第12話 再び、敗北


俺の切り札である二段階爆破。俺が持つ最大の火力と破壊力を持っていたそれの直撃を受けたヒロ。


だが、ヒロは生きていた。全身に細かな傷はあれど、与えられたダメージはその程度だった。


理解できない。あれは人が絶えられる様な技じゃないはずだ。前代聖女と魔術王が学園に刻んだあの魔術陣があるから初めて使える、そう言う類の技だったはずだ。


「...まさか、君にそんな発想が出来るとは思わなかったよ」

「クソが、どんな体してんだよ」

「これで終わりにしよう」


否定できなかった。宣言の様に告げられたヒロの言葉を、否定する事はできなかった。この手に剣は無く、切り札は容易く防がれた。


反面、ヤツは何も失っていない。何のダメージも負っていない。

詰みである。正真正銘、覆しようのない。


「【風、絶えず流動する我らが命の源】」


そう言うとヒロは剣を鞘に納め、目を閉じると手を前に突き出した。

詠唱が耳を突く。事実上俺へのとどめの一撃であるそれは、ヒロの勝利宣言の様に聞こえた。


「【撫でる微風、切り裂く鎌鼬】」


しかし、聞き覚えのない詠唱である。

長ったらしく仰々しい詠唱ではない。短い詠唱に色んなものを詰め込んだような、そんな詠唱だった。先進的、とでも言おうか。


「【破壊の嵐となりて発現せよ】」


まぁなんでも良いが。これで終わりである。


「【風神の息吹】」


クソ、また負けるのか。

迫りくる事実に、風魔術に、心の中で悪態をつきながら。俺の意識は途絶えた。







「結局、負けたのか...」


俺は屋敷にある部屋で一人溜息をつく。

あの時、俺はヒロの魔術によって場外に吹き飛ばされたらしい。俺が医務室で意識を回復した時、ウィリアムが煽りながら教えて来た。


悔しさの余り、嚙み締めた歯からギリギリと音が鳴った。

手を見つめる。剣ダコ、努力の証。しかし、足りなかった。


全力で挑んだ。新しく学んだ魔術という技術で、新しい戦い方で、俺はこの三週間の全てをヤツにぶつけた。その結果が敗北だというのなら。

幾ら悔しくとも、認めなければ。


――でなければ、俺は強くなれない。


まだだ。まだチャンスは幾らでもある。

今この時ばかりは、俺はヤツよりも弱く、劣っている。それは認めよう。

だが、この時ばかりは、である。

覆して見せよう。ひっくり返して見せよう。この力関係を、自分の手で。


手を握り締める。目を閉じ、深呼吸をする。


「次こそは勝ってやる」


再び目が開かれた時、そこには絶えぬ闘志が宿っていた。


...そうだ、今日の戦いの結果とか反省点とかをエルに報告しに行こう。


俺はもう、負けた事が悔しくて何もかもが面倒くさくなったあの時とは違うのだ。










――目が覚めた時、僕は知らない場所に居た。


ハッキリとしない思考のまま、立ち上がって辺りを見渡す。

青々とした木々と、深い青色をした空。見覚えがなかった。というか、ここに来た経緯すらも思い出せなかった。


記憶を手繰り寄せようとしても、何も思い出せなかった。


そう、何も、である。


自分は何者だ?どこから来て、どういう人間で、どんな経験をしてきた?忘れてなるものかと心の奥底にしまったはずの、大切な記憶。


何も、思い出せなかった。


忘れちゃダメだろう。大切だった筈だ。でなければ、説明できない。胸を突く、この正体不明の喪失感が、痛みが。


そう思って記憶を探ろうとしても、やはり何も得られなかった。

膝をつく。力なく倒れ、青空が視界を占領する。


『頼むぞ』


ただただ呆然としている僕の事を、誰かが呼んだ気がした。


『未来を、今を、過去を』


悲痛な、痛みと罪悪と、それ以上の覚悟に染まった声。

それが何なのかも、やはり分からない。


『――ヒロ』


...だが、分かった事はあった。


ヒロという僕の名前。

そして、自分には使命があるという事だ。


再び立ち上がる。何処へ行くのか、どう行くのか。やはり何も分からないまま、僕は歩き出すのだった。





どうやら、僕はツイている。

歩き始めて二日も経たぬ内に目に入った町を見ながら、そう安堵した。


しかし、随分と古臭い建物である。いや、記憶がない以上比較対象がないのだが、なんとなくそう思った。

とは言え、人里を見つけられたのはやはり大きい。


アンティークな町に足を踏み入れた僕は、早速道行く人に声を掛けた。


「記憶がなくて...」


事情を説明すると、その人は首を傾げながら口を開いた。


「教会に行けば良いんじゃないか」


感謝の言葉を告げ、言われた通り教会を目指す。石畳でできた道を歩きながら、不安と期待と共に。


「記憶がない、ですか?」

「えぇ。覚えているのは自分の名前だけで...」

「うーん、何か得意な事などはありますか?」


聖職者も頭を傾げていた。やはり、僕のこの状況はかなり珍しいようだ。


「と言われても...」

「読み書きは?」

「できます」

「魔術は扱えますか?」

「魔術...あぁ、そうですね。使えますよ」


記憶は失われていようとも、体に染みついた技は忘れていないらしい。今すぐにでも魔術を放てそうだった。詠唱も、使い方もありありと思い出せる。


「なるほど...ではスキルは?」

「...うーん、分かりません」


スキル。それが一部の特別な人間だけが使える、魔術でも科学でも説明できない不思議な事象だという事は思い出せる。ただ、自分がそれを使えるのかどうかは全く思い出せなかったが。


しかし、魔術の事を覚えていたのは非常に助かった。

どうやら、魔術というのは一部の人間のみが扱える特別な事象らしい。そのおかげで、僕は雑に扱われずに済んだ。


とは言え一教会では対処できない事案らしい。上へ上へとたらい回され、僕は色な人に同じ話をする事となった。


そこで知り合ったのが聖女だった。


「その年であれほど魔術が扱えるのでしたら、我が国の学園に通ってみませんか?」


僕の魔術――その中でも無詠唱は特別視された。本来受けるべき試験をせずに入学できるほど。

僕は承諾した。生きる当ても知識も常識もないのだ、いろんな事を学べる学園は都合が良かったのだ。



そして、僕は邂逅を果たした。


最初は、何となく既視感を感じただけだった。

だが思い出せないその既視感の正体との違いのせいだろうか、違和感も同時に感じる。気になって仕方がなかった。


「君、前に会ったことある?」


思いのまま零れた言葉は、しかし直ぐに相手に否定された。


戦えば分かるかもしれない。直感的にそう思った。

余りにも唐突だったかもしれない。初日から喧嘩を売るなんて馬鹿がやる事だ。だが、どうしてもやりたいと思った。


だが、期待は外れる。

戦い方に違和感を覚えた。やっぱり人違いか?


ずっと努力してきたのか、そいつの剣の腕はそこそこ高かった。

だが、僕に近づけもしない時点でそれもたかが知れている。


「まぁ、こんなもんか」


思わず言葉を漏らすと、相手ーーライトという名の対戦相手の顔が悔しそうに歪んだのが印象的だった。




―――――――――――

※2024/9/23 修正

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