第5話 力を得るために
「そうかそうか!それでこんなところ居たのか!」
「は、はぁ...」
なんでこんな事になったんだろう。
転校生に負けて、自棄になってスラム街をぶらついてたら怪しい奴と怪しい奴らが殺し合っているところに出くわして、うっかりその怪しい奴に話しかけてしまったと思ったら、その怪しい奴と話している。
...状況についていけない。
しかし、話しかけた瞬間は死を覚悟した物だが、こうして話してみると案外大丈夫だった。とは言え先程の殺意は確実に俺に向けられたもので、それがどうも気掛かりだったが。
「ところで、あなたが戦っていたアイツらは何なんですか?」
普段敬語など使わない俺だが、コイツには敬語を使った方がいい気がした。本能的にコイツの方が格上だと判断したのか、或いはその力への尊敬によるものか。
そんな事はさて置き、仮面の男は考えた様子を見せずに言葉を放った。
「多分だけど暗殺者じゃないかな」
「暗殺者...?貴族の恨みでも買ったんですか?」
本業じゃないのにあれだけ戦える暗殺者か。別に暗殺者の平均なんぞ知らんが、あれだけ戦えて下っ端という事はありえないだろう。そんな一流であろう暗殺者を何人も送り付けられるとは、一体コイツは何をしたんだ?
「...それは、内緒。」
先程までとは打って変わって低く、真面目な声色でそう言うと、少しだけ殺気のこもった目を向けて来る。
それはまるで―――いや、確実に「それ以上詮索するな」という意味だろう。
「...すいません」
先程の戦い、というより一方的な暴力を見て尚詮索出来るほどの胆力を、俺は持ち合わせていなかった。まぁそれ以上に見るからにヤバい人間のヤバそうな事情なんぞ知るだけ損をするだろう。
「いいって、いいって!」
仮面の男はそう言ってまた明るい声に戻る。纏う雰囲気もどこか軽薄である。コロコロと変わる雰囲気がまるで道化の様で、それが先ほどの圧倒的な力とかみ合わなくて不気味さを演出していた。
「そんな事より、何で僕に話しかけたりしたの?」
そこで俺はハッとした。
そうだ、本題を忘れるところだった。
言ってしまったら、もう後戻りは出来ない。
怪しさを体現するようなコイツにこんな事を言うなど、常識的に考えれば否定されるべきだろう。
貴族の恨みを買っているというコイツにこれを言った事が露見すれば、俺までもそのトラブルに巻き込まれてしまうだろう。
だが、頭で分かっていても止める事など出来なかった。
「俺を、強くしてください!!」
――――さっきの戦いを見て、俺は“この強さが欲しい”と切実に思った。
今考えると、それは「この力があれば他の奴らを見返せるかも」という私欲からくる物かもしれない。
だがその時は、俺は心の底からこの強さを欲した。理想的で圧倒的なあの力こそ、俺が持つべき物だと。
そして、何故かこの出会いは運命だと確信した。
そんな思いで、俺は話しかける事の危険性を顧みずに声を掛けてしまったのだ。
今考えると、いま人を何人も殺したばかりの怪しい人物に警戒もせずに声をかける等正気の沙汰じゃない。
けど、それほど切実に思った。
だからこそ、俺はコイツに教えを乞わなければいけないのだ。
この人は間違いなく後ろめたい何かを持っている。そんな人が俺みたいな子供に自分の戦い方を教えるというのは考え難い。
しかし諦めては行けない。
力だ、力が必要なんだ。俺を見下すアイツらを見返す程の、力が。
「いいよ」
だが、そんな執念じみた覚悟を元に放たれた言葉の返事は、しかしちょっとした手伝いを引き受けるかのような気軽な物だった。
「え?...いいんですか!?」
「勿論!君がそう言ってくるのは“もう知ってたしね”」
「...?」
良く分からなかったが、まぁ今はコイツから許可を貰えたことを喜ぼう。きっと今日は運命の日だ。
「そういえば、どう呼べば良いですかね」
「あぁ、まだ名乗ってなかったね。僕はエルさ!」
偽名染みていたし、実際偽名なのであろうが、まぁ先程も考えたようにそれを詮索する必要はない。
呼び方さえ分かればそれでいいのだと割り切り、俺は早速エルに質問をする。
「...申し訳ないんですが、強くしてくれと言ったは良い物の何をすればいいか分からないんですよね」
「あぁ、まぁその辺の詳しい事は明日で良いよ」
そう言えばもう遅い時間か。色々あり過ぎて時間感覚がぶっ飛んでいたが、少し冷静になって考えてみるとかなりの時間が経っている気がする。これ以上遅くなれば親父からも何か言われそうだ。
「わかりました。じゃあ、また明日」
ならばもう用件はない。正直コイツの強さに興味はあったが、それ以上に関わってはいけない匂いがめっちゃする。あとシンプルに臭いのだ。ここスラム街に近いし。
そんなこんなで去ろうとする俺に、エルは話し掛けて来た。
「言い忘れてたけど...」
先ほどまでの軽薄な雰囲気を取り払い、真剣な表情...といっても、仮面のせいで顔は見えないのだが、ともかく、真面目な雰囲気で話しかけてくる。
「わかっていると思うけど、僕はいろいろとやってきた犯罪者だ。この国でも指名手配されている。だから、というのもおかしな話だが、僕のことは誰にも言ってはいけないよ」
「そんな事は分かってますよ」
「いや、確認しただけだよ。絶対に、何があっても僕のことは口に出してはいけない。分かったね?」
エルの雰囲気に少し気圧されながらも、迷わず返事をする。
「...もちろん」
俺のその返答に満足したのか、何処か刺々しかった雰囲気は顔を隠し、またもや道化の様な底抜けの、或いは狂気的な陽気さを滲み出させながら口を開いた。
「分かったならいいんだよ!じゃあまた明日!」
〇
仮面の奥から覗くのは、不気味で虚ろな目だ。
何もかもを諦めた様な、それでいて世界を憎むような、そんな目だ。
そんな目で、エルはライトの背を見送り続けた。
やがてその背中が、世界を背負うには小さすぎる背中が視界から消える。
「...あぁ、皮肉だね」
一体、どの口で言っているのだろうか。彼はそう思わずにはいられなかった。
だが的を射ている。かつて運命に抗い、信念を胸に剣を振るった彼が、今や運命の奴隷となって罪を犯しているのだ。皮肉だ、と言わずしてなんと言うのだ。
「運命は必ず君を地獄に堕とす」
そう言って仮面の男は笑う、嗤う。
何処までも馬鹿にしたような、或いは自嘲的な笑みだった。
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※4月19日 修正
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