第二章「懲罰部隊と戦争」

第23話 王女



「どうか無事でいてください、兄さん...!」


合衆王国第二王女、サラ・ブリセーニョの心は焦燥感でいっぱいだった。


兄である第一王子、アベル・ブリセーニョが王国の捕虜となりもう一年が経とうとしている。最初はすぐに救出作戦を実行に移すつもりだったが、王国軍が卑劣な手段で占領した土地での戦闘が激化し、救出どころか、艦隊の出動すらままならなかった。


合衆王国の海将たちを納得させるのにも苦労した。王子が捕虜となって半年が過ぎた頃、海将たちは彼の生存は絶望的だと口を揃えて言った。現実的に考えれば、その言葉が正しいことはサラも理解していた。


だが、頭で理解するのと心が納得するのは別だ。


まだ、兄さんは生きているかもしれない。


その一縷の望みを信じ、必死に説得した。けれど、やはりそんな感情論で動いてくれるほど軍人というのは非合理的ではなかった。


姉にも断られた、父にも断固として反対された。

ならばもう、単独で実行するしかない。


幸いな事に、兄には人望があった。その死を認められない彼の部下が何千人も居た。その中から決死隊を選ぶのが逆に難しくなるくらいに、秘密裏に動かしたこの作戦への志願者は多かった。


船も揃えた、人員も十分以上に集まった。だけど、今ある艦船では王国本土への長距離作戦は不可能だった。


そこで提案されたのが、監獄島への奇襲作戦だった。

監獄島は王国の捕虜収容所としての役割を持ち、数多くの重要な捕虜がそこに収監されているとされている監獄島だ。兄さんがそこにいるかは定かではないが、少なくとも王国軍の指揮官や捕虜となった合衆王国の軍人たちを救出する事が、ひいては兄さんの情報を得る事ができるだろう。


作戦は迅速に、そして的確に行わねばならない。王国の援軍が到着する前にすべてを終わらせる必要があった。


サラの胸には不安が渦巻いていた。それでも自分の使命を果たすために、心を奮い立たせるように呟く。


「見えました!あれが監獄島です!」


見張りの声が風を裂いた。彼方に浮かぶのは、重厚な城壁に囲まれた監獄島。サラは緊張を感じながら、しかしそれを悟られぬよう声を張り上げる。


「速度を上げて!」

「了解!全艦、前進全速!」

「総員第一種戦闘配置!殿下を救うぞ!」


操舵者の声、次いで耳を突いた声は乗組員達を鼓舞するような声は船長の物だった。彼は力強い笑みを浮かべながら、私を見て頷いていた。


艦隊は海を切り裂くように進んでいく。

やがて向こうもこちらを認識したらしい。すぐに敵の迎撃が始まった。監獄島から出撃した王国軍の魔術中隊が、すぐさま魔術障壁を展開し、強力な魔術攻撃を放ってくる。


「敵の監視塔より魔術攻撃!ヘルファイアを確認!!」

「進路そのまま、障壁展開!」


轟音と共に、敵の魔術砲台が放つ火炎弾が、空中で弧を描きながら艦隊に向かって飛んでくる。その姿は、まるで大空を裂く灼熱の鳥の群れのようだ。


無論、無防備に受ける訳がない。サラの艦隊も魔術兵たちが一斉に詠唱を始め、半透明の障壁が前方に現れる。瞬間、激しい衝撃が船全体を揺るがした。敵のヘルファイア――王国軍が誇る一斉詠唱魔術が直撃したのだ。


「損害報告!」

「我が艦は損害軽微、しかし先行艦レイヴンの甲板が炎上しています!速度低下、推進機能に重大な影響!応急修理不能です!」


艦隊の先頭を走っていた小型の帆船が、燃え上がる炎に包まれて速度を失っていく。救援の為横付けする事はできない、帆船は一度失速すると、再び加速するのには時間が掛かる物なのだ。


マストが折れ、頂上で見張りをしていた兵士が断末魔を上げながら海へと吸い込まれていった。甲板は燃え盛り、その熱から逃げようと水兵たちは海へと飛び込む。その光景に締め付けられる様な痛みが走った。今すぐ船を寄せて救出作業させるように叫びたかった。

けれど、彼らは志願してここに来たのだ。

そして、私には海戦の事は分からない。口を挟む権利はなかった。


「レイヴンはここで切り捨てる!乗組員はボートで脱出させろ、帰路に回収する!こちらも反撃する、詠唱開始!」

「了解!レイヴンは当海域にて放棄、レイヴン乗員は小型ボートにて退艦!全艦攻撃魔術戦用意!」


復唱が終わる頃には、もう既に此方から魔術が飛び出していた。

再び一斉詠唱の号令が飛び交い、合衆王国の魔術兵たちも反撃を開始した。双方の魔術が空中で激突し、光と炎が入り混じる中、彼我の距離はどんどんと短くなる。


「姫、準備はいいですか!」

「ええ、ここからは私の番ね!」


待ちに待っていた、というのは少し語弊があるが。今はただ、役に立てるのが嬉しかった。

集中、深呼吸して魔力の流れに意識を向ける。


「【太陽より授かりし炎よ】」


兄さんのように色んな系統の魔術を扱う事はできない。

ましてや、姉さんのような特別な力もない。

スキルない。まともに使える能力は、今の私にはなかった。王族なのに、そう悔しく思う。


当たり前の事だけれど、やっぱり私は異質だ。


「【鋼すら溶かし、大地を焦がす熱を我が手に】」


けれど、兄さんも姉さんも辛抱強く私に魔術を教えてくれた。豊富にある魔力のおかげで、それらの成果に大きな実力が付いた。


「【青の光に燃ゆるは永遠不滅の焔】」

「【灰すら残すな、ただ瞬く間に消え去れ】」


私は天才魔術師の、そして合衆王国最強の軍人の妹だ。

大丈夫、私なら出来る。そう信じて、最後の一節を口にする。


「【青き不死鳥ノーブル・フェニックス!!】」


不死鳥は鮮やかに空を舞い、魔術の発射原であった敵監視所を襲った。瞬く間にそこは炎に包まれ、断末魔の声が響いたのも束の間。抵抗は完全に途絶えた。

他にも突出した魔術部隊や緊急出港した艦船はあったが、もっとも強い火線を生み出していた場所が潰れたのだ。今が上陸のチャンスだった。


「敵監視塔沈黙!上陸部隊、上陸を開始せよ!」

「了解!上陸開始!!」


サラは拳を握りしめた。だが、彼女の心にはまだ不安が残っていた。兄が本当にこの島にいるのか、そして生きているのか――それを確かめるため、彼女は剣を握りしめて甲板から飛び降り、戦場へと向かっていった。


「待ってて、兄さん。今、助けに行くから…!」




―――――――――

※2024/10/01 前書き・後書きの削除、サラの口調含む修正

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