第34話 初戦闘




 蒼い炎が迫りくる。

 巨大、大火力、その破壊力は想像を絶するであろう。

 その熱気を肌で感じながら、そんな感想を抱いた。


「おい隊長!?防衛魔術は簡単なんじゃねぇのかよッ!?」

「黙れ!その口で詠唱してろ!簡単だろ!!」


 やはり、予想通りにはいかない。

 俺の人生何時だってそうだ。やっぱ運命ってのは俺の事が嫌いらしい。



 俺達の視線の先には予想外イレギュラーが居た。高火力の魔術を乱発し、衰える事の知らない魔力量を以て懲罰部隊に悲鳴を上げさせている予想外が。

 南方戦線の端、見捨てられたちっぽけな砦の攻略。そんなところに優れた魔術師など配属されないだろう、そう高を括ったのが間違いだったようだ。


 兜まで付けた全身鎧の兵士。それこそ予想外イレギュラーの正体である。体格はそれほどではない。鎧のせいで判然としないが、おそらく華奢な方だろう。だがそこから繰り出される魔術は厄介だった。


 執拗に、それこそ復讐心でも籠っているような攻撃力である。

 俺達に莫大な魔力が無ければ戦いにもならなかっただろう。そう思わせる程の技量があった。


 クソ、と呟きながら砦の壁の上で戦況を確認する。幸いな事に、今の所という条件付きでは予想外イレギュラーは奴だけだった。俺以外の四人が乱発する攻撃魔術によって、あの全身鎧以外の合衆王国軍は足止めされている。


(...まぁ、予想外イレギュラーと銘打った物の)


 厄介ではあるものの脅威ではない。今の所、それがあの全身鎧への総評であった。魔術師の癖してやけに重装備な事やその苛烈なまでの攻撃に若干の違和感を感じるが、あくまでもそれだけである。


 現に、先程から防御魔術を張り続けている隊員の文句が耳を突くだけである。その蒼い炎が砦に着弾する事はなかった。


 だが、やはり予想外には違いない。昨日の想定と今日の現状はこうも違った。今の所は対処出来ているが、明日もそうであるとは誰が断定できようか。


 二週間。昨日の夜定めたばかりの期間だが、もしや長すぎたかもしれない。敵の攻撃が苛烈であればある程、俺達の力は見せつけられるのだ。どんな攻撃をも無力化できる、それだけの力を持っていながら敵意はない。それを証明できるのだ。

 であるからして、二週間もこれを続ける意味はないかもしれない。


 そう思案している間にも火魔術が目を焼くように飛び交う。


 まぁ、この件についてはまだ考える余裕はあるだろう。昨日の今日で予想していなかった事起きたから後ろ向きな思考になってしまったが、別に対処しきれないほどではないのだ。


 取り合えずは現状維持だな。


 結論と共に、今度は目下の敵や弾幕ではなく隊員達に目をやる。勿論サボっている訳では無い。隊長として皆の様子を確認したかったのだ。


 悲鳴を上げながら防御魔術を口にし続ける隊員も居るが、彼らの顔色は青くはない。つまり魔力切れの心配はない。口では言いつつも案外余裕はありそうだ。実際、いつも通りの表情と声色で淡々と壁を生成している隊員も居た。


 一人一人、全員の隊員の顔色を確認する。特に問題は無さそうだと思ったその時だった。とある隊員が浮かべる表情に違和感を覚えた。


 険しい表情。唇を噛み締め睨む様にあの全身鎧を見つめている。敵意、或いは害意。そういった感情は見受けられない。しかし、ではその表情の理由はなんだろうか。

 それはクラウだった。


 ―――彿金髪が爆風に晒される。

 彼は合衆王国出身と言っていたが、もしやあれと面識でもあるのだろうか。その疑念が晴れる事は終ぞなかった。魔力が無くなって来たらしい全身鎧が渋々といった雰囲気で後退を始める。無論その後ろから攻撃を加えるような事はしない。


 そうして初日の戦闘は幕を閉じた。双方被害はゼロ、繰り広げられた激しい魔術のぶつかり合いの割には上等な戦果である。









 〇




「――...きろ。次...隊長だ」


 焦点の合わぬ思考、ぼんやりと曇りがかった意識。

 誰かに肩を揺らされた俺は、ゴシゴシと目を擦る。そうしている内に段々と目が覚めて来る。


「起きろー。次の見張り番隊長だぞ」

「...あぁ、今替わる」


 誰だろうかと目を細めるが、窓から差し込む月星の明かりは人の顔を浮かび上がらせるのに不十分だった。しかし声から察するにディラン。相変わらず眠たげだったが、それは今しがたまで見張り番をしていたからではないだろう。


