第26話 囚人達



夜空を仰ぎ見た。

人の明かりなど存在しないこの孤島から見る星空は美しかった。正面に視線を戻せば、パチパチと音を立てながら火が踊っていた。


「どうすっかね、これから」


誰かが、口から零れたようにそう言う。なんとなく周囲を見渡せば、そこには三十人程の男共が居た。


静かに...言い換えればただボケっとしてる連中を見ながら、俺はこうなった経緯を思い返す。


名も知れぬあの少女と別れた後、俺は意味もなく監獄島を徘徊していた。そこで出会ったのがコイツらである。俺と同じ、地下牢に閉じ込められていた連中だ。俺のように脱獄してきたのか?その問いの答えは否定だった。


あの少女に助け出して貰った。虚無のみだった胸に心が戻った、救われた。そう言っていた。その言葉が意味する事はよく理解できなかったが、しかし何となく納得は出来た。

俺だって、この復讐心が無ければどうなっていたのか分からない。少なくとも、まともな精神状態ではなかったであろう。あの少女はそんな状態の彼らを救った。きっとその認識で正しいはずだ。


『人が人に優しくするのに、理由なんてないと信じたいから』


あぁ、きっと心優しい少女なのだろう。俺には到底言えないであろう言葉だ。


けれど、そんな彼女でも彼ら全員を救い出す事はできなかったらしい。間違いなく彼らの心は救われただろうが、この状況を変える事は不可能だったのだ。

船は帰りに回収予定の船員の為に空けておかなければならない。申し訳なさそうな表情を浮かべながら、彼女はそう言っていたらしい。


そうして、なけなしの物資を監獄島に置いた彼女は再び祖国に戻っていった。


――という事を説明され、今に至る。


「...しかし、まさか我々がこんな力を得ていたとはな」



恰幅のある中年男が、何処か困惑を滲ませながらそう呟いた。


彼らが事の経緯を語ったように、俺もまた知っている情報を渡したのだ。つまり、魔力量が増えている事とその原因について。

俺達が得たのは莫大な魔力。それも、有力な魔術士であるエイベルを軽く超える程の物だ。伝えた直後の反応は中々面白かった。


「自己紹介でもするか、どうせ碌でもねぇ奴ばっかだろうが」


無精髭を生やした中年男――おそらく、俺に魔力切れの事を教えた男――が皮肉げな笑みを浮かべながらそう言った。

自己紹介、か。確かにこんな所にブチ込まれるような人間だ、そう思うのも無理はないだろう。ただ、なんとなくだが...俺はそうは思えなかった。


救いたい、救われるべきだと思われる何かが彼らにあったのではないか?そうでもなければ、きっと人は人の事など救わない。直感だったけれど、それが外れている気はしなかった。


「俺はガルってんだ。貴族サマの気分を害しちまってな、言って信じて貰えるとは思わんが一応言っとく。冤罪だぜ」


不敵な、或いは自嘲的な笑みだった。

その目を見れば、それが嘘でない事など直ぐに分かる。


―――三十人。それは地下牢に居た人間の数を考えれば、あまりにも少ない人数だった。理由は簡潔、だったから。


この三十人は、あの過酷な環境に居ながらも、魔力切れという濁った悪夢の中でも、人間性を失わなかったのだ。

ただの犯罪者にそれができるだろうか?いいや、きっとそんな事はない。世の理不尽への怒り、義務感...何でも良いが、何か生を望む理由があったから、精神的支柱があったから、今彼らはこうして会話できているのだ。


