとなって落下物を砕くらしい。
今まで感じた事のないほどの浮遊感と疾走感。
その中で、全神経を使って水の生成に集中した。
俺達のスピードに合わせ、しかし俺達自身は確実に減速出来るように。
結果は...まぁ、俺達が無事に生きているという事はそういう事だ。
ただ、それはあくまでも結果だけだ。もう一度やれと言われても出来る気がしない。
あれは、そんな神業だったのだ。
なんて考えていると。
(...気持ち悪い。)
もうすっかり慣れた、あの感覚が俺を襲った。
―――魔力切れの時の、感覚だ。
そう気づき、一層目の前の女性の脅威を感じた。
土壁を生成した時、俺の魔力量のほとんどが吸い取られたのだろう。
(こんな人が居ながら、王国軍は良く戦えたな...)
そう思ってしまう程の、脅威だ。
〇
まぁ、それはともかく。
運だろうが偶然だろうが俺はこの女性に“勝った”のだ。
勝者として、この場を取り仕切らせてもらおう。
と、その時。
「...貴様らアァ!今すぐ姫様から離れろォ!!!」
鼓膜破れるんじゃないかってくらいの勢いで叫ぶ、ハゲの大男。
厄介だな。とそいつに視線を向けた瞬間、王女らしき女性が初めて口を開いた。
「黙れ、メイソン。騒いでも状況は悪化するだけだ。」
「しかし...!」
強い口調で言う女性に対し、不満げにするハゲ。
「黙れと言った。」
「...分かりました...貴様ら、姫様に手ェ出したら引きちぎってやるからな...ッ!」
それは姫様次第だ。と言いかけたか、ハゲが切れそうだったのでやめた。
気を取り直し、戦闘態勢を解いて姿勢を良くし、頭を下げながら口を開く。
「懲罰部隊隊長、ライト・スペンサーです。まず、非礼をお許しください。こうでもしなければ我々の要求は通りそうになかったので。」
丁寧に、だがこちらが上だと示すような態度で。
俺だって一応貴族の令息だったんだ。これくらい出来る。
「...王国の手の物か。」
喉元に剣を突き付けられ、両手を上げている王女。
そんな状況でも、彼女が自分より格上だと思えて仕方がない。
何て俺が思っている事を一切感じさせないよう、こちらも態度を崩さずに口を開く。
「かつては。裏切ってきました。それ、手土産です。」
そう言って、リアムに視線を向ける。
リアムはその視線の意味を理解し、担いであるラウラを王女の目の前に放り投げた。
「...これは?」
「王国の公爵家令嬢、ラウラ・S・クラークです。グラスコー砦周辺にいる王国軍の総指揮官をしていました。」
「...ハッ!誰が信じるか!」
まぁ、そうなるよね。
「信じるも信じないも貴方の勝手ですので。」
「...貴様らの要求は何だ?」
「エリクサー」
「...ッ!?」
剣を突き付けられても一切動かなかった彼女の表情が、動いた。
「何故それを...!?」
「さぁ」
そう言ってはぐらかす。
クラウの事は出来れば伝えたくない。隠してある手札は多いほうがいいしな。
「交渉をしましょう。」
「...チッ...言え。」
「まず、俺達の要求はエリクサー。それさえ渡してくれれば、貴方は解放しますし、俺達の事もあなたの好きなようにしてくれて構いません。」
「断る」
反応はあんまり良くない。条件は結構いい筈なんだけどなぁ...
「貴様ら王国は私たちとの約束を何度も反故にした。信用などとっくに地の底だ。」
「はぁ...おい、そこのハゲ。」
頭の固そうな王女との交渉は諦め、王女の副官らしきハゲ男に目を向ける。
そもそも、人質を使った交渉は人質に対して行うものではなく、その人質を失いたくない人間に対して行うものだ。
「...なんだ?」
それだけで人を殺せそうだってくらいヤバめな視線を向けて来るハゲ。
「選べ。この王女か、エリクサーか。」
そう言い、片手で首を切る動作をする。
「.....」
「勝手な事をするなよ、メイソン。」
ハゲに対して睨みを利かす王女。だが、ハゲ男は随分と迷っている様子だ。
「早くしろ。そこの王女は生きていればいいんだ。目の前で四肢を一本ずつもぎ取られたいのか?」
「やって見ろ...!」
「あ、やっていいの?俺やっちゃうよ?」
コイツならやりかねない、そう思わせる態度。
「クソ...待っていろよ...!」
「おい、メイソン!どこに行くつもりだ!やめろ!」
「申し訳ございません...!」
そう言って天幕を出ていくハゲ。
残念だったな王女。どうやら俺達の望みは叶いそうだ。
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...........................
