第17話 監獄島
舌馬鹿で助かった。
カビの生えたゲロ不味いパンモドキを口に押し込みながら、俺はそんな感想を抱いた。これは最早美味い不味いのレベルではないかもしれないが。
本来なら千切って食べる様な固さのパンであるが、残念ながら俺は隻腕である。強引に嚙み千切って、何度も何度も味わう様に咀嚼する。
「あっゴキブリ」
剣の鍛錬で培った瞬発力が輝く。俺は黒光りするヤツを一瞬で捕まえ、そのまま口に放り込んだ。コイツは貴重な栄養源だ。
―――人間というのは、案外生命力が強いらしい。
このカビの生えたパンが、一日で唯一の食事だった。これだけである。屋敷に居た時とは違い、野菜も、スープも、肉も、デザートも...デザートは屋敷でも出なかったな。俺本当に貴族か?まぁともかく、質素なのだ。
飲み物は、天井から常に滴り落ちる水だけである。
勿論外には出れない。ここ一カ月は太陽を見ていなかった。
それでも生きているのだ。
肋骨が浮き出ている。鍛えに鍛えた筋肉はとうに消え失せ、俺の体は今、骨と皮だけで構成されていた。
それでも、俺は生きている。
人としての最低限の生活、尊厳、誇り。そんな物はとうの昔失われた。今俺にあるのは、胸を突く怒りだけである。それだけで、俺は何とか生きていた。
―――ォ...ゴオオオォ...
外は嵐だろうか。船の揺れが半端じゃない。一カ月船に乗っているが、終ぞ慣れる事はなかった。
正直吐きそうだ。だが、俺は知っている。ここは船底、口から出た吐瀉物の行先などない。つまり、吐瀉物と寝食を共にしなければならなくなるのだ。刺激臭と腐敗集が織りなすあの匂いはもう勘弁である。
あまりの酷さに精神が壊れそうになる。
それでも、自分の中にある何かを削ぎ落して、ただ怒りだけを支えにして何とか耐える。
「許さない、許さない、許さない、許さない。何があっても、どんな目にあっても、絶対に復讐する。どん底から這い上がってやる...」
呟く。呪いのように、誓いの様に、何度も何度も同じ言葉を。
これは俺への約束で、俺が縋れる最後の願いであった。
精神が壊れそうになれども、それさえあれば。俺は、まだ正気を保っていられる。
...或いは、もう俺の精神など壊れているかもしれないが。
そんな事すらもどうでも良いのだ。
自分の体が蝕まれ様とも、精神が崩れ一生治らなくなっても、俺の怒りが消える事はないだろう。
ギシッ...と、骨が軋んだ、肉に爪が食い込んだ音がする。強く握り締め過ぎた右手から、ポタポタと血が垂れた。一つしかない、俺の腕から。
〇
「出ろ」
そうして船に揺られること数日。船に乗ってから何日経ったのかを数える事すら諦めた頃、久しぶりに自分のではない声が聞こえた。
その声に従って、数か月振りに見る太陽のまぶしさに目を細めながら甲板に上がる。
何度か瞬きをした後、しっかりと目を開くと――
そこには、要塞とも監獄とも言える、巨大な建造物があった。
ここが監獄島だ。
死刑に出来なかった極悪人、国にとって都合の悪い人間達が押し込められた、王国最悪の監獄。大海の先、王国より遥か遠く浮かぶ離島を丸ごと監獄にして出来た、外からも内からも強い一種の要塞。
俺は、ここで一生を過ごす事になったらしい。
「ハッ」
そんなのゴメンだ。絶対に脱獄してやるよ。
脱獄して、あのヒロの首を切り落としてやる。
それだけを胸に、俺は鎖を引かれて監獄島へと上陸した。
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※2024/9/24 構成、設定含む大規模な修正及び加筆
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