第35話 急転直下


 一週間が経過した。

 予想外とか想定外というのはそうそう発生しないからそう呼ばれているのであって、それが起こったのは初戦闘の時だけだった。

 以降の一週間に特筆すべき出来事は無かったのだ。


 降伏まで一週間。皮肉な事に、俺達の力はあの想定外のお陰で十分以上に誇示する事ができたと言える。条件は達成済みなのだ。あとは一週間耐えるだけである。


 今日も何時もの様に火魔術が襲い掛かる。俺達が全く反撃しない事に違和感を感じている筈だが、あの全身鎧の魔術師は懲りもせずにその力をぶつけて来る。代り映えのない光景、しかし此方には僅かながら変化が見られた。


「彼らをどう思う」

「かなり良くなってるんじゃないか」


 腕を組みながら訪ねて来たレオに応える。彼の目線の先は俺と同じだった。


 隊員の成長、それが此方に見られた変化である。この砦に来るまで、彼らにとって魔術とは未知の存在だったのだ。あの魔術は訓練用にしては威力が高過ぎるが、その影響で彼らの防御魔術の扱い方はかなり様になってきた。

 どれだけ高い魔力量を持っていても、その使い方が分からなければ宝の持ち腐れである。隊員によって習得の速度に差はあれど、皆一定のレベルまでは扱えるようになっていた。懸念点でもあった魔術の扱い方は解消されつつあった。


「...かく言う私も不思議でならない。修練が馬鹿げて思える程の魔力だ」

「まぁ、力ってのは何時だって理不尽なんじゃないか」


 それが己に降りかかる時も、手に入れる時も、力という概念は何時だって理不尽に見える物だ。特に、俺のように真っ当に手に入れられなかった人間にとって。


 今も遠くから魔術を放っている全身鎧。あいつはその力を得るために必死に訓練したのだろう。今俺達を襲う炎は努力の結晶なのだろう。しかし、俺達はそれを偶然手に入れた力で無効化している。

 これを理不尽と言わずしてなんと言うのだ。


 一週間という期間は案外長い。俺達が得た力の大きさについて知るには十分な長さだった。だがその底については未だ知れない。俺達が手に入れた魔力量はあまりにも多過ぎたのだ。何度魔術を行使しても、減っている実感が湧く事すら終ぞ無かった。


 良い事ではある。誰が己に宿った力の大きさに負の感情を抱くだろうか。求めていない人間ならば或いは恐怖するかもしれぬが、少なくとも俺にとっては嬉しい事に間違いない。


「にしても飽きねぇよなアイツも」

「であるな。王国に相当な恨みでもあるのか」


 レオはその目を細めて全身鎧の魔術師を見る。表情は何時もの如く固いものだったが、目には暇そうな色が浮かんでいた。


 俺とレオ。両者ともに合衆王国軍への牽制を担当している。にも拘らず中身のない会話をしているのには理由があった。

 もう合衆王国軍が動いていないのだ。どうせ攻略できないと諦めているのか、それとも何か策を練っている最中なのか。何にせよ彼らは沈黙を貫いている。忙しなく動いているのはアイツだけだ。


 これが、例えば帝国との戦いであれなこうはならないだろう。全く攻撃してこない俺達を不審がって使者でも送って来る筈だ。だがそんな事はなかった。向こうからは対話の意志はこれっぽっちも感じなかった。

 その要因には心当たりがある。クラウが語った王国との戦争の話だ。あれを聞けば納得する他ない。俺が向こうの立場であれば、王国を相手にすれば聞く耳も開く口もありはしないだろう。