「...うし、起きっか」


 言うや否や深呼吸をして未だに寝惚けた思考と思い通りに動かない体に喝を入れる。

 交代で見張りをする。それは俺が決めた事なのだ。ならば俺がここで起きなければ恰好がつかないというもの。

 とはいえ掛け布団があればもっとまどろんでいたかもしれないが。あの地下牢よりはマシとは言えやや肌寒い。これでは二度寝への欲求など湧かないというもの。


 どうでも良い思案を振り払いなが立ち上がる。四つの見張り塔、それぞれに二人ずつの見張り番。それは夜襲をかけられては堪らないと、戦闘後にレオが提案した事であった。

 どんな力を持っていようと、寝ている所を襲われれば終わりである。抵抗のしようがないだろう。物音に目を覚ましたところで手遅れなのだ。


 ――二人ずつ、つまり見張りは俺だけではない。未だに寝息を立てているうもう一人を起こす。


「起きろクラウ、見張りだ」


 隣のベッドで寝ていたクラウを揺らす。やはり眠りが浅かったのか、顔を顰めた後ゆっくりとその目を開いた。


「...早くないか」

「文句言うな。さっさと起きろ」


 クラウは欠伸をしながらも起き上がった。そして数度の瞬きの後立ち上がる。そこにはもう眠気を感じさせなかった。


「行くか...俺達の担当ってどこだった」

「西側だ。さっさと行かねぇとな」


 明かりのない建物内はあまりにも暗かったが、慣れつつあった目でなんとか部屋を出て廊下を歩く。砦内で最も大きい建物にあった兵士用の寮。俺達が寝ていたのはそこである。

 ベッドは思っていたより清潔だった。さっきも思ったように掛け布団がないのが唯一の欠点であったが、少なくともここ一年では最も良い睡眠環境である。


「やっぱベッドは良いよなぁ、疲れが飛ぶ」

「そうだな。あの地下牢の床なんて思い出すだけで関節が痛い」


 特に意味もない会話を交わしながら歩き続ける。そうするとやがて建物の外に出た。深夜特有の形容しがたい、しかし決して不快ではない空気が肌を撫でる。ふと空を仰ぎ見れば、そこには星空の絨毯があった。


 一瞬足が止まった。しかし気にせずに再び歩き出す。

 数分もしない内に砦の壁に辿り着く。扉を開け階段を上がれば、そこは見張り塔の頂上だった。


「交代だ」

「...おせぇよ。さっさと来いってんだ」


 マイルズが槍を足元に付きながら立っていた。先程俺達に交代を告げたディランのペアである。少しでも見張りに穴を空ける訳にはいかない以上、片方がここに残るのは必然だった。無論、残る方にとってはただの貧乏籤だが。


 相変わらず口が悪い。その不機嫌は何時もの話だが、眠気故かその悪口に冴えがなかった。彼はぶつくさと不満を垂れながら階段を下りてゆく。


「...癖が強いよな、この懲罰部隊は」


 呆れだろうか、何とも言えない感情をその顔に浮かばせながらクラウがそう言う。何もマイルズに言ったのではあるまい。


「まぁ...」


 否定などできない。この懲罰部隊は色んな経歴を、個性を持った人間の集まりである。そも、大罪人と認定されあの地獄にブチ込まれて尚己を見失わなかった人間しかいないのだ。常人は一人たりとて居ない。

 いや、常人のような言動をする隊員は居るが、ここに居ながら常人である事は常人ではない査証である。


「お前は比較的常識人だしなぁ」

「...アイツらと比べるとな」


 懲罰部隊の隊員は全員ブッ飛んでる。ただそれがどの部分か、つまり頭がブッ飛んでるのか経歴がブッ飛んでるのかという違いしかない。俺はまぁ後者だろう。良くも悪くも、というか主に悪い点でこの人生は波乱に満ちている。そして目の前のクラウもまた同類な気がした。


 しかし思い返せば、俺はクラウとあまり会話を交わしたことが無いような気がした。

 機会が無かった訳では無い。実際、昨日の戦闘中に浮かんでいた表情の正体については既に尋ねたのだ。結局はぐらかされて終わったが。


「お前って合衆王国出身なんだろ?この国の話とか聞かせてくれよ」


 暇つぶしがてらに、とは言わずとも分かるだろう。まだ夜は深く朝日は遠い。俺達の見張りの時間もまた長いのだ。

 それに、単純な興味もあった。俺が知る合衆王国の人間はアベルだけである。王族である。その姿を見て、言葉を聞いて、どうしてその国の事が分かるというのだ。国民の声というのを聴いてみたかった。


