第28話『魔女生誕秘話-6』


 クリフ監修の下で行われるルスリアの魔術修業。

 ルスリアはクリフの予想を遥かに超える速度でクリフの持つ魔術知識を身に着けていった。


 それはまるで乾いた土が水を吸うかのごとく。


 その間、ルスリアは特に辛いと思う事はなかった。

 そして、それこそが何よりも辛かった。


 覚えの良い自分を褒めるクリフ。

 一緒に食事を摂るクリフ。

 時には厳しく複雑な魔術儀式を自身へ覚えさせようとするクリフ。


 その日々はまるでかつて自身が神父と呼んだこの男との幸せな日々のようで……そんな事で幸せを感じている自分にルスリアは苦しんでいた。

 

 この男は敵。

 私の両親を魔術の深淵を見るとかいう下らない理由で殺した敵。

 何度も何度も自身を殺した敵。私の事など実験材料程度にしか思っていない。


 頭ではそう分かっている。

 分かってはいるのだが――


「どうしましたか、ルスリア?」


「っ――。なんでもないわ。さぁ、続きよ。私にあなたの持つ魔術知識を寄越しなさい。全部学んで、その力でお前を殺してやるんだから」


「ほっほっほ。その意気ですぞルスリア。では次はこの儀式魔術を学んでみましょうか」



 自分を優し気な瞳で見つめるその目。

 その目が自身を……ルスリアを惑わせる。

 そんな日々が数年続く。


 そして――


「ルスリア……ルスリア。聞こえますか?」


「――ええ。聞こえているわ」


 クリフは病に伏せっていた。

 魔術という恩恵の下、200年という長き時を生きたクリフ。

 しかし、そんな彼も元はただの人間。

 決して逃れ得ない寿命という鎖は彼を逃がさなかった。ただそれだけの事。


「ごふっ。ごふっ……。ルスリア……あなたには私の教えられる限りの事は全て教えたはずです。誇りなさい。今のあなたは全盛期の私をも凌駕する魔術士です」


「そう……」


「もはや私があなたに教えられることなどない。そして私の命も残りわずか。もう数分と保たないでしょう」


「そうね。このままだとあなた。あと数分で死ぬわね。分かるわ」


「ゆえに、これが最後の機会です。さぁ……この私に復讐を果たしたかったのでしょう? このような老いぼれの命で良ければ差し上げましょう。どのような責め苦を与えて頂いても構いません。あなたならば残り数分で死ぬ私を数百年と言う時の牢獄に閉じ込めて拷問する事も可能なはず」



「そうね……出来るわよ。残り数分の命のあなたを体感にして数百年もの間、痛めつける。その程度の事なら今の私には出来るわ。その力を得るために私は憎いあなたに師事したのだもの」



 そんなルスリアの言葉にクリフは微笑み、目を閉じた。

 時間が過ぎる。

 一秒、二秒と。両者が何もしないままに時間だけが過ぎてゆく。


 そんな静寂が数分続く。

 そして。


「クク。ルスリア。あなたは優しすぎる。情が深すぎる。気づいていましたよ? あなたはあれほど憎んでいた私を心のどこかで許していた。全く……魔術師にとって優しさなど不要だと言うのに。なのに……何故でしょうね。不思議と悪い気分ではありま……せん」



 そう言い残して。

 クリフは静かに息を引き取ったのだった。


「クリフ……」


 そんなクリフをルスリアはしばらくの間みつめていた。

 もはや魂の残らない肉の塊。それが分かっていてもルスリアはクリフの死に顔から目が離せなかった。

 そうして数分後、ルスリアは立ち上がり。



「――神父様。私は優しくなどありませんよ」



 そう呟き、その場を発つのだった――



★ ★ ★



 その後、ルスリアはこの時代の魔術師達が悪徳の限りを尽くす叡智の塔へと攻め入った。

 一層一層攻略をするごとにその身に知識を溜め込んでいくルスリア。

 逆に攻め込まれた側である魔術師達はもろかった。


 だらだらと魔王や前任者から託された研究を続けるだけで、その先を見ようとすらしていなかった者達。

 そんな者達がクリフの全てを受け継いだルスリアの相手になるはずもなく、膨大な研究資料は全てルスリアの糧にしかならなかった。


 そうして――



「やぁ、久しぶりだね神の呪いを受けた御子。名前は……えぇと、なんだったかな。ごめんね、僕は興味のない事は覚えない性質たちなんだ」


 