.......................
..................
............
......
...
数分後、何やら大事な物が入ってそうな箱を抱えて再び天幕に入ってくるハゲ。
「メイソン...!貴様!」
「ガル、受け取ってくれ。」
「はいよ」
王女の叫びを無視し、ガルに指示を出す。
しかし、ガルが近づくとハゲがそれを手で制した。
「先に姫を解放しろ。」
「...ダメだ。同じタイミングで渡せばいいだろう。その方がフェアだ。」
「しかし...」
尚も食い下がるハゲに対し、口調を強くして言い放つ。
「決定権は俺らにある。文句言うな。」
「チッ...」
舌打ちし、箱ごとこちらに近づくハゲ。
「オイ、エリクサーとやらはその箱にあるんだろうな?」
「勿論だ。」
「じゃあ箱から出せ。」
疑うような視線を向けるガル。
それに対し、ハゲはため息をつきながら箱を開けた。
「疑い深い奴らだな」
箱から出てきたのは、何かの液体に満ちたガラス瓶。
あれがエリクサーか。
なんて思っていると、王女がハゲ男に優るとも劣らない視線をハゲ男に向けた。
「メイソン。最後の命令だ、今すぐそれを持ってここから離れろ。合衆王国を裏切るつもりか?」
「...お許しを」
「そうか、残念だ。では、妹の事を頼む。」
そう言って、上げた両手を下ろす王女。
彼女は、覚悟を決めた目でこちらを見て来る。
――その目に、見覚えがあった。
監獄島で、アベルが最期に王国兵に対してした、あの目。
自分の喉に槍を突き入れるその瞬間まで王国兵を睨んでいた、あの目だ。
そう気付いた時には、叫んでいた。
「―――レオォ!!剣を下ろせぇぇぇ!!」
俺の言葉の意味を理解し、直ぐに剣を下ろすレオ。
その瞬間、さっきまで剣があった場所を王女の頭が通過する。
思った通り、王女がレオの剣に自分から刺さりに行ったようだ。
俺の叫びが、レオの行動が少しでも遅ければ彼女の頭には剣が突き刺さっていた事だろう。それだけ、俺達にエリクサーを渡したくなかったのだろう。
―――そうだ、エリクサー!
「ガル!エリクサーを!」
「もう盗った!」
ガルに指示を出した瞬間、返事と共に飛んでくるガラス瓶。
手際が良いな、何て思いながら片手でキャッチ。
そのままサラを地面にそっと下ろす。
「サラ、起きろ!」
彼女は、まだ苦しそうに胸を上下している。
だが、何度か声を掛けていく内に少しずつ意識が覚醒したようだ。
「...ん...ここは...?」
「気にするな。それよりこれを飲んでくれ、頼む!」
エリクサーを目の前に見せる。
「これ...エリクサー?」
「そうだ!これで助かるぞ!」
「分かった...」
サラそう言って再び目を瞑った。そして、ゆっくり口を開ける。
...え?俺が飲ませるの?
どうすれば良いのか分からなくなって、思わず周りを見渡した。
「早くしろ!兵士達が集まってくるぞ!」
―――あぁもう!
そう心の中で叫び、片手でサラの頭を支える。
そして、もう片方の手でガラス瓶を持ち、口で栓を抜いた。
それをゆっくりサラの口に近づける。
そして、少しずつ傾けていく。
少しの間を置いて、サラの喉がかすかに動いた。
これで助かったのか、と思ったが、分量なんて知らないので取り合えずまだ飲ませておく。
「ライト、もういいぞ。作戦成功だ。」
クラウの掛け声。
その声を聴いた瞬間、俺含めた隊員全員の気が抜けたのが分かった。
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口移しはまだ早いかなって...
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