第32話 血染の懲罰部隊
考えていた。
果たして、真の意味で罪人である連中と俺達が共に生きていけるのかと。そこに意味があるのかと。
5日。それは人間の本質を知るのには少ない時間だが、大方の人間性を把握するのには十分な時間であった。
故に分かる。コイツらと俺達は根本的に違う。相容れない。
弱者なのだ。スラムに生まれ仕方なく、酒に酔った勢いで、非合法のシノギに目を付けられた。理由は多様だ。同情できるものもある。中には冤罪だってあるだろう。
しかし、どうしても生かす理由が無かった。
監獄島の地下牢、そこは死をも許さぬ大罪人だけが収監される地獄。故にあの特殊な拘束具が使われていた。そして地獄から逃れるために常時魔力切れを起こしていた。それでもなお、人間性を失わなかった。
奇跡的なまでの嚙み合わせをもって、俺達はこの力を手に入れたのだ。
それと同等の力を連中が持っているとは思えなかった。
別に憎い訳でもない。しかし、殺さぬ理由が無かった。
倫理観なんて物が役に立たない事は、俺達が誰よりも知っていた。故に、彼らの未来は変わる事はなかった。
「...なぁ、本当にやるのか」
リアムが声を震わせながら言った。不安、或いは恐怖だろうか。無理もない、これはただの殺しではない。虐殺行為だ。自分達の為に他者を殺し尽くすのだ。
「やりたくねぇって奴はやんなくて良いぞ。俺は吐きそうだけどな」
「とはいえやるしかあるまい。己の未来は己で切り拓かねば」
ガルは弱音を吐いていたが、その目に一切の迷いはなかった。彼や俺には復讐心がある。何を犠牲にしてでもぶつけたい怒りが、憎しみがある。だから罪悪感はあれど迷いなど無かった。
レオは騎士だ。戦士だ。戦い、殺して来た。戦争とは己の為に他を殺す事にある。いや、戦争だけに限らないだろう。生きるとは本来そう言う事だ。生きるために必要ならば弱者を喰い殺す。それが自然の摂理なのだ。長く闘争の世界に身を置いていたレオはそれを知っていた。
「...やるよ。俺も罪を背負わないと無責任だ」
リアムが言う。声は未だ震えていたが、その目には覚悟が宿っていた。
「そこまで気負わなくて良いと思いますがねぇ...自分は良いです」
しかし、この虐殺に参加するのはあくまでも自由である。
肩を竦めながら軽く拒否する隊員も居た。王国そのものへの憎しみ故に、喜んでと参加する隊員もまた居た。
「...ごめん。俺、ちょっと無理だ」
「良い、お前には向かないしな。俺がやる」
フランクは馬鹿だ。頭が花畑だ。しかし、あの地獄でも変わらぬ善性を持っていた。抜けていても優しさを持つ少年だった。
俯く彼の背をクルトがさする。その手は震えていたが、フランクへの気遣い故か声は震えぬよう抑えられていた。彼らは双子だ。その精神性が真逆という事はあるまい。つまり、クルトもまた善性の人間の筈である。
「...俺もできそうにない」
「けっ、馬鹿馬鹿しい」
「だよなー!王国の人間殺せんだぜ!」
この30人だって色んな人間がいる。もしかしたら、相容れない相手だって居るかもしれない。
だからこそ、これ以上人を増やす訳には行かないのだ。
「...よし、やるか」
勿論俺はやる。俺は隊長だ。この隊を、個性の強い30人を率いる人間だ。弱い姿は見せられないし、俺が先頭に立ってやらなければ。それに、俺の手はもう人殺しの手だ。
7人。それが俺の殺した人間の数だった。聖女を襲っていた強姦野郎が三人と、アベルと共に脱獄した時に殺した二人の看守。眠りから覚めて、その莫大な魔力を以て殺した同じく二名の看守。
もう今更だ。
覚悟を決める。腹を括る。
この手は人の血で染まった。ならば、全身に血を浴びたところでもう何も変わらないだろう。
「なぁ、お前らさっきから何話してんだ?」
丁度その時だった。不審人物を見る様な目をしながら、一人の懲罰部隊の罪人が声をかけてくる。
俺は仲間達に目配せした。頷いたり、沈痛な面持ちになったり。反応は様々だったが、その意図は皆理解したようだった。
――その時はやって来た。目を瞑る、息を吸う、剣を握り締める。戦う前に何時していたルーティーン。心は安らかにはならない。しかし覚悟は固まった。
「謝罪はしない。先に地獄で待ってろ」
「は?」
一閃、剣を振るう。何が起きたのか理解できない表情を浮かべたそいつの首から血飛沫が舞う。
死んだ。俺が殺した。
「何だ何だ」
「っ、オイ何して―――」
広がる動揺。早速トラブルが起きたのか、とでも思っているのだろう。まさか自分達が殺されるとは思ってもいないだろう。
もう迷いは無かった。
「【
砦に赤い華が咲き乱れる。爆炎、血飛沫。
断末魔の悲鳴と痛みにのた打ち回る声。
逃げ道など何処にもないと言うのに、生きたいと願う本能故に必死に逃げ惑う何百人もの人間。
やめてくれ、死にたくない。そんな命乞いには耳を貸さず、何度も何度も詠唱を口にする。その度に失われていく幾多の命。
地獄はここにあった。そして、俺達がそれを作ったのだ。
――この日、俺は真の意味で罪人になった。
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