 ――叡智の塔、第99階層。

 魔王の遊技場。

 それは第100階層にて魔術の研究をしている魔王が魔術の試し打ちを行う。ただそれだけの為の階層だった。



「私はルスリア・ヴァレンタイン。魔王……あの時の屈辱、私は決して忘れない。既にこの塔に居たクズは始末した。後はあなただけよ」


「みたいだね。全く……時を経るごとに魔術師の質が落ちていく。本当に嫌になるよ。この程度の小娘にあっさり敗北するなんてね。でも、ある意味クリフには感謝かな。いい刺激にはなった」


「減らず口を――」


「ただの事実さ。さぁ――始めようか」



 そうして魔王とルスリアの魔術戦は始まった。



「シュレディンガーボックス構築開始……成功。術式展開。同時にウロボロスの輪を発動……成功。術式展開」



 開戦と同時にシュレディンガーボックスを展開する魔王。

 これにより、閉鎖空間内において術者である魔王は神としての権能を得ることになり――



「させると思う? 我は貫く者。全てを穿て。トリシューラッ!!」



 パキッ――



 魔王とルスリアが居た空間全体に何かが割れるような音が響く。

 それと同時に、魔王は自らが展開した両方の術式が効果を失った事を悟ったらしい。


「へぇ……思っていたよりもやるじゃないか。対処も判断も早い。けれど解せないね。それは第27階層で研究中の魔術式だったはずだ。当然、クリフですら修めていない魔術のはず。どうしてそれを君が?」


「簡単な事よ。ご丁寧に研究資料が散らばっていたからね。他の階層の知識と私の知識。それらを組み合わせて完成させた。それだけの事よ」


「なるほどね……。前言を撤回しよう。どうやら君はクリフの魔術知識を得ただけの小娘じゃないらしい。詰め込まれた知識をただ扱うんじゃない。貪欲に未知を追い求め、己の糧にするその姿勢。君も立派な魔術師という訳だね」


「魔術師なんかクソくらえよ。私は……ただあなた達が憎い。その為ならばなんでも利用してやる。それだけの事よ」


「やれやれ。結局は復讐か……。月並みな言葉だけど忠告しておこう。復讐は何も生まないよ? クリフを殺して君は満たされたのかい?」


「――減らず口をっ!!」



 その後も戦いは続く。

 しかし、優位は魔王にあった。


 なにせ、積み重ねてきた年月が違う。

 戦闘経験も魔王の方が積んでいる。

 ゆえに、この結果は当然のもの。


 だが――



「ごほっ――。死……まだ……まだぁっ!!」



 ルスリアは諦めない。

 魔王の猛攻にあって何度も死ぬが、神の呪いゆえにすぐに生き返る。

 そして、その度に魔王へと牙を剥くのだ。



「――やれやれ。馬鹿の一つ覚えもいい加減に」


 そんなルスリアの決死の特攻にすら臆さず、傷一つ付かない魔王。

 彼はがむしゃらに攻めるルスリアに呆れを覚えているようで。


 ピッ――



「なんだ?」



 魔王は自身の頬をその手でさする。

 すると……その手には赤い何かが付着していた。



「これは……まさか血? この痛み……まさか僕の魔術防壁を突破しているのか?」


「魔王ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! お前は……お前だけはぁぁぁぁぁぁぁぁっ」



 ピッ――

 ピキッ――

 ピシッ――――



 押していく。

 ルスリアの魔術が、魔王の魔術を押し切って魔術防壁越しに魔王の身を傷つけていく。



「なぜ……何故だ!? そんな……馬鹿の一つ覚えのように似たような魔術ばかり放っているだけなのに……なぜ研究に研究を重ねた僕の魔術が押し負ける!?」



 そうして魔王は片手間ではなく、本気でルスリアの相手をし始める。

 しかし、それでも魔王は劣勢のまま。

 その体には傷が増えていくばかり。



 そうして――


「まだ……まだ……ブリューナクとスケルツォ……シヴァ……アルテナ理論……そして目の前の事象を導入……改っ!!」



 ルスリアはぼそぼそと何かを呟きながら魔術による攻撃の手を止めない。

 それで魔王は悟ったらしく。



「まさか……僕が研究の果てに到達した魔術の粋。その中身をただ外面を見ただけで理解し、自身の術式に落とし込んでいるって言うのか!?」



 そんな魔王の問いにルスリアは答えない。

 答える暇もない。

 それでも悟ったのだろう。魔王は何かを諦めたような笑みを浮かべる。



「は……はは。これは僕の誤算だね。他の魔術師達にとって良い刺激になる程度にしか考えていなかったのにこれ程とは……。まるで魔術の神にでも愛されているかのような素質だね。正直、憎らしいよ。こんな感情を抱いたのは生まれて初めてだ」




 そうして。

 魔王はルスリアによって倒されるのだった――


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