「あと一週間であの攻撃の手が少しでも緩めば良いのだがな」

「...まぁ、厳しいだろうな」


 今度こそ険しい表情を浮かべながら言った。

 だからこそ示し続ける必要がある。俺らに敵意が無い事を。しかしそれがあと一週間で成せるのかはアイツの態度を鑑みれば疑念がある。


「合衆王国も余裕を失いつつあるし」


 ならば、相手が詠唱以外で口を開いてくれるまでこれを続けるか?それこそ現実的ではなかった。


「北方戦線か...恐らく剣聖だけではあるまい」

「だろうなぁ」


 乾坤一擲、とまでは行かなくとも。今回の王国の侵攻作戦はかなり大規模な物だ。それこそ第一次よりも力が入っているだろう。故に、その主戦力が剣聖だけとは思えなかった。


 魔術王と王立騎士団ロイヤル・ナイツは動けない。あの時剣聖はそう言っていたが、つまりそれ以外の戦力は動かせるという事である。


「最低でも一個連隊の特戦団は派遣されるであろう」

「...特戦団、か。まぁ派遣されないという事はないだろうな」


 特戦団。それはスキルを持つ者のみによって構成された部隊である。剣聖のような接近戦特化のスキルもあれば、魔術の効力を底上げするようなスキル、果てはアベルの森羅万象解く神鍵ヘブンズ・ロックブレイカーの様な特殊なスキルを持っている人間も所属していると言う。

 剣聖は究極の個、剣の名を冠せども役割は槍のような一点突破型。そして魔術王は特殊かつ大火力の巨大兵器で、王立騎士団ロイヤル・ナイツは護国の盾。なれば、特戦団こそが王国のメインウエポンである。


 第一から第五までの特戦団はその一つ一つが連隊、つまり千人程度の規模となる。彼らの強みは戦場のどの局面にも対応できる万能性だろう。それによって戦場の主力としての役割を果たしている。攻撃、防御、偵察、支援など、こと戦闘に於いて彼らに出来ぬ事はないだろう。


 因みに、俺の母校こと王立戦士育成学園の大半の生徒の就職先である。まぁ俺にスキルはないのであそこに所属する事は無かっただろうが。


「第一でなければ良いが...」


 特戦団。その全ては王国にとっての至宝である...が、その中でも第一は群を抜いて強力だ。偏に特戦団と言えども第一から第四まで、その特色は全て違う。第一はエリート部隊だ。


「この戦場には第四が居るのだろう。となれば新たに派遣されるという事になる」


 とは言え、彼らは通常戦力の括りだ。最も使いやすく、数もある為それなりに消耗しても問題ない。よって第一以外は剣聖や魔術王のような特別扱いを受けていないのだ。出し惜しみなど不要、故に第一次征伐軍にも彼らが含まれていた。


 今レオが言ったように、現在も合衆王国との戦いに従事しているのは第四特戦団。支援能力に長けた部隊である。

 そも、王国軍は特戦団の支援を元にした軍隊構成をしているのだ。彼らが居なければ戦争など始められないだろう。


「それだけではない。聖女と魔術師殺しも含まれている可能性がある」

「...アイツらか」


 両方とも顔は知っていて、俺にとっては憎き相手だ。聖女に至っては、俺がこんな事になっている諸悪の根源である。

 まぁ個人の感情は置いといて、あの二人の戦略的価値は高い。両方とも直接の戦闘能力はそれほどではないが、その能力は非常に有力だ。


 聖女、聖教会の象徴的存在にして癒しの化身。一たび彼女が戦場に出てくれば、戦場には一種類の兵士のみが残る。それは王国の兵士のみ。敵は滅び、味方から負傷兵という概念が消え去る。故に一種類。

 これは学園で習った事だが、戦死者とは戦闘によってのみ発生する物ではない。餓死や負傷、それこそ疫病などその死因は多岐に渡る。

 そして矢や剣などの直接的な戦闘による死者と、それ以外の原因での戦死者の割合は後者がかなり多いのだ。具体的には後者が前者の四倍ほど。

 よって、彼女が居るだけで兵士の生存率は飛躍的に向上する。損耗率を無視できるのだから実質的な戦力は五割以上増強されるだろう。


 そして魔術師殺しことエイベル。ヤツの厄介さもまた、直接的な戦闘能力ではない。スキルの効果は魔術を妨害するというもの。しかしその為には詠唱が必要であり、アイツと戦った時の俺のように省略詠唱を連発すればその効果を発揮しない。

 しかし、逆に言えば常時発動型の魔術は簡単に崩す事ができるのだ。

 現代の戦争に於いて必ず使用しなければいけない魔術、それが魔術障壁だ。敵の攻撃を防ぎ、魔力を含む如何なる干渉も拒否する。

 魔術障壁を構築している部隊を潰すための接近戦闘部隊、それを撃退するための攻撃魔術師、その攻撃から接近戦闘部隊を守る為の防御魔術師といったように、戦争とは基本的にこれをどう攻略するかに重点が置かれるのだ。

