第11話


「座っていい?」


 言うが早いか、ヒロはすでに隣の席に腰を下ろしていた。俺の許可なんて、最初から気にしてないらしい。

 じゃあ聞くなよ。


「…どうぞ」


 仕方なく俺は頷いた。次いで聖女も、優雅な微笑を浮かべながら反対側の席に座る。ウィリアムは俺の隣、ヒロの反対側に腰を下ろした。ラウラは俺の真正面である。気まずい。


「言い訳を聞きましょうか。今日は逃げられませんよ?」


 まぁそうくるよなぁ...

 どうしようか。昨日の内に言い訳を考えなかった自分を恨む。


「全く、何を隠しているのですか。特訓の場所くらいさっさと吐けばいい物を」


 ウィリアムがニヤニヤしながらそう言った。

 断言できる。今のコイツは、間違いなく俺を馬鹿にしている。


 仕方ない、ここは正直に話そう。この使えない脳味噌では瞬時に言い訳を考える事など出来ないのだ。ましてや、その肩書に相応しい教育を受けて来たラウラ公爵令嬢に対しては。


「とある人物に師事している。それしか言えないんだ、申し訳ない」


 何も全てをぶちまける必要はない。言えない理由を言えば良いだけだ。


「言えないのなら仕方ありません...ですが、私は貴方の婚約者です。そんなに距離を置かなくてもいいのですよ」

「...あぁ、そうするよ」


 正直、彼女との距離はあまり考えないようにしている。

 いずれ結婚するのだろう。いずれ子を成すのだろう。だが、そのどれもが現実味がなくて、知らない人間の人生設計の様に思えるのだ。


 まぁ、今はそんな事より大切な話をしようか。

 その為に学校に来たのだから。


「なぁヒロ、この後決闘しようぜ」


 有無を言わせぬ口調で、睨む様にヤツの黒い目を見ながらそう言った。

 ヒロはたじろぎながらも返事をする。


「あ、あぁ。別に俺は構わないけど」


 言質は取った。あとはもう話す事などない。

 俺は黙々と食事を再開した。


「パエリアにしたんですね」

「うん、米が食べたくて...けどなんか違うんだよなぁ」


 しかし、何故聖女も居るんだ?前見た時もヒロと一緒に居たが、何かの縁でもあるのだろうか。


 頭を捻りつつも、俺は黙って食い続けた。




 〇




「この前は手も足も出なかったが...今日はそうはいかないぜ」

「そうか。じゃ、期待しているよ」

「その澄まし顔、グチャグチャに歪ませてやんよ」


 場面は変わって。ここは、俺がかつて屈辱的な敗北を喫した訓練場。

 準備運動は済んだ。戦い方も頭の中にしっかりと入っている。問題はない、コンディションは最高だ。


 空気を大きく吸って気持ちを落ち着かせ、剣を構えた。何度も裂け、割れた手のひら。幾つもの固い剣ダコが、俺に手にはあった。努力の結晶である。



「では、両者準備はいいですか?」


 審判の確認に黙ってうなずく。

 それぞれ準備が出来た事を確認した審判は、手を挙げる。


「それでは、開始!」


 そして、審判は挙げたてを勢い良く下ろし、大きな声で合図をした。

 さぁ、いよいよこの3週間の成果を見せる時だ。


 最初は様子見...何て事はしない。ヒロが今までどれ程訓練してきたかは分からないが、こちらは3週間しか魔術の訓練をしていないのだ。俺が切れる手札は少ない。

 故に、勝機があるとすればそれは短期決戦だけ。


 魔術の詠唱を口にする。土を空中に出現させる用途の詠唱にアレンジを加えたそれの効果は、簡潔に言えば煙幕。

 これは、ファイアを見て俺が思いついた、超簡単な魔術だ。何もないところに火が発生するなら、何もない所に砂が発生してもおかしいいことなどない。ファイア程度の魔力なら何の役にも立たないし、短く詠唱したせいで滅茶苦茶効率が悪い。だが、

 魔力をつぎ込めば立派な煙幕になるのだ。


 間を置かずして、詠唱。先ほどヒロがいたあたりの上に人1人分くらいの大きな岩を発生させる。それはそのまま重力に従い落下し、大きな音を立てた。だが、今の音は岩が“地面”に当たった音だ。避けられた。


 次は相手のターン。無詠唱によって、俺の煙幕は吹き飛ばされた。

 すかさず飛んでくるであろう魔術を防ぐために、再び詠唱。地面から土で出来た壁が生えて来た。

 予想通り飛んできた風魔術。間一髪で完成した防壁に激突した。


 ――ビキッ!!


