第8話 方針
現実はいつも非情だ。
死ぬ気で戦って、認めて貰えて。自分にもあの強さが手に入ると思って喜んでいられたのも束の間。“無詠唱魔術にを使うには、魔術に対する深い理解が必要”、つまり、魔術などやろうとしてみた事すらない俺には、無詠唱を使うのは事実上不可能ということだ。
膝に手をつき、大きく溜息をつく。だが吐き出されたのはただの息だけではなく、先程まで己を動かしていた無詠唱への期待でもあった。
期待してた分、落差も激しい。
落ち込んだ俺にエルが声を掛ける。
「何もそんなに落ち込む事はないだろう?」
「いやだって、無詠唱は使えないんじゃ...」
「君、話聞いてた?詠唱ありの魔術の感覚を覚えて、その後に無詠唱を使えるようにするって言ったじゃないか。だから、今すぐには無理でもいつかは使えるようになるよ?」
「...ガチ?」
流れ変わって来たな。
もしかしなくても、俺の早とちりだったようだ。
「うん。だから、今の君に必要なのは、既存の魔術の練習だ。」
しかし、届いた言葉は都合の良い物ではなかった。
目を顰めながら、零れる様に口を開く。
「魔術、かあ...」
あまりいい気はしない。
いや、無詠唱魔術を使いたくて教えを頼み込んだんだから今更なんだけどさ。今までの剣を捨てて、魔術に浮気してしまったような気持ちだ。
「とは言え、君のいままで努力の証である剣術を捨てるのは勿体ない。だから、君には僕と同じように魔術と剣術、両方を使う戦い方を教えよう。」
「両方使う?」
「そう、両方!君は、僕の戦い方に惹かれたんだろう?だったら、どっちも完璧に使えるようにならないと!」
現実的ではない。俺の理性はそう言っていた。
魔術も剣術も、どちらか一方でも極めるのが困難だということはわかっている。ましてや、その両方を操るとなると、ただの凡人には不可能に近い挑戦だ。
そんな付け焼刃が、中途半端な技術が、本当に通用するのだろうか。思い浮かんだ疑念を、ヒロという存在がすぐさま否定した。
アイツに出来て、俺に出来ない道理はない。
「魔術と剣術を同時に扱うのは、ただ二刀流を使うようなものじゃあないのさ。それぞれの技術が干渉し合わないように、まるで二つの自分がいるような感覚を持つ必要があるんだ」
エルはそう言って、手の中で軽やかに剣を回しながら、仮面の奥で笑みを浮かべた。
「でも、それができるようになれば、君は今まで以上に強くなれるはずさ。約束しよう。剣だけでもない、魔術だけでもない。両方を極めた“完全な戦士”になれるんだから」
エルの言葉は、俺に新たな光を差し込ませた。たしかに、俺が憧れたのは彼の戦い方だ。ただ力強いだけでなく、柔軟で、全てを凌駕する強さがあった。剣術一筋だった俺が、魔術と剣術を組み合わせた戦闘スタイルに挑むことは、過去の自分を超えるために避けては通れない道かもしれない。
「...やってみます」
俺は拳を握りしめ、決意を新たにした。
〇
朝、俺はいつも通り太陽が昇り始めた頃に目を覚ました。窓を開けると、刺すような冷たさを孕んだ朝の空気が肌を引き締め、頭を冴えさせた。顔を洗い、動きやすい服に着替えると、無意識に深呼吸を一つした。
心の中で呟く。
あの日、あの日から。全てが変わった。
あの日、俺とエルの特訓が始まった日から、今日でちょうど3週間が経った。学園にはたまにしか顔を出さず、ほぼ毎日スラム街の小さな広場で朝から夜までエルの指導のもと、鍛錬に打ち込んでいる。
エルの指導は厳しく、だがその裏には一貫した理論と確かな技術――それ以上に、経験が。隠しきれぬ血の色が、纏う濃厚な死の匂いが。そこにはあった。
魔術、そして剣術を組み合わせた戦闘スタイル――それは革新的で、どこか危ういものを感じさせながらも、俺の実力を伸ばしている。
最初はぎこちなく感じた魔術の感覚も、次第に手応えを感じるようになっていた。幸運なことに、俺にはある程度の魔術の才があったらしい。剣を握るだけでは感じられなかった充実感が、今は全身を満たしていた。
「うし、やるか」
今日も訓練をしよう。死ぬ気でエルに食らいつこう。毎度毎度尋常ではない殺気を飛ばしてくるヤツとの訓練は心身ともに疲れるが、それは成長の証である。
気合いを入れる様に自身の頬を叩いてから、そっと玄関の扉を開けた。
「こんな時間に来客...?」
疑問に思って馬車に近づくと、御者がこちらに気づいたらしく、馬車の小窓を開けて一言、二言言うと馬車の扉が開いた。
そして、そこにいたのは。
「お久しぶりですね、ライト」
ラウラ・S・クラーク。俺の、婚約者だった。
突然だが、貴族の婚姻は政略結婚がほとんどだ。宮廷のドロドロした争いとか、思惑とか、ともかく大人の事情というやつが絡んでくる。
ラウラは、公爵家の娘だ。つまり、我が家より一つ上の階級であり、しかも王家の血筋を引いている。そんなお偉いさんの家がなんで剣だけが取り柄の我が家と婚約を結んだのかと言うと。
まあ、おそらく手綱を握っておきたかったのだろう。父さんはある意味成り上がりの貴族。その上本人自身が剣聖という大きな戦力を持っているとなれば、放置するのは危険ーーーたぶんそんな感じだ。
そして、俺に気に入って貰って制御できるよう、家から何か言い含められているのだろう。よく俺の事を気にかけているような態度を取る。
ともかく、そんな彼女がこんな朝っぱらから押しかけてくるということは、絶対ろくな要件じゃない。
「最近、学園にあまり来れていないようですが...」
ほらな。
心配そうな表情を浮かべながらこちらを覗き見るラウラに、苛立ちのあまりそう心の中で呟いた。
―――――――――――
※2024/9/22 修正
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