 エイベルはそれを簡単に解除できる。味方の魔術部隊と連携すれば、強固な障壁に守られている敵魔術師達を一瞬で皆殺しにできる。故に魔術師殺しなのだ。


 味方あっての能力、しかし故に戦争では有効。

 彼らは個人にして最高戦力の一角なのだ。


 特戦団や剣聖も含め、今挙げた全員が大挙してきたらどうなるだろうか。考えたくない、というのが正直な感想である。


「此度の大規模作戦、果たして合衆王国は何処までやり合えるか」

「合衆王国の戦力次第だな。クラウが言っていた第一王女とやらも気になる」


 あとは俺達がどの様に扱われるかも考慮すべき点だ。俺一人でエイベルを押していた。ならば、俺と同程度の魔力量を持つ三十人というのは大きな戦力になるだろう。剣聖は厳しくとも、特戦団ならば抑えられるかもしれない。


 ...とはいえ。



 視線を再び全身鎧に向ける。

 結局、彼ら次第なのだ。俺達はあと一週間は現状維持をする。それまでに何か変化が無ければ、敵意を向けられたままであれば。


 脳裏を過った暗い想像を頭を振って追い出す。何にせよ、俺達にできる事は限られているのだ。この状況が続く限りは、やはり同じことを繰り返すしかあるまい。


 溜息をつく。繰り出される火魔術は、相変わらず苛烈だった。



 〇





「状況が変わった」


 またかよ、そんな表情が皆の顔に浮かぶ。その通りだ。まただ。また状況が変わった、それもかなり。

 この状況が続く限りは、やはり同じことを繰り返すしかあるまい。そう心の中で結論付けたのはつい昨日であった、その状況はもう変わったのだ。具体的には悪い方へ。というか良い方へ状況が変化した事など一度たりともないが。


 簡易的な光源を囲む隊員達の表情には呆れと眠気がある。確かに、今しがた全員を叩き起こしたばかりなのだ。無理もない。しかし残念ながら、その呑気な表情は直ぐに変わる事になるだろう。


 それが発覚したのはつい先程である。夜中も夜中、見張り番を省けば誰もが寝静まっている時間帯。南の監視塔を担当していた隊員に叩き起こされたのだ、合衆王国軍に動きありと。

 はや奇襲かと飛び起きて砦の壁に上った俺の目に映ったのは、しかし大急ぎで砦から離れて行く一行。


 そして、その先で赤く染まる空だった。

 朝日ではない。太陽の赤はあんなにも禍々しく深い色ではない。あれは何かが燃やされている色だ。

 それが意味する事は―――


「合衆王国の南部が奇襲を受けた。戦線は大幅に後退、俺達を包囲していた連中も撤退を開始した」


 推測の域を出ないが、現状それ以外にあり得なかった。

 溜息、舌打ち、悪態。様々な反応が広がる。肯定的な物は何一つない。あたりまえだ、誰がこの状況を歓迎できようか。


「考えうるのは王国の増援の一部。合衆王国軍の慌て様からして、かなり深刻な状況に陥っていると見ていいだろう」


 無傷の敵の砦を放置しての全軍撤退。普通に考えれば尋常ではない事が分かる。兵站か向こうの都市か、何かしらの大規模な打撃を既に受けている事もあり得るだろう。赤く染まった闇空がそれを裏付けしている。


「クラウ、南部戦線の向こうには何がある」

「...穀倉地帯だ。北部への兵站線もある」

「クソッ、いつもこうだよ!」


 動揺が広がる。かなり不味いことになっているようだと、今更ながらに気付いた。抑えられず悪態をつく。それでも焦りは無くならなかった。


「レオ、この状況どう見る」

「憶測だが敵は第二特戦団。夜襲と後方の攪乱は連中の得意とするところだ。となれば事態は急を要する...これは作戦開始の合図だ、北方戦線では大規模侵攻も同時に発生してると考えて良いだろう」

