第6話
腐臭が漂う道を歩く。腐っているのはそこらに転がる死体か、或いは住民の性根か...なんて下らない考えはさて置き、俺はスラムを歩いていた。
理由はエルと会う為である。
一日経とうとも忘れる事など出来ぬ鮮明なあの
しかし無理はないだろうと自分で言い訳じみた言葉を胸の中で溢す。
覚えているのだ、忘れる事が出来ないのだ。あの圧倒的な力を、それを何の驕りもなく振るう奴も。
そして、自分もそれを手にする事が出来ればという悪魔の囁きも。
そうこう考えながら歩いていると、やがて昨日の事件現場へと辿り着いた。
そこに佇むは仮面を付けた不審者。スラムの闇夜に紛れて立つ奴の姿は、やはりどうしようもないくらい怪しく尋常ではない雰囲気を醸していた。
だが二度目となれば躊躇う事はなく、俺は近付いて声を掛ける。
「おはようございます」
「おはよう!」
相変わらずの陽気さである。
朝っぱらからよくそんなテンションが保てるモンだ、と何処か感心しながらもそれをおくびにも出さず言葉を続ける。
「今日は何をするんです?」
ライトがこんなシケた来り理由は、エルに教えを乞う為と言う一点のみである。
であるからして、ライトは問う。何を教えてくれるのか、何をするのかと。
「うーん、まぁ君の事を知らない限りには何も出来ないからね」
エルはそう言うと一度言葉を切り、腰に掛けられた剣を抜いた。
昨晩は暗闇もあってよく分からなかったが、こうして日の下で見ればその惨状に愕然とした。エルが手に持つ剣は、剣と言うよりは骨董品の類だったのだ。
所々に錆を浮かせ、歪み、最早武器としての機能を果たす事など出来そうにない程に古びている。
だがそんな事はどうでも良いとばかりにエルはその剣を一振りし、再び口を開いた。
「だから、まずは君を試そう。制限時間は5分、その間に僕を認めさせたら合格だ。全力で掛かって来ると良いよ」
脳裏を過るは昨晩の戦い。一方的な暴力。
そんな化け物と戦うと考えると冷や汗が出て来て、手の震えが止まらなかった。
そんな俺を見兼ねたのか――或いは、面白かったのか。エルはその軽薄さをより一層滲ませ、両手を大仰に広げながら言った。
「まぁ、不合格だったら殺すけどね!」
「......は?」
「当たり前じゃないか!顔は見せていないとは言え、君は僕のいた場所とか声とか、いろいろ知っちゃったんだよ?なんとなく気に入ったから生かしてるだけだからね
だから、死にたくなかったら―――」
いつの間にか先程までの何処かふざけたような雰囲気は消え去っていた。
その不気味な仮面の奥からこちらを覗く目は、何処までも冷やかで鋭かった。
「――――かかって来い。全力でな」
―――空気が、変わった。
常人が向けられたらそれだけで失神してしまいそうな冷酷な視線のせいか、エルの周りには鋭く、近づいただけで細切れにされてしまいそうな空気が漂っている。
そして、物理的にはなんの干渉も受けていないはずなのに、体がズシリと重くなる。
「ハッ...!」
だが恐怖は感じない。浮かんでくる表情は、ただ不敵な笑みのみだった。
いいよ、上等だ。
俺のこの震えは、武者震いに過ぎないって事を証明してやるよ。
あぁ、確かに脅威的だ。そのプレッシャーは、纏う雰囲気は、それだけで怖気づいてしまってもおかしな物ではないだろう。
だがそんな物は、剣聖を父に持つ俺からすれば大した事はない。
剣を抜く。
血と汗が滲み付いた、俺の努力の結晶を手に、俺はエルに斬りかかった。
〇
昨日の戦いを見て分かった事だが、エルはヒロと同じように無詠唱魔術を扱える上に、剣術まで化け物クラスだ。
だが、俺はいままで剣の鍛錬ばかりやってきたから、魔術なんてこれっぽっちも使えない。
勝機があるとすれば、それは接近戦だけだろう。
そんな考えの下、全力で奴の懐に潜り込む。魔術すら放てぬ程の超近距離だ。まぁ普通ならこんな距離になる前に魔術が飛んでくる筈なのだが、エル自身が先ほど言った通り手を抜いているのだろう。無詠唱魔術が飛んでくる雰囲気はなかった。
舐められている気もするが、ヒロとの戦いから分かるように、なんの予備動作もなく急に飛んでくる無詠唱魔術に対策などできない。ここはありがたく思っておこう。
剣を振る。
奴は未だに動きを見せない。それがヒロの時の焼き直しのようで、酷く不快だった。
いいよ、その舐めた態度逆手に取ってやる。
剣を持ったまま、しかしそれを動かそうとしないエル。ならば狙うべきは奴の左半身。エルが剣で防御できないように体を滑り込ませる。これで、剣を使って防御しようにも俺の体が邪魔になる。腹やら胸やらは切り裂かれるかもしれないが、それが逆にコイツの剣速そ遅くさせるのだ。
捨て身の戦術だ、たかが試験にこんな危険な事をする意味はないかもしれない。しかし、奴は言ったのだ。『全力で掛かってこい』と。
ならば、俺は命まで掛けて全力でやってやる。
剣を振るう。狙い違わず、俺の剣は奴のそれと対極点に位置する左側頭部へと襲い掛かった。
「...は?」
俺の剣は、そのまま奴の頭を切り裂いた。人の肉を切り骨を断つ感触は、間違いなく俺の手に伝わった。剣が食い込み、脳味噌がはみ出る奴の頭。視覚もそれが正しい情報である事を示していた。
馬鹿な、何故されるがままに殺された――そう思う間もなかった。
「...いや、は?」
瞬きしたら、奴の頭は元通りになっていたのだ。
あまりの意味不明さに思考が一瞬フリーズする。
そして、その隙をエルが見逃すはずもなく。
エルが自らの剣を振り上げるた。
一瞬のフリーズから思考が戻った瞬間。今まさに俺の命を刈り取ろうとしている刃に気づいて、全力で首を後ろに振った。
そして、少しの間も置かずに風切り音を伴って、エルの剣先が俺の目の前を通りすぎる。
「あっ...ッぶねぇえ!」
首を後ろに振りぬいた勢をそのままに、バク転のような動きでエルと距離をとる。
マジで危なかった。あと少しでも固まってたら頭を真っ二つにされるところだった。
「今のは...
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※4月21日 修正
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