「次は俺か...リアムだ、南の大陸から来た。あんまりにも異質過ぎたらしくてな、見つかって直ぐここに入れられた」


自分と同じくらいの年だろうか。そう言ったその少年の髪は真っ白だった。ストレスかい、なんて尋ねたらぶん殴られそうだ。

...しかし、南の大陸か。何処だよそれ。存在すら聞いた事ない。あながち虚言とも思えないが、にしたって現実味のない言葉である。


まぁしかし、コイツらはどうもキャラが濃そうだ。


「まぁ...そうだな、クラウと呼んでくれ。人質として王国に売られた。よろしく」


偽名使うならもうちょいまともに嘘つけよ。

しかも人質。コイツもコイツで重いし濃い。いや、もうこの流れだ、きっと全員が全員なんらかしらの物語を持っている事だろう。


「私はレオだ。王国では騎士をしていた」


そう言ったのは恰幅の良い男。

随分と複雑な感情でも抱いているのか、その顔を顰めながらそう自己紹介をした。コイツは俺の右隣、時計回りの流れだから次は俺だ。


「俺はライト・スペンサー。別に隠すつもりがないから言うが剣聖の息子だ」

「――なに?」

「...すげぇな、そりゃ」


それは半ば呆れの色が混じった驚きだった。まぁ、確かに知名度で言えば剣聖というのはトップクラスだからな。

それは国王、魔術王、聖女に並ぶほど。一つは政治と権威の象徴、一つは魔術と歴史の象徴、一つは信仰の象徴である。なれば、差し詰め剣聖は武の象徴だろうか。

剣聖というのはただの肩書ではない。軍の正式かつ特殊な階級でもあり、敬称であり、称号でもある。敵国にすらその名が通じる程、親父は尊敬されていたのだ。


...だからこんな事になった、というのはあまりにも投げやりな理論だろうか。


まぁともかく、その息子がここ監獄島に居る、という事実が何よりも驚かれたのだろう。それも隻腕という状態で。


「理由を聞いても?」

「下らねぇよ。聖女を強姦したんだとさ」


笑いながら、ガルと同じような自嘲的な笑みを浮かべながら言う。だって馬鹿馬鹿しいだろう。


「へー、剣聖の息子って事は強いのか?ちょっと手合わせしようぜ!」

「考えてから物を言え」


発せられたのは能天気な明るい言葉、そしてそれを諫めるような冷たい言葉。

隻腕の俺を見て手合わせ?馬鹿にしてんのかこの野郎とばかりにそちらを見ると、そこには正反対の二人が居た。


「悪いな、コイツ馬鹿なんだよ」

「悪かったな!因みに何が悪かったんだ?」

「...あぁ、うん。もういいよ」


片やくすんだ茶髪、片や青みがかった黒髪。前者がアホな事は分かった。


「俺はクルトだ」

「俺はフランク!」


やけに呼吸が合っている。ただの同室と言う訳では無いだろう、掛け離れているように思える言動の端々に血の繋がりを感じた。


「双子か?」

「...あぁ、俺達は貴族出身だ。後継者争いのせいでここにブチ込まれた」


クルト――アホではない方――がそう答えた。その表情は優れない。まぁそうだろう、ここへ送られた経緯を思い出して顔を顰めない奴はそうそう居ない。


「次は僕かな――」


自己紹介は続く。全員が全員、と言う訳では無いだろうが、やはりその殆どが個性のある人間だ。聞いてて飽きない。


夜が更ける。夜空を仰ぎ見れば、その闇はより深くなっていた。









自己紹介は終わった。

今は各々が好きなように過ごしている。寝たり、火を見ながら暇つぶしをしたり、何処か持ってきたのか分からない酒を飲んだり。俺は会話をしているところだった。


「お前は王国自体に恨みがある訳じゃないんだな」


ガルが火を眺めながらそう言った。

丁度、俺がここに来た経緯を詳しく話したタイミングだった。


「ないと言えば無いが...好きって訳じゃねぇぞ。別に滅んでも構わないくらいには」


そう言うと、ガルは何か思案する様に黙り込んだ。


「復讐したい、憎くて堪らない。だが俺の相手はあくまでも個人だ」

「そうかよ...オレは社会が憎くて堪らないね」


彼の表情は歪んでいた。憎しみだろうか、苦悩だろうか。きっと両方だ。

復讐は正しくない。キリがない、終わりがない。特に復讐心が社会全体を対象にした物であれば。しかし、そんな事は彼だって分かっているだろう、俺の行為もまた無意味なのだから、彼に対してアドバイスも忠告する権利はない。


「まぁ、良いんじゃねぇか。ここに居る連中の全員が似た様な感情を抱いているだろうし」

「ハッ、言えてるな」


ここに連れてこられた経緯を話したヤツも何人か居た。どれも、聞けば聞くほど酷い物ばかり。冤罪とはいえ実際に後ろめたい事をしていた俺なんかよりずっと酷い扱いを受けた人間も居たのだ。

特に元騎士のレオは酷かった。領主の不正を知ってしまった彼は、我が子と第二子をその腹に宿した妻を殺された上ここに連れてこられたらしい。

悲惨、残酷、そんな言葉では言い表せない。劣等感を暴発させた結果の俺とは違い、彼は幸福の頂点から叩き落された。

そんな人間が、文字通り全てを失った人間がここには何人も居る。


「似たもの同士仲良くしようぜ、何時までの仲かは知らねぇけどな」


何時までの仲かは知らない、つまり、これからどうなるかは分からない。その通りだ。今まさに、俺が切り出そうとした話だ。


「あぁ、そうだな...全員注目、これからの話をしよう」


囚人達の目の色が変わった。

何処か気が抜けていた連中に、少しだけ真面目な空気が流れる。


きっと、俺達にできる事は限られているだろう。

無謀を覚悟の上で海に飛び込む、おとなしく王国の艦隊が来るのを待つ、来た艦隊とやり合う。精々がその位だ。


だが、その中で俺達は選択しなきゃいけない。

どの道も結局行きつく場所は死かもしれない。

それでも、限られた選択の中で、限られた生の中で、俺達は考えなければいけないのだ。諦めるのを諦めよう、どんな苦境でも、目的の為に頭を、体を、何をも使い果たしてみせよう。


きっと、コイツらだって俺と同じような気持ちを持っている筈だ。でなければ、あの地獄の中で心を失っていただろう。


「王国と戦ってここで死ぬか、今は黙って連中の下につくか。どんなものになるにせよ、俺達が今からする決断は俺達のこの先を決定付ける」


だから、と言葉を続ける事はなかった。言わずとも分かるだろう、そうでなければ困る。

この場を一種の緊張感...違うな、好戦的な雰囲気を支配した。なんだか、コイツらとは長い付き合いになりそうな気がした。





――――――――――――

※2024/10/06 修正

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