憂国の分離派

文重

憂国の分離派

 コツコツと靴の音が展示室の内部に響き渡る。明治天皇、皇后両陛下の御事蹟を描いた絵画の前を素通りするのは不敬な気もしたが、閉館時刻が迫る中、まばらになった入館者を尻目に久仁子は指定された場所へと急ぐ。


 あの人から預かったこの書類封筒、中身は何なのだろう。彼はお国のためだと言っていたけれど、不穏な昨今の情勢を考えると一抹の不安がよぎる。帝大を優秀な成績で卒業して外務省に奉職している彼に限って、よもや良からぬことは考えていないとは思うけれど……。


 早打つ心臓の鼓動を抑えながら歩を緩めかけた時、階段下の暗がりに溶け込むように男が佇んでいるのが目に入った。取り決めてあった短い単語だけを交わして、厳封された包みを手渡す。


「そういえばこの建物はゼツェシオン(分離派)様式でしたね」

 去り際に発せられた癖のある日本語に、はっとして顔を上げた時には、中折れ帽を目深に被った彫りの深い男の姿は宵闇の向こうに消えていた。

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憂国の分離派 文重 @fumie0107

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