「だぁもう...!」


 頭を抱えるしかなかった。レオが口にしたのは最悪に近い状況。だが反論の余地は一切なく、ただただ説得力と絶望感が広がるだけである。


「...更に不味いことに、このままでは我々も奇襲作戦に加担したと思われるだろう。その意図は無かったが、我々は奇襲まで戦力を釘付けしていた事に違いはない」


 もはや絶句するしかなかった。確かにその通りだ。合衆王国からすれば、俺達もまた奇襲を謀った部隊である。俺達がやっていた事が裏目に出たのだ。この状況で降伏たところで、それもまた混乱を生むための計画と断ぜられるだけだ。


 大分不味い。いやそれどころじゃない。

 今すぐにでも行動を起こさなければ、何もかもが手遅れになる可能性すらあった。


「この砦は即刻廃棄!撤退した合衆王国軍の方へ移動、奇襲作戦中の王国軍を撃破する!一分以内にここを出る、急げよお前ら!!」


 のんびり話し合いなんぞしている余裕はなかった。言うや否や立ち上がる。準備をする時間もまた無かった。俺達のこれからはこの夜に掛かっている。俺は例の質が悪い剣だけを手にするのみだった。


 慌ただしく走り出す。その顔にから眠気は一切たりとも感じさせなかった。

 六十秒も経たずして隊員達の準備は終わった。号令も点呼も時間の無駄。一瞬だけ隊を見回し、行くぞと一言告げて俺は走り出す。


「【火炎弾ファイアボール!】」


 頑丈で重たそうな扉を開くのは面倒。迷う事無く吹き飛ばし、広がる炎と黒煙を突っ切る。南方戦線は山間部故に起伏が多い。数十分前に撤退を開始した合衆王国軍の姿はもう無かった。


 舌打ちをする。勘に頼って突き進むしかない。真っ暗な山を突き進むしかない。それはあまりにも無謀だったが、他に手段が無かった。

 状況は依然厳しい。唯一救いなのは、こちらに機動力がある事だろう。荷物もクソもない俺達は、身一つという軍では考えられない程身軽だった。しかし、そのアドバンテージは未知の土地で暗中の合衆王国の部隊を探すのには小さすぎた。


「...割り切るしかないか」

「なんつった!?」


 その声は直ぐ後ろから。しかし風音に紛れて聞こえなかった。振り返って怒鳴る様に聞き返す。


「案内する。付いて来い」


 それは難とも有難く、力強い言葉だった。クラウが走る速度を上げて俺の前を行く。しかし、言葉とは裏腹にその後ろ姿からは葛藤が感じられた。

 不安と違和感。その感情のままに口を開く。


「案内ってどうすんだよ!」

スキルを使う」


 いとも簡単に言ってのけた、しかしその言葉が持つ意味は大きかった。

 眉を顰める。首を傾げる。今クラウはスキルを使うと言ったのか。コイツがそんなものを持っていると聞いた事はなかった。

 しかし、これ以上問いを重ねる訳にはいかない。疑念の解消はあとでも構わないのだ。それよりも優先すべき事がある。


 それ以上に、表情を真剣な物に変えたクラウを邪魔する気にならなかった。


「【我が道に迷いはなく】」


 詠唱が始まる。

 既視感、何処かで聞いた何かに似ていた。


「【曲道は無く、隠蔽は無く、宝は我が前に】」


 ...いや、聞いた事がある。

 仔細に差はあれど、その流れと大まかな内容は一致していた。

 まさか、まさか。ありえない、あってはならない。もしそうなら、何故あの時。

 混乱極まる俺の脳を他所に、クラウの詠唱は続く。


「【古の迷宮、如何なる秘匿は我が前では無用と知れ】」

「...クラウ、お前もしかして―――」


 ―――見覚えがあった。既視感があった。

 その顔立ちが、髪色が、アベルにそっくりだった。


 この前クラウが語った王国との戦争。その話に、人質として王国に差し出された王子は居なかったか?

 違和感は幾つもあった。第一王女の事を話す時の自嘲的なあの笑み。ただの人質では知っている訳もない、この国の詳しい話。


「【スキル森羅万象解く神の道標ヘブンズ・パスファインダー】」



 詠唱が終わりを告げる。それはやはり、アベルがあの時放った言葉とそっくりで。


 それは俺の推測を裏付ける物であり、錯綜し共通点の見つからなかった様々な情報が今、一つの結論となって収束した。


 王国に人質として差し出された合衆王国の第二王子。それがクラウの正体だ。




 ――――――――――――

 ※2024/10/15 修正

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