第9話 婚約者
「最近、学園にあまり来ていないようですが」
「...そうですね」
ラウラの問いかけに、俺は気まずくなりながら言葉を返した。本当に面倒くさい。何て言い訳しようか?いや、もう普通に答えるしかないか。
「俺、この前平民に負けたんですよ」
そう言った途端、ラウラは明らかに気まずそうに目を逸らした。十中八九、俺がそのことを気に病んで学園に来なくなったと思っているのだろう。間違ってはない。いや、決して気に病んだ訳では無いのだが、あれが原因なのはその通りなのだから。
「負けっぱなしじゃ終われないと思ってさ、特訓してんだよ」
「特訓…ですか。じゃあ今からどこに行くんですか?」
「えっ」
ラウラの問いに言葉が詰まる。何て言おうか。俺は平静を装いながら必死に頭を回すが、何も浮かばない。
誰が本当の事を言えようか。スラム街の指名手配犯の元に行きます、なんて。
「…特訓です」
「だから、どこでですか?訓練場なら、あなたの屋敷にもあるでしょう?」
「あーっ!もう待ち合わせの時間だ!すまん、行かなきゃ!」
俺はラウラの声を無視して、振り返らずに駆け出した。
「ちょ、待って!」
背後から聞こえる声に後ろ髪を引かれる思いはあるが、今は逃げるしかない。次に会う時のために、ちゃんと言い訳を考えておかなければ。
そうしてラウラをなんとか撒いた俺は、慣れた道を歩きながらスラム街の薄暗い路地へと向かう。足音が石畳に響くこの道も、もう慣れたものだ。進む先には、いつもの広場がある。広場と言っても、綺麗な噴水やベンチがあるわけじゃない。むしろ汚れた地面が広がるだけの、太陽の光すら差し込まない薄暗い場所だが。
「おはよう!今日は少し遅かったじゃないか!」
広場に着くと、エルの声が明るく響いた。相変わらず元気だな。
「ちょっと絡まれてしまって…」
「…?まあ、いいさ。そんなことより、今日は少し話があるんだ」
「話?」
「そう。君、そろそろ自分がどれくらい成長したか試してみたくないか?」
俺の胸が少し高鳴る。確かに、この3週間はエルとの特訓漬けだった。学園に顔を出した時には、ウィリアムが決まって「勝負しろ」と言ってくるが、俺は全て断っている。この戦い方は普通じゃないし、誰に教わったのかなんて詮索されるのも嫌だったからだ。
エルの言葉に思わず考え込む。俺が成長している確信はある。だが、それがどの程度なのかは、実際に他の相手と戦わなければわからない。そして、そろそろアイツ…ヒロと再戦したいという気持ちが芽生えてきた。まだ無詠唱魔術は使えないが、今ならもう少し戦える自信がある。あの時の敗因は、俺が遠距離攻撃の手段を持っていなかったことだ。しかし、今は違う。
「そうですね…」
「明日、学園に行ってみるといい。そして、君が言ってたヒロってやつに、思い切って喧嘩を売るんだ。どうだ?」
エルの言葉は、俺の胸中を見透かしたかのように核心を突いていた。自然と口元が引き締まる。そうだ、俺はもう一度ヒロと戦わなければならない。今度は、絶対に負けないために。
「…わかりました」
俺は拳を握り、再戦への決意を固めた。
―――――――――――
※2024/9/22 修正
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