第40話決意
「う...」
隣に寝かせてある少女が、苦しそうに呻き声を上げた。
クラウの
川の畔で助け出してから、彼女は寝たきりだ。さっきから寝汗と寝言が酷い。見てるこっちが心配になるほど苦しそうだ。
「――うぅ...?」
薄く目を開け、不思議そうな、だがやはり苦しそうな表情をする少女。
意識は混乱していそうだが、一応目は覚めたらしい。
「...ここは?」
発熱のせいなのか、赤い顔をしている。呼吸も荒い。
「まだ森の中だ。それより寝ろ、消耗するぞ。」
「気になることが...ゲホッ...ある。何で、助けてくれたの?」
「君が、この連中の恩人だから。それだけだ。」
俺の目線の先には、火を囲んで雑魚寝している懲罰部隊の連中。
そいつらを見て、少女は更に不思議そうな顔をする。
「この人たちの、恩人?...私が?」
「あぁ。覚えていないのか?監獄島で君が助けた野郎どもだよ。」
「...!あの時の。」
「そうだ...そういえば、君、名前は?」
懲罰部隊の連中は聞いてそうだが、俺はこの少女の名前すら知らない。
そう思って名前を聞いた。
「サラスティ...サラ。」
「良い名だな」
明らかに偽名だが...まぁいい。別に詮索する必要はない。
「それじゃ、おやすみ。サラ。」
〇
まるで、水の底にいるみたいだ。聞こえる音は全部籠ったモノになり、見えている筈の景色も何故か鮮明ではない。
熱い、寒い、痛い、苦しい。
それしか思い浮かばない。
(助けて...兄さん。)
いつも私を助けてくれた兄。でも、今は彼の声すらも聞こえない。
目から何かが零れ落ちる。
苦しいよ...と何度も呟く。
その時、一瞬だけ人の顔が見えた。
必死に腕を伸ばす。
だが、その手は空を切り、それに触れる事は叶わなかった。
だが、その手は、その人の手に掴まれた。
(あったかい...)
誰かも分からないその人の手を、離さないよう強く握る。
〇
少女...いや、サラがあまりにも苦しそうにしていたので、思わずその手を掴んでしまった。そのおかげなのかは分からないが、サラの表情は幾らかマシになった。
だが、俺の手を掴む力はとても弱々しく、彼女の命の灯が今にも消えそうな事が分かってしまう。
このままでは後僅かしかもたないその火を絶やさんと、強くサラの手を握る。
何としてでもこの少女を助ける、そんな決意と共に。
「――ライト。あなた、どういうつもりなのですか?」
その時、出来れば聞きたくない声が聞こえた。
どうやら今目覚めたらしい。
敵意と殺意、そして少しばかりに懐疑心の籠っためでこちらを睨む少女。
かつての婚約者、ラウラだ。
「黙れ。お前、今の自分の立場が分かっているのか?」
ラウラは今、捕虜という立場にある。
その事を分かっていてモノを言っているのなら、相当なバカだ。
俺は、必要になればお前を殺すぞ。
そんな思いを込めて睨むが、彼女もまた睨み返してくる。
「分かってますとも、裏切り者のライトさん?」
「ハッ!先に俺を貶めたのはお前らだろう。」
「...どういう意味?」
その疑問に、思わず怒りがこみ上げる。
「冤罪だと言い張る俺を無視し、監獄にぶち込んだ。栄誉も尊厳も奪い取られ、今までの努力の証である剣術も、腕を切られるという形で奪われた。これを貶めたと言わずして何と言う!?」
そう、手首から先が無くなっている腕を見せつけながら捲し立てた。
一瞬たじろぐラウラだったが、直ぐに言い返してくる。
「それはあなたが罪を犯したからでしょ...ッ!!」
と、その時。
「うっせぇな...お前いい加減黙れよ。捕虜の癖に生意気だぞ?」
そう言いながら欠伸をするガル。どうやら起こしてしまったらしい。
(そう言えばコイツ、大の貴族嫌いだったよな...)
「チッ...このままあなた達に捕虜にされるくらいなら...」
「あ?なんつった?」
目に危うい光を灯し、何事か呟くラウラ。
だが、彼女が何を言ったのかは分からなかった。
〇
「...おーい。全員起きろー」
そんな声が聞こえた。
どうやら、サラの頭を膝に乗せながらもついつい眠ってしまったらしい。
目を擦ってなんとか眠気を覚まし、目を開ける。
「コイツ、逃げようとしてたんで捕まえてきた。どうする隊長?」
そう言うリアムの腕は、ラウラの首を掴んでいた。
..............................................
.............................
..................
.........
......
...
「ハァ...」
どうやら俺が眠った瞬間、全力で逃げ出したらしい。
だが、見張りに見つかって一瞬で捕まった、と。
そもそも、俺達がラウラを警戒していない筈はないのだ。
学園では最も魔術の成績が優れており、次期魔術王の噂も出回るほどの天才魔術師、ラウラ・S・クラーク。
いかに俺達の魔力量が多かろうが、魔術が当たれば普通に死ぬ。
だからコイツには順番で見張りが付いていたのだ。
「ハァ...」
もう一度深く溜め息を吐き出し、思案する。
魔術に関しては警戒しておけば対処できる。
だが、普通に走って逃げようとするのを防ぐのは難しい。
取れる手段は一つ。
走れなくすればいい。
縄で拘束しながら歩かせるというのも考えたが、そんな都合よく縄がある筈ない。
出来ればやりたく無かったが...
そう陰鬱な気持ちになりながら、昨日王国兵から頂戴した剣を引き抜く。
「な...何をするつもり?」
不安そうなラウラの問いを無視し、歩いて近づく。
そしてラウラの目の前に着くと、手にある剣でラウラの足を刺す。
手の感触が、剣が肉と骨を貫通した事を知らせる。
ラウラは、一瞬何をされたのか理解できてなさそうな顔をするが、その顔は直ぐに激痛に歪み始めた。
「あ...あああぁぁぁ!?何で何で何で、痛い痛い痛いッ!!うあアァァァア...!」
気持ち悪い。そんな感想しか出てこなかった。
王国兵を殺しても何も思わないのに、不思議なもんだな。
なんて事を冷めた気持ちで思いながら、痛みでのたうち回るラウラから目を逸らすのだった。
〇
合衆王国第一王女、アレクシア・ブリセーニョは焦っていた。
(サラ...お前は、アベルのように死んだりするなよ。)
グラスコー砦攻略部隊の壊滅。その報を聞いた瞬間、肝が冷えるような気持ちになった。あの砦攻略部隊には、妹であるサラも参加しているからだ。
近くに居た部隊をかき集め、直ぐに砦へ軍を進めた。
今は、その軍の先頭で馬を走らせている。
だが、その動きがどうしても遅いモノに感じてしょうがなかった。
アベルを、あと一応クラウディアも失った。残った王族の子は私とサラのみ。
もうこれ以上王族に死人を出すわけには行かない...!!
そう決意し、私は馬を更に速く走らせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます