第7話 無詠唱

「今のは――スキル?」


魔術では到底説明出来ない現象だった。

説明も出来ないし、そもそも理解が出来ない。


正直な話、今何が起こったのかも良く分からなかった。


だが、技術でも魔術でもない現象というのは分かる。それが意味するのは、今のそれがスキルによるものだという事。


「不正解!まぁ似た様なモンだけどね」


予想に反し、奴の口から出て来たのは否定の言葉。

思わず眉を顰めながら疑問をぶつける。


「じゃあ何だっていうんです」

「まぁまぁ、そんな事よりいいのかい?呑気に話してたら5分過ぎちゃうよ?」

「...あ」


しまった、すっかり頭から抜けていた。

五分以内にエルが俺のことを認めなければ、俺はこの場で殺されるのだ。


焦りに身を任せて剣を振りかぶり、そのまま突っ込もうと足を踏み出した。


だがそこで気が付いた。

このまま無策で突っ込んだところで、奴は俺を認めるのか。

そんな訳ないだろ。


せめて、今さっき見たあの理解不能な現象。あれの正体に、或いは弱点に見当がつくまで時間が欲しい。


考えろ、考えろ!


あんなインチキじみた技に弱点がないはずがない。

エルのことをよく観察し、状況を整理する。


そもそも、さっきのアレはどういう技なんだ?

手応えはあったのに、エルは全くの無事。

エルの一撃を避けたときはその風圧を感じたから、丸ごと幻影だなんてことはないだろう。

何とも言えないが、無理やり言葉にするなら“なかった事にされた”といった感じだったが...いや、今は感覚ではなく、起こった事だけを元に考えを巡らせるべきか。


考えられる事は二つ。

俺の五感に影響を齎す程の幻影、もしくは切った瞬間回復したかだ。


どちらにしても、こちらにできる対策などない気がする。

魔力切れになるまで斬り続ければなんとかなるかもしれないが、そもそもさっき斬れたのはエルに避ける気がなかったからだ。

本気で戦ったらそもそも近づけすらしないし、昨日の戦いでコイツが見せた圧倒的な魔術力から考えると、5分程度じゃコイツの魔力は切れない気がしてならない。


「...クソが」


無謀だし、勝ち目もないが、もう何も考えずにガムシャラに戦うしかない。これは勝つための戦いじゃない。相手に認めさせる戦いだ。


それに、道はこれ以外残されていないのだ。これしか手がないのならば、全力やるしかない。死ぬ気で戦って、何としてでも認めさせる。


「やってやる...!」


奴に劣っているとはいえ、俺の剣術の腕は決して認められないような物ではない筈。それだけの自信が、誇りが、プライドが俺にはあるのだ。


「スゥ...っ」


大きく空気を吸う。

それが吐き出される時には、俺の心は静けさを取り戻していた。


薄く閉じた瞼を開く。


そこには焦りはなく、ただ迸る闘志を宿して。


剣を振りかぶる。

足を踏み出す。


その一連の動きに、焦りが滲むことは決してなかった。









焦りとは、いわばデバフである。

恐怖や絶望もそうだ。怒りも、コントロール出来ないなら同じくデバフのような効果があるだろう。


何が言いたいかって?


つまるところ、デバフがあろうがなかろうが、元の数値で負けていたらそれは無関係だという事だ。



...遠まわしが過ぎた。簡潔に言おう、俺はまたボコボコにされた。



地面に伏し、激しく胸を上下させる俺にエルは口を開く。


「まあ、面白みには欠けるけど、悪くない判断だと思うよ。」


その言葉は、そこに嘘がない事を如実に証明するように平坦な声色で発せられた。思わず緊張を抱いてしまう。


「ハア、ハア...ご、合否は?」


あれしか出来なかったとは言え、自分はエルに手も足も出なかったのだ。合格だったら良いが、不合格だったらこの場で殺されるのだ。


「う~~ん...」


正に、緊張に一瞬。

先程の戦いでかいた汗とはまた違う、嫌な汗が出てくる。

そして、エルが口を開きーーーーーーーーー









「合格だね」






「ッ...ハァァァアアア...良か...ったあああ」


その一言で体中から力が抜ける。

そして、緊張の糸が一気に切れたせいか、呼吸が一層激しくなる。

先程の戦いの終盤、何としてでも認めさせてやるという鬼気迫る思いで限界を超えて戦ったのだ。体中が悲鳴を上げている。


「にしても、君の攻撃、全然通じてなかったね!」


「......いや、無理だろあれ!あんなの...ゲホッ...ど、どう対処しろってんだっ!!ズルだズル!」


「だから言ったじゃないか。悪くない判断だ、って。君がどんな策を弄してこようと、僕には通用しないよ。そういう意味では、ある意味最善だったかもね。君の“認めさせてやる!”っていう気概は伝わったからさ」



...まあ、そうなんだけどさ。

ヒロの時といい今回といい、自分の力が全然通じないと自信なくすよなぁ...







