第29話 これから
「―――という事があってだな。素晴らしい親子愛によって俺達は離れ離れにならずに済んだのさ!これから先もよろしく!」
「図太過ぎんだろ...よくやるよお前」
揺れる船倉、その奥で。ガルが呆れた様な声を出した。
「けど最善だろ?おかげで宛がわれた場所も随分とマシだ」
周囲に目を向ける。そこに鉄格子は無く、カビも腐敗したネズミの死体もなかった。監獄島に連れてこられた時とは大違いだ。ガルもそれを分かっているのだろう、表情に呆れを浮かべたままながらも反論してくることはなかった。
俺達は今、海の上に居た。
監獄島から合衆王国の戦場に向けて移送されている最中である。
数奇な人生である。監獄の次は戦場、一体この先に待ち構えるのは何なのか。ろくでもない事は確実。
正直な話、今回のはかなり予期せぬ出来事だった。復讐を遂行するという目的からは遠ざかっているに違いない。物理的にも。何せ合衆王国だ。大海を挟んだ向こう側だ。アベルからの遺言は伝えられるかもしれないが、それでは優先順位が滅茶苦茶である。どうしたものか、と悩むばかりだ。
「そういえば隊長ってどうするの?」
ふと、気になった事をそのまま口に出したような言葉が響いた。その声の主はリアム。疑念というよりは質問に近かった。彼にその気はないようだ。
彼の言う隊長とは、監獄島の地下牢に居ながらも理性を保っていた30人だけで構成されたこの懲罰部隊での指揮官の事である。
視線を巡らせる。どいつもこいつも目を逸らした。
「逆に聞くがよ、こんな連中纏めてやるって思う奴が居るとでも?」
「...まぁそれもそうか」
よく言えば個性あふれる、正直に言えば協調性など欠片も持たぬ連中である。誰が進んで隊長なんかやるものか。
「ここは適正だな。ガルかレオ、あとはライトが良いと思うぜ」
目の下の隈を擦りながら、二十代後半程の青年が言った。確かディランという名前だったはずだ。コイツが起きてるのは案外珍しい。
「...いや待て、それより何で俺なんだ」
「いやー、今んとこ一番仕切れてるのお前だしな」
ちきしょう。言われてみればそうだ。始めた会ったあの夜、火を囲んでの話し合い。あそこで決めた方針も、結局俺が纏めていたようなものだ。
「ガルはどうだ。年上だし」
「年食ってるだけでコイツら纏め上げられるとでも?テメェがやれ」
ぺッ、と唾でも吐きそうな勢いであった。確かに彼に指揮官は似合わないだろうが、だからと言ってそこまで否定しなくてのに。
「...レオはどうだ。騎士だったんだろ?指揮能力とかありそうじゃん」
「吝かではない、しかし...私は生真面目な自覚があるのでな。皆の気性を考えれば君の方が良いと思うが」
...今の会話でそれは分かったよ。コイツすんげぇ固い。多分あのクソ親父より真面目だ。あんなクソッタレな環境に居ながら、よくこうも性分を保てたものである。しかし、これで残るは俺だけであった。
「...学園じゃドベだったぞ。頭も悪いし、俺には似合わん」
「へー、何処の学園だよ」
「...王立だな」
「かーーっぺッ!!エリートじゃねーか!てめーが隊長やれ!」
あっコイツ本当に唾吐きやがった。きったね。
...まぁ、もう拒否する材料がなかった。一応それなりの教育を受けているのは確かな訳で。気性的にもコイツらと合わん事もない訳で。仕方あるまい、小さな部隊とはいえ名誉ある指揮官である。喜ぼう。
「...そうだな、じゃあ俺が隊長で異論ないな?」
「ねぇよそんなもん」
「精々励めよー」
「おめでとー。レオは副隊長が適任だな」
「おめでとう!因みに何がめでたいんだ?」
「お前は黙っとけ」
という事で、めでたく俺が隊長である。
隊員からは祝福の...祝福の?声が聞こえた。これが人を導く立場という事か。これが人の上に立つ感覚か。ゴミだな。
――と、ギャグもほどほどにしておいて。
早速この立場を利用しよう。今から大事な話し合いである。
「よーし、テメェら全員一回話に参加しろ。隊長命令だぞ」
今後の方針の決定である。またかよと思った?俺もそう思ったよ。だが仕方のない事なのだ、ここまで事態が急変した以上再び方針を決めなければいけない。
「まずは状況を整理しよう」
少しだけ、ほんの少しだけ真面目な雰囲気が湿った船倉に流れた。言って聞くような連中じゃあるまい。少し耳を貸すだけで良いのである。
「俺達が向かってるのは合衆王国の最前線。理由は王国本土の戦力不足。分かっているのはそれだけだ」
俺達は懲罰部隊だ。まともな情報が与えらえる筈もない。なのでここから先はあくまでも推測に過ぎない。
「まぁ十中八九まともな運用はされんだろうな。指揮系統の頂点は剣聖らしいが、アイツは指揮官の器じゃねぇ。戦闘が始まれば別のヤツに奴隷みたいにこき使われるだろうよ」
「であろうな。そもそも、兵士とは最低限の訓練を施さなければ使い物にならないのだ。それが無い以上元からまともに使うつもりがないと認識して構わないだろう」
元騎士のレオが腕を組みながら言った。やっぱコイツが隊長じゃダメ?ダメか。流石の観察眼である。そして、俺の発言は彼の言葉に裏付けされてしまった。
「そこでだ、俺達は戦場でどう動くか決めないといけない」
「...なるほど。普通に戦うのは論外だもんな」
その心情を表すようにリアムの真っ白な髪が揺れた。