 ―――最も、彼が単なる国民であるとは思っていないが。


「...そうだな、じゃあ建国から遡るか」


 そうしてアベルは語り出した。

 合衆王国という国の成り立ち、そして今に至るまでの短いながらも苦難に満ちた王国との戦いを。



 〇



 その大陸はあまりにも広大で恵まれていた。神話の時代から継承されたその豊かさ、しかしそれを巡って戦いが勃発する事は無かった。

 同じルーツを持ちながらも独自性を保っていたのだ。そしてかつての魔法を失った今、その大陸は全ての国にとって統一するのにも合併するのにも大きすぎた。故に大陸には数十の国が点在するのみ。


 ――だから、かつての覇者が団結する事は無かった。

 神話の主人公だった彼の国はバラバラなままだった。


 それが変わったのは、他でもない王国の侵略によるもの。帝国を下した王国が派遣した艦隊によって征伐戦争が始まった。


 神話に残る強大さは影も形もなく、沿岸部はまともに抵抗できずに王国軍の支配下となった。大陸にとって聖地でもある古都は死守できたが、このままでは大陸全体が王国に呑まれるのも時間の問題。


 初めて団結の機運が高まった。形骸化した同盟の復活、その動機は強大な敵によって齎された。

 その魔の手からは遠い西海岸含め、心の底では望んでいた大国の復活、そこに合理的な理由ができたのだ。ならばその旗の元に星を連ねない理由は無かった。


 調停には苦労したと言う。誰が盟主となるのか、首都は何処にするのか、連邦制ならばどこまでの自治を許すのか。基盤となる神話時代の書物が無ければ全てが破算となってもおかしくなかった。


 色んな物語が生まれ、幾千人もの努力によって漸く為った事。それが合衆王国の建国である。


 その後は只管に王国との戦に明け暮れたらしい。人数でも資源でも合衆王国は圧倒的優勢だったが、王国は大陸の三分の一を勝ち取った強国。その技術とノウハウは合衆王国に追随を許さぬほど。


 故に拮抗、戦線の膠着が発生した。


 そこから先は俺も聞いた事がある。合衆王国の王子と引き換えに東海岸北部から撤退する、王国がそんな取引を持ち掛けたのだ。王国が明確な手柄を、合衆王国が土地の奪還を求めていた故の取引である。合衆王国はそれを承諾し取引は成立、王子は引き渡された。


 しかし流石王国。その取引の責任をあのエイベルに押し付けた後再侵略を仕掛けた。ここに交渉という理性の綱は引き裂かれ、残る解決手段は実力行使のみとなったのだ。

 思い出されるのはアベルの苦々しい表情。彼の王国嫌いは相当な物だったが、聞けば聞くほど納得である。

 ともかく、斯くして彼らは再び戦いを始めた。アベルや第一王女などの突出した戦力のお陰で戦線は維持。そして半年ほど前、俺が良く知る人物が捕虜となった。言わずとも分かるだろうがアベルである。その原因については同じく囚人であったクラウに知る由もないので分からないが。


 とまぁ、俺が聞けたのはそこまでだった。

 何となく察しては居たが、やはりこの国の歴史は浅い。俺が生まれる前には建国されたらしいが、その原因である第一次征伐軍の総大将がエイベルである事を考えればかなり最近である事に間違いはないだろう。


「...ここからは推測になるが」


 クラウが言葉を続けた。

 そこに明確な根拠による自身は無かった。彼の言う通り推測なのだろう。しかし彼なりの確信がそこにはあるような気がした。


「王国も焦ってるんじゃないか」


 王国の焦り。それは俺も肌で感じている事だ。

 その証拠が剣聖である。最高戦力の一角であるヤツが今更のように戦場に派遣されたのだ。前線を押し広げるなり合衆王国軍の勢いを削ぐなり、何らかの目的はあるだろう。そしてそれは些か性急とも感じる。

