第10話 学園
さて、という事で久しぶりの学園である。
なんだか新鮮だ。顔出し自体はしていたので、別に三週間ぶりと言う訳では無いのだが。死と隣り合わせの日々を過ごしていると、どうも違和感を感じてならない。
整備されゴミ一つ落ちていない道。そこに居るのは浮浪者でなく、未来が約束された若人。汚れた建物でなく、毎週庭師に手入れさせている木々が道を挟んでいた。
この学園は王国の最高学府なのだから、別にこれくらい何てことはないのだが。
ともかく、綺麗な所である。
ちらちらと此方を見る怪奇の視線さえなければ、俺は気持ち良く登校できただろう。
まぁ、仕方あるまい。こういう視線は気にしないのが正解だ。
そうして歩く事数分。俺は教室に到着していた。今日の時間割はなだっただろうか。そう言う事を気軽に聞ける友人など俺には居ない。そもそも何曜日だっけ今日。
「おやおや、ライトではありませんか!どうしたのですか、最近全く顔を出していなかったようですが?」
自分の無計画さに呆れながら外に目をやっていると、聞き覚えのある声が俺の耳を突いた。
声の主を見る。そこには、やはりウィリアムが居た。
「なぁ、今日の授業ってなんだっけ」
いや、別にコイツが友人と言う訳では無いが。
決闘は何時やってもいいのではないのだ。剣にしろ魔術にしろ、その日の授業に実技訓練の枠がなければ許可が取れない。
「全く、久しぶりに学園に来たと思えばこれですか...ライト、君という男は本当に計画性というものがないですねぇ。しかし、ご安心ください。本日の授業は戦術論と戦場地図の読み方、それから午後は剣術訓練が控えていますよ。まさに私が待ち望んでいた実技訓練の時間です!」
俺の顔色を伺うように一瞬言葉を切り、ウィリアムは続ける。
「午後の剣術訓練の時間には、私と模擬戦を行うことができそうですね。ずいぶんと腕を上げたのでしょう?試してみたいものです!」
その目には挑戦的な光が宿っていた。
適当に流そうとした、が。違和感に気付いた。コイツ、何で俺が腕を上げた事を知っているんだ?
「なんで知ってる」
俺が腕を上げた事。そんな事はどうでも良い。もしコイツが、その手段を、方法を知っているのならば。
頭を過る最悪の想像。
確かエルは言っていた。自分の存在は、周りにバレてはいけない物だと。もしそうなれば、君を殺す事になると。
冷や汗が滲むのを自覚しながら、投げかけた質問の答えを待つ。
「おやおや、もしや貴方、何処の骨とも分からない平民にやられただけで引き籠るような軟弱者なのですか?」
「うっせぇな、んな訳ねぇだろ」
「えぇ、どうせ我武者羅に特訓していたのでしょう」
ウィリアムは笑みを浮かべた。俺の事を馬鹿にしたような笑み、そう思っていたが。彼の笑みには、その様な意図は無かったのかもしれない。
「分かりますよ、貴方は私のライバルですからね」
断言するようなウィリアムの言葉に、少しだけ動揺した。
「無論、私とも戦いますよね?」
「...あのヒロとかいうヤツの後な。何時だって出来るだろ」
〇
授業は平凡で、つまらない物だった。
ついでに言うのならば、しばらく授業に顔を出していない俺にとっては理解できないものだった。元から落第生だが。
欠伸をしながら窓の外を眺める事数十分、鐘の音がした。
「来週は机上演習を行います。一通りの定石とルールを覚えて来る事、以上」
教授がぶっきらぼうに言った。分かりにくいが、これが授業終了の合図である。
しかし、机上演習か...俺も親父の座を継ぐなら――つまり剣聖になるならば、一通り以上は出来なければならないのだろうか。
俺は剣だけを振るっていたいが、そうもいくまい。
思案しながら、立ち上がって食堂の方へ歩き出す。
今日は何があるだろうか。エルとの訓練では、屋敷の厨房からパンを持って行っていただけだったからな。まともなランチは久しぶりである。
メニューの種類は豊富だ。ここ学園がある王国本島のゲロ不味い料理から、大陸中部の高級料理や南部の海鮮料理、果ては帝国の塩っ辛い料理まである。
まぁ、ここは無難に行こうか。俺が学園に真面目に通っていた時、いつも食ってたセットである。
「ビーフシチューとパン、あとスープも一緒に頼む」
これが特別美味しいと言う訳ではないのだが。どうやら、俺の――というより、本島の人間全員に言えるかもしれないが――舌は少し馬鹿よりらしいのだ。
手軽さと十分なエネルギー量、栄養素。俺が食事に求めるのはその三つだけである。
貴族らしからぬが、これは血のせいだ。親父も同じような考え方なので、屋敷の食卓だってこんな感じである。或いは、それが原因かもしれないが。
頼んだものを受け取ると、俺は適当な椅子に座った。昼休みは一時間半。休憩時間にしては長いように思えるが、殆どの生徒にとって昼休みとは自習時間である。繰り返すが、ここは王国の最高学府なのだ。俺もその例外ではなく、昼食後は軽く体を動かすのがいつもの習慣であった。
しかし、そんな習慣を乱す者が一人。
「あっ、ライトじゃん。久しぶり」
ヒロであった。
心の中で毒づく。何でテメェがここに居るんだよ、と。
しかし、そう言えばヒロは平民だった。ならばこの食堂を利用するのも頷ける。貴族――つまり、この学園の殆ど――は、もう一つランクの高い食堂を使っているのだ。ここを使うのは、金のない特待生か、時間に追われた生徒か、変人くらいである。
「お久しぶりですね、ライトさん。ご一緒しても?」
「昨日ぶりですね、ライト。昨日の話の続きをしましょうか」
「無様ですねぇ、婚約者に詰められる男というのは」
そして、前二つに該当しない以上、コイツらは変人だろう。
聖女、ラウラ、ウィリアム。お前らはなんでここに居るんだ、ホントに。
―――――――――――
※2024/9/23 修正
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