ボコボコにされつつも、何とかエルから認めてもらい、戦い方を教えてくれることになったのだが...


「はぁ!?無詠唱は教えられないだぁ!?」

「う...うん」


折角体をはって戦って認めさせたのに、お目当ての無詠唱魔術は教えてくれないらしい。苛立ちと焦りのせいか、俺の声が掠れている。


「なぜ!?」

「食い気味だね...」


少し引き気味な様子のエルだが、俺が“早く質問に答えろ”とばかりに睨みつけると、奴は諦めたように口を開いた。


「いやあ...教えられるものなら教えたいんだけどさぁ...どう説明すればいいんだろう...」


少し悩んだ様子を見せたが、すぐにこちらに向き直り、話始めた。


「君、そもそも無詠唱魔術とはどんなものか知っているのかい?」

「いや。全く」


そもそも、無詠唱魔術など、各国がこぞって研究してるにも関わらず、碌な成果が出ていない、超難関技術なのだ。

歴史上、無詠唱を扱えた者などかの魔術王以外いないはずなのだ。

...はずなのだ。


「無詠唱魔術について説明するには、既存の魔術に関する知識と、魔術を使い慣れている必要がある。君、そもそも魔術には何故詠唱なんてものが必要なんだと思う?」

「さ、さあ...?」


剣さえ出来ばいいと授業を碌に聞いてなかったがこんな所で裏目に出てしまった。


「...はあ。じゃあ、そこから説明してあげよう。そもそも魔術とは、土、水、火、風等の精霊と呼ばれる大いなる存在から力を借りることで発現できるものだ。そして、そこで必要になってくるのが詠唱だ。例えば...

【火の精霊よ、我が呼声に呼応し、ここに火を灯さん】」


エルの人差し指に魔力が集うのが、なんとなく分かった。


「【――ファイア――】」


そしてその魔力が、最後の一節と共に具現化する。

エルが今使った魔術は、うちの屋敷の厨房で火起こしに使うほど一般的で、便利な魔術だ。

しかし、精々が火起こしのするくらいの魔術だ。火力も弱く、数秒経ったら消えてしまった。

そして、火が消えたのを確認すると再び目をこちらに向け、話を再開した。


「今、僕が口にした単語で重要なのは“火の精霊”と“火を灯したまえ”だ。詠唱する時に大事になってくるのは、この世界に存在する精霊の内、どの精霊にお願いするのか。そして、どんなことをお願いするのか。この二つだ。この二つがあれば大抵の魔術は発現出来る。では、何故それ以外の言葉が必要になってくるのか。


ーーーー火の精霊、火をつけろーーー“ファイア”」


エルの言葉に反応し、先程と同じ魔術が行使されるが...

発現したのは、先程の“ファイア”より更に小さく、持続時間も短いものだった。


「これは...?」

「そう、同じ“ファイア”だ。でも、さっきのよりショボいだろ?」


俺は黙って頷く。


「魔術は詠唱が丁寧かつ具体的であればあるほど威力が上がる。つまり偉大な精霊様への信仰心が大事になってくるという事ーーーそれが既存の説だ。まぁ、確かに具体性と詠唱の長さは大事になんだけどね。ともかく、そんな説に喧嘩吹っ掛けるのが無詠唱って訳だ。信仰心なんてものはなく、言葉すら発さずに、精霊を顎で使って魔術を行使する。これはそう言うものさ」


エルはそう言って一度言葉を切ると、「ここまでは大丈夫だね?」と確認してくる。

俺は再び黙って頷くと、それを確認したエルが再び説明を続ける。


「そして、そんな無詠唱魔術を行使するのには、言ってしまえば“慣れ”が必要だ」


「慣れ?」


「そう、慣れだ。詠唱を使って魔術を行使する時の感覚を体に沁み込ませて、その感覚に従って、詠唱しないで魔術を行使する。そういうことだよ」

「つまり...」


嫌な予感がした。

正直に言って今すぐに耳を塞ぎたい。



「ーーーー無詠唱魔術の鍛錬は、魔術自体に深い理解がないとできない。ということさ。君、どうせ剣ばかり振って、魔術なんてやろうとしたことないんでしょ」

「は、はい...」

「だから、無詠唱魔術は教えられない。」



――――俺に突き付けられたのは、無情な現実だった。





――――――――――――

※2024/8/1 修正

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