その通りだ。もしこの莫大な魔力ををそのまま振るえば、きっと碌でもない事になる。どうやってこの力を得たのか知るまで徹底的に調べるだろう。そして、その力を警戒されたらそう簡単には逃げ出せなくなる。
力とは、それが敵に秘匿されている場合に最も効力を発揮するのだ。であるからして、戦場についたからと言って馬鹿正直に真面目に戦う訳にはいかない。
「じゃあどうする、王国軍ブチ殺して合衆王国に寝返るか?」
「最終的にはそれしかないだろう。このまま王国軍に居れば、俺達を待つ未来は使い潰されるかモルモットかの二択だ」
「最終的には?」
「タイミングの問題、だな。幾ばくかの作戦に従事した後機を窺って反旗を翻すか、はたまた戦場についた瞬間王国軍の誰かしらの首を取って寝返るか」
「どう違うんだ、それ」
タイミングを変える事にどんな意味があるのか、そういう問いだろう。
少しの逡巡の後再び口を開く。
「前者の方がリターンは多い。唯で向こう側に寝返った所で扱いは変わらないだろうしな、王国軍にダメージを与えてからの方が後々有利になる」
合衆王国の事はあまり知らない。王国で流れている噂...卑劣で愚かだとか非文明的だとか、そういったプロパガンダしか知らない。
だが、それはアベルが否定した。今際の時を以て否定した。
だから分からないのだ。俺達が合衆王国に下って、一体どういう扱いを受けるのかが。
「向こうから見れば犯罪国家の犯罪者集団だぜ。王国より酷い扱いされんじゃ?」
ディランが顔を顰めながらそう言った。その表情が険しいのは寝不足だけが理由ではないだろう。
「クラウ、だったか。お前合衆王国出身だったよな、どう思う?」
「あー、そうだな...」
明らか偽名のクラウ。それ女の名前じゃんとかの突っ込みは無しである。何せここは詮索したら闇が溢れ出て来るような連中なのだ。
彼の風貌はアベルと似ていた。くすんではいるが同じ金髪、金色の目、その顔つきや体格なども何処か彼を連想させた。とはいえ、多少なりとも人種が違うのだ。同じように見えるのは仕方ない事だろう。
「手柄を持ってった方が信頼されるのは確かだろうけど、そうじゃないなら即刻処刑って事はないと思うぞ。自由を謳う国だからな、人権だってある程度は確保されるだろう。王国の捕虜を虐殺したって話も聞かないし」
「...すげぇな、侵略された側だってのに」
「思想に関しては俺達の方がずっと先進的なんだよ」
クラウが吐き捨てる様に言った。まぁ、俺達の事がある限り王国には人権なんて物はないと証明できてしまうだ。その非人道的なスタンスに関してそう思われるのも無理はないだろう。俺だってそう思う。
「じゃあ取り合えずチャンスを見てからで良いんじゃねぇか?」
「リスクがあるんだ。俺達の魔力を隠したまま、誰一人死なない内ににそのチャンスとやらが来るか分からない」
碌でもない扱いをされる。俺達の本当の力を見せてはいけない。それらは確定事項だ。ならば、その禄でもない扱いの中俺達はただの囚人として戦わなければいけない。
チャンスが来るまでどれくらい待てばいいのか、それまでどのくらい戦わされるのか。何も分からないまま死の危険を傍らに戦わなければならない。
それがこの案のデメリットだった。
「じゃあどうすんだ」
「もう一つの案が向こうに到着した瞬間寝返るというものだな。こちらのメリットは前述したリスクがないこと、デメリットは不確実性が高い事だ」
「なんで不確実性が高いんだよ。さっきの方がリスクあるんじゃねぇのか?」
「死ぬ可能性を以て確実性を高めるのが前者、作戦が丸ごと失敗する可能性があるのが後者だ」
向こうについてすぐでは戦況が掴めない。離反の最中に後ろから撃たれまくったら最悪だ。俺たちは魔術が得意な訳では無い以上、そうなれば全滅である。
ローリスクハイリターンか、ハイリスクハイリターンかの二択という事だ。幾人かの隊員の命か、隊が丸ごと無くなるリスクか。
「...ここままで話しておいて何だが、結局は到着してからの状況次第だ」
「おい待て、じゃあ今の会話なんだったんだよ」
いやぁ、そう言われても話さなけばいけない事ではあったのだ。決定を下すのは向こうの状況が分かり次第だが、その決定は迅速に行わなければいけない。どのタイミングでチャンスとやらが来るにしても、そのチャンスを決して逃さぬ為に認識はハッキリとさせておく必要があったのだ。
「ってことで以上で話は終わりだ」
「んだよそれ...」
「一応決まったんだから良いだろ」
ぶつくさと言いながら各々好きな事をやりだす。とはいえ、ここで出来る事といえば睡眠と会話くらいだが。
これからどうなるのか。そんな事は誰にも分からない。だからこそ、どんな事が起きても対応できるようにしておかなければ。
もうあんな失態は犯さない。アベルを死なせてしまった時のように間抜けな事は決してやってはいけない。一分一秒が時として人生を左右することがあるのだ。だから、今度こそは。
そう一人心に誓う俺を乗せ、船は進み続けるのだった。
〇
「あ~~!...空気うめぇー!」
思いっきり、胸いっぱいに空気を吸い込む。海沿い故に潮の匂いはするが、やはり新鮮で澱みない空気というのは素晴らしい。長い航海もやっと終わりである。
という事でやって来ました異大陸!