 なにせ俺達のような犯罪者まで動員しているのだ。


 その要因は明確。アイツが言っていたのだ、帝国に不穏な動きありと。

 動かせる戦力を動かせるうちに余裕を作っておきたいのだろう。


「まず間違いないだろうな。主戦場はてんてこ舞いなんじゃねぇか」


 俺達のいるこの砦は南方戦線。精々全体の二割の戦力しか割かれていない。戦略的に重要ではないのだ。何せ北方戦線の先には合衆王国の聖地であり政治の中心地である首都がある。

 王国はそこを取りたいし、向こうからしたら何としても守り抜きたい。必然的に両者の戦力は北方に集中する。


 となれば剣聖一行もそちらに派遣されたのだろう。そしてこの砦の放棄から分かる様に、南方戦線からの戦力の引き抜きも行われている。これは大規模攻勢の兆しだ。


「実際のところ、剣聖ってのはどれくらい強いんだ?」


 あの野郎の強さ、か。

 存在の身近さは確かにあったが、しかしその強さを目前にしたことはない。何度か鍛錬に付き合って貰った事はあるからその剣の腕は知っている。


 だが剣聖の本領は剣の実力ではない。


「分からん」

「何でだよ。父親だろ」


 剣聖、その力の源は古代神話の遺物である。


 そもそも遺物とは何か。それは魔術でもスキルでもない特殊かつ強力な効果を持つ武具の事だ。

 そして何より、その武具は人を選ぶ。比喩表現ではない。古代神話の英雄譚より幾千年も時を隔てて、尚そこには意志が宿っているのだ。その意思に認められなければ、遺物はその力を発揮しない。強引に扱えば山よりも重く感じ、しかし繰り出される一撃は羽の如く軽い物となる。


 ヤツが持つ聖剣の名を冠するその一振りの剣は、如何なる魔術をも跳ね除け、城塞の壁を両断する切れ味を持っている。


 故に判断できない。


 ヤツは英雄なのだ。

 剣の名門の血を引き、庶子ながらも当主の座を手にした。接近戦闘に特化したスキルを持ち強力な遺物に認められた。

 差し詰め英雄譚の主人公。皮肉な事に、息子と致命的に仲が悪いと言うのもヤツを英雄譚の主人公たらしめていた。

 ともかく、そんな英雄の実力の程をどうして俺が判断できようか。


「少なくとも、俺達全員が相手しても負けるのは確実だな」


 しかし、そこには確信があった。勝てるビジョンが浮かばない。俺達を前にして膝を突く剣聖の姿が全く想像できなかった。


「そこまでか」

「そもそも俺達の得意は対多数だろう。それなりの魔術をいくらでも放つ事ができるってのは軍隊相手じゃかなり有利な能力だ。だが剣聖は究極の個、相性が悪過ぎんだよ」


 事実かどうか定かではないが、あの遺物は魔術を切り裂くらしい。尚更相性が悪い。接近されれば一巻の終わりである。


「侮っている訳では無いが...合衆王国に対抗できうる戦力はあるのか?」


 王国は焦っている。だがそれは本作戦で可能な限りの戦力を投入している事に他ならないのだ。俺達の鞍変え先が弱体化するのは大いに困る。


「そこは心配ない」


 断言するような口調だった。

 その真意を窺う様にクラウの顔を見る。そこには、自嘲染みた笑みが浮かんでいた。言っている事と浮かんでいる表情が繋がらない。違和感を感じる俺を他所にクラウは再び口を開く。


「我らには第一王女が居るからな」

「...というと」

「この大陸最強のお方だよ。その火力は数個師団に匹敵するらしいぞ」


 数個師団だと?ってことは数万人だろう、位を間違えてないか。そんな疑問は喉元で止まった。彼の表情を見ればそれが事実だと――少なくとも彼の中では――分かった。

 そんな化け物がこの大陸に居るなんて話は聞いた事がない。世界は広いなの一言で済むようなレベルではなかった。


「遺物持ちか?」

「違うね。この国に遺物は無い事になってる」

「となれば...」

「ついでに言うと証でもない。その強さは国家機密だからな」


 流石最強。その情報は易々と手に入る物ではないらしい。

 だが留意しておかなければ、今後の立ち回り次第ではいずれ出会う事になるかもしれない存在なのだ。


 しかし、俺の心には違和感ばかりが残っていた。クラウがあの時浮かべた険しい表情、そして先程の自嘲的な笑み。そのどちらも説明が付かぬ物であり、彼自身も言及を避けていた。彼には間違いなく秘密がある。


 だが詮索は御法度。疑念をそのままにしながら、俺とクラウは夜明けまで見張りを続けるのだった。



 ――――――――――――――

 ※2024/10/14 修正

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