 嫌な音だ。流石に、三週間では完璧な魔術など身に着けられる訳がない。分かっていた事だが、こうも実力差を見せつけられると嫌になる。


「クソが、一発も持たないのかよっ!」


 あと一発で間違いなく土壁は割れる。そう考えた俺はすぐにそこから飛び出た。

 だが、それを予測していたか、飛び込んだ先にもヒロが放った風魔術が迫っていた。


 それを転がりながら避けると、すぐに立ち上がる。コイツに隙を与えたらその瞬間終わりだ。すぐに走り出そうとするがーーーー足が動かなかった。


「はぁ!?」


 これは...水魔術か!?俺が居る半径3メートルが丸ごとぬかるみになってる。

 大分まずい。このままだと一方的に攻撃される!


 だが、ヒロが発動したのは、詠唱を使った非攻撃魔術だった。

 何をされたのか分からず混乱したが、今の内にこのぬかるみから脱出しようと力を込める。


 ーーーーが、先程より力を込めたにも関わらず、俺の足はビクともしなかった。

 更に混乱して足下を見るとーーー



 ーーーーー固まっていた。地面がいつの間にか固まっており、そこに俺の足が埋まっていたのだ。

 ...あー、なるほど。結合せよって、そういう事ね。

 地面を沼のように液状化して、俺の足がそこに浸かった頃に凝固させる。思いつきもしなかった魔術の使い方である。


 まぁ感心してる余裕なんてないけど。

 このままじゃ嬲り殺しだ、結構絶望的である。


「降参しないの?」


 なにか打開策はないかと頭をフル回転していると、余裕そうな声が耳に入った。ヒロはもう剣を下げており、余裕に満ちた澄まし顔で話しかけてきた。


「するわけねぇだろ!」

「そうか...」


 ...ここから抜け出す方法が思いつかない。もうこうなったら、切れる手札は全て切ってしまおう。そんな決心をして、最後の技の準備をしているとーーー


「...なるほど。君の覚悟は伝わった。何をするつもりかは分からないけれど、全部受けきって見せよう」


 完全に俺の事を舐めた発言。しかし、俺は何も言い返さない。わざわざ隙を見せてくれるというのなら、そこを突かない理由はない。


 詠唱、土系統魔術。埋まってしまった足を解放させる。

 次いで詠唱、火系統魔術。刃が潰された訓練用の鉄の剣に、熱が灯る。

 最後、土系統魔術。空中に数本の木の杭が出現した。


 ヤツ目掛けて襲い掛かる木の杭はヒロの無詠唱魔術により粉々にされるが、その隙にヒロへ走り出す。

 何故か過剰に粉々になった木の杭だった物は、小さな粉末となって空中を舞った。

 そして、ヒロが俺に向けて魔術を放とうとするがーーーー


 再び、詠唱。


 その瞬間、ヒロの真上に水の塊が発生した。ヒロが警戒して真上を見上げるが、それ自体には何の攻撃力もない。

 本命はこっち。俺はそれ目掛けて全力で手に持っていた剣を投擲した。さっき魔術で熱々にした剣だ。真っ赤に染まったそれは、あと少しで融解しそうなほど高温である事を示していた。


 俺の謎の行動に、ヒロが目を見開く。

 ヒロからすれば、魔術ではこちらが上であり、俺に勝機があるとすればそれは剣での斬り合いのみ。故に、その唯一の勝機を文字通りぶん投げてしまったように見える訳だ。

 ヒロがこちらの意図を探るような視線を向けて来る。


「察しが悪いな...!」


 大量の水に、滅茶苦茶熱くなった鉄の塊。そして、粉々になって煙のように空中を漂う可燃性の物質である木片。


「爆発しろ!!」


 剣が水に突入した瞬間、その水が大爆発を起こし、それに引火される形で再び爆発が発生した。


 そう、これは水蒸気爆発。そして、それを着火元とした粉塵爆発だ。


 上手く言った。開けたところでは粉塵爆発の発生率が低下するらしいが、ここは魔術があらぬ方向に飛んでいかないよう無風状態になっているのだ。


 爆音とともに二段階で発生した爆発により、大きな砂埃が発生する。

 ギャラリー、審判、そして俺が固唾をのんでそれが晴れるのを待っていると――


「...化け物が」


 そこには、ボロボロになりながらもしっかりと二本足で立っているヒロがいた。




――――――――

※2024/09/20 修正

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