地下牢の空気は断トツでクソだったが、船の中も中々に酷いのだ。しかし俺達がこれから吸う空気の全ては新鮮な物である。未来は曇り先を見通す目は澱んでいようとも、綺麗な空気があれば元気が出るという物。
目の前には広がる巨大な軍港。停泊した艦隊から続々と兵士や物資が吐き出され、港全体に活気が...いや活気じゃないか。むしろ異様な緊張感だ。今行っているのは戦の準備である。その荷物は香辛料ではなく、人間を殺すための道具なのだ。それもそうだろう。
兵士たちは整然と列を成して次々に船を降り、海岸へと進軍していく。よくよく目を凝らせば、所々に貧相な恰好をした一群があった。俺たちと同じ懲罰部隊だろう。連中はいかにも犯罪者といった見た目をしている。
「おー、初めての異国!流石だな!」
「何が流石なんだ」
フランクとクルトがいつもみたいに会話をする。相変わらず中身がスカスカな言葉だった。仲いいよなコイツら。
「おいそこ!口を開くな!!」
傲慢そうな声。明らかに見下した口調。その発生源は俺達の前を行く馬上の人間だった。恐らくは現場指揮官。
「だってさ、クルト」
「...お前だろ」
無意味なやりとりを右から左に流しながら奴を注視する。何か命令を下しそうな雰囲気だったのだ。
「第4懲罰部隊、大隊整列!」
上陸早々か。果たして何が言われるやら。作戦内容か訓示か、前者であればかなり運が良い。上陸早々情報を得られるのはかなりのアドバンテージだ。
「二度は言わん、よく聞いておけ!日没に本陣北西200の地点で再集合、各自それまでに指定の場所で武器の受け取りと点検、食事を済ませておけ。集合後は移動を開始、作戦地域まで四日歩き通す」
――当たりだ。まさかこんなにも早い段階で作戦が伝えられるとは。それに王国は随分と追い込まれているようだ。夜通しの進軍とは言え四日。そこが作戦地域という事はつまり、合衆王国軍がそこまで迫っているという事である。
それに大分無理のある進軍計画だ。大方、懲罰部隊などいくらでも落伍して構わんという事だろう。
「貴様らの任務はグラスゴー砦への援護だ。我々正規軍が開いた道を通れ。貴様らには砦内の兵士と入れ替わり後当砦を防衛せよ!」
...隠す気もないな。ろくでもない扱いをされるだろうとは思っていたがまさかここまでとは思わなかった。
「おいレオ」
「...十中八九囮だろうな」
元騎士が静かに俺に囁いた。彼はかつて筆頭騎士を務めていたという男だ。その経験からか、この作戦の真意をすぐに見抜いたようだった。
「入れ替わりという事は砦そのものが囮なのだろう。増援と勘違いした合衆王国が慎重になるのを期待してるのか、或いは囮を攻撃している彼らの背を突くのか。詳しくは判断できないが」
無用と判断したから放棄するのか、本軍到着の時間稼ぎが目的か。その意図も判然としない。しかし、俺達がやるべき事は決まったも同然である。
「もしこの任務を生き延びたら減刑も考えてやる。各自奮闘せよ!」
全く白々しい。分かり易い分俺達にとっては有難かったが...周りへ目をやる。そこには本土から連れてこられたであろう懲罰部隊の人間が居た。不安と緊張をその身にありありと浮かべ、しかし僅かな期待をその目に宿している。
彼らは死ぬだろう。間違いなく。
だが救う気はなかった。コイツらは本物の犯罪者だ。そうでなくとも、監獄島地下牢の連中とは違ってなんの力も持たない。使えないのだ。
ふと笑みが浮かんだ。
その時は近い。コイツにとっての死地は、俺達にとっての転換点。死にに行く犯罪者と生を掴みに行く大罪人。
解散の号令がかかる。俺達は歩き出した。
―――――――――――
※2024/10/09 修正
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