第13話 きっかけ
視点はライトに戻ります
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俺は今日の戦いの結果をエルに伝えるため、スラム街へ向かう道を歩いていた。
敗因、改善点、気付いた弱点、どのようにそれを克服するか。絶えず考え事をしながら、俺はどんどんと歩いていく。
一歩ごとに、如実に治安が悪いい地域へ足を踏み入れている。険しい顔で、必死に脳を回しながら。
――そんな俺の耳に、突如女性の悲鳴が飛び込んできた。
クソ、考え事に夢中になり過ぎた。ここはスラム街、王都の魔窟だ。何が起こるとも分からないのだから、周りに気を配っておけばよかった。
だが後悔は後だ。今は女性の身が第一優先である。
悲鳴がした方へ駆け出す。
「クソ、今日はツイてない...!」
速度を上げる。どうにも、嫌な予感がしてならなかった。
何度も何度も、助けを求める悲痛な叫び声。助けて、いやだ、なんで、痛い。聞くだけで胸に痛みと、それ以上の怒りが込み上げて来る。
ブチ殺してやる。そんな思いの元駆け続けるも、悲鳴が徐々に小さくなり、ついには途絶えてしまった。嫌な予感が胸を締め付ける。急がないと、あの女性の命が危ない。或いは、もう。
脳裏を過った最悪の状況を、頭を振ってふり払う。
女性の悲鳴は途絶えた。しかし、まだその音は聞こえる。一定の速さで発生する、乾いた音。そして、下卑た笑い声。
嗚呼、最早。明白であった。そこで何が行われているのかは。
どんどんと近くなる距離、大きくなる音。
そして、その瞬間は訪れる。
「っ...クソがぁ...ッ」
路地を曲がった時、俺の目に耐え難い光景が広がった。
数人の小汚い男が、一人の女性を押さえつけている。
聞くまでもない。確認するまでもない。
断言しよう。お前らのやっている事は、死に値する。
剣を抜く。使い込まれた、俺の手に最も馴染む剣。10歳の誕生日、親父から貰った思い出の剣でもある。破けた豆から出た血が、柄に染み付いた事はある。だが、この剣は今、初めて本来の用途で使われるだろう。初めて、その刃を血に染めるだろう。
何の感慨も湧かない。ただ、目の前のクズどもを殺したかった。
「うおっ、誰だおま...ぐはっ!」
反応する暇もなく一人目の首が宙を舞う。血飛沫が噴き出し、顔に返り血が掛かったのが分かった。
気にせず二人目。こちらを振り向き、驚愕の表情をしたソイツの喉元を掻っ切る。同じように舞う血飛沫。傷口を抑える様にして倒れ込んだ。
「まっ、待って――」
次いで三人目。今更のようにこちらを向くも、もはや手遅れだった。ズボンを下した状態で戦えるわけがないだろう。自業自得だ。
苦しませずに死なせてやろう、とは思わなかったが。ただただ、早くこの世から消えて欲しかった。上段から、一閃。闇夜に赤黒く輝いた刃は、ソイツの頭を一瞬でカチ割った。
「...チッ、気色悪い」
手を見る。これは人殺しの手だ。
初めて、人を殺した。犯罪者だとは分かっていても、その事実が全身に重くのしかかる。俺の手には血が滲み、剣の刃から滴り落ちる。それを見て吐き気が込み上げてきたが、なんとか抑えた。
目の前には転がる男たちの死体。辺りには、彼らの血が広がり、生臭い鉄の匂いが鼻を突く。だが、俺にはまだやらなければならないことがあった。
「大丈夫ですか!」
ぐったりと、している女性。だが、その肩は浅く上下していた。良かった、生きている。俺は直ぐ駆け寄って膝をつき、顔を覆い隠していた麻袋をそっと取った。
――まさにその瞬間だった。
「あ、ああああっ...いや、やめて、やめて...っ!!」
パニックになったのだろう。恐怖に駆られた彼女は突然、悲鳴を上げながら俺を押しのけ、フラフラと立ち上がり、そのまま逃げ出してしまった。
「ちょっ、待ってくれ!大丈夫か!?」
「いやっ、来ないでっ!!」
俺の声は届かない。混乱した彼女は、俺がさっきの連中と同じだと勘違いしたのだろう。追う気にはなれなかった。
その後ろ姿に、何となく。
既視感を感じた。
...まぁ気のせいだろう。こんな所に知り合いがいる筈もあるまい。
「ハァ...クソが」
溜息を一つ溢す。悪態をつけども、心に巣食った暗い感情は無くなってはくれなかった。力なく立ち上がり、剣から血潮を拭き取り鞘にしまう。
「はぁ、最悪だ...」
なんとツイていない日だろうか。再び喫した屈辱的な敗北、初めての人殺し、しかし助けた相手は混乱のあまり俺から逃げ出してしまった。
これ全部一日で起こった事だぜ?
余りの運の無さに、ぶつけようのない理不尽を感じた。
全く、最悪の日だ。
そう心の中で呟きながら、俺は帰路につくのだった。
〇
しかし、悪い事というのは得てして続いて起きる物であり。
ライトにとっての最悪は、すぐに更新される事となる。
...いや、違う。彼にとっての最悪は、これからどんどんと更新されていくだろう。絶えず、何度も何度も。
劣等感、屈辱感。そんな物ではない。
本物の苦痛を――苦しみ、痛み、喪失、憎しみ、悲しみ、絶望を。その身に受ける事だろう。これから、ライトが行くのは、血で塗れた地獄の道である。
「あは」
不気味な笑い声が、血に染まったスラム街の一角に響く。
仮面の奥、虚ろな目が弧を描いた。
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※2024/9/23 加筆・修正
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