第29話『魔女生誕秘話-7』


「――終わった」


 魔王を倒したルスリア。

 彼女は復讐を成し遂げ、その場に立ちすくんでいた。


「終わった……終わったわ。ふ、ふふ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ。ざまぁみなさい薄汚い魔術師共。これが人間の力よ。これが……これがお前らの末路よっ!!」


 倒れた魔王に向け、罵詈雑言ばりそうごんの嵐を叩きつけるルスリア。

 憎き敵を全て倒したのだ。せいせいする。

 そのはずなのに――


「だから……消えてよ」


 彼女の脳裏に浮かぶのはクリフ……神父と暮らした日々。

 それは魔術の修行の日々も含まれる。

 その日々は楽しい物でもあって――



「もうこんなもの……魔術なんて要らない。だから……消えてよっ!!」



 復讐を為した今、身に着けた魔術なんてどうでもいい。

 だからあの楽しかった思い出も要らない。

 思い出すだけで辛い思い出なんて要らない。


 要らないのに……どうしても忘れられない。

 それは自身に忘却の魔術を使っても変わらなかった。



「これから……私はどうすればいいの? 死ねないこの身で……私は何をすればいいの? 誰か……教えてよ。誰か……私を終わらせて――」



 そうしてルスリアが黄昏ている時。



「く……はは。お困りのようだね。知恵を……貸そうか?」



 倒れていた魔王。

 その口が開いた。



「魔王……まだ生きてっ」



 警戒を露わにするルスリア。

 しかし――



「そう警戒しないでくれ。もう僕に君をどうこうするほどの力はない。何もしなくてもこの体は崩れ落ちるさ。今まで散々無理をしてきたからね。この魂も輪廻から外れ、ただ消滅するのみだろうね」


 言った通り、魔王はその顔をルスリアに向けるのが精いっぱいのようで反抗などする素振りは見せなかった。

 その体も、手足の先から少しづつ灰になっている。



「ルスリア・ヴァレンタイン。君は死ねない。この僕の手をもってしても君を殺す事は不可能だ。なぜならそれは神の呪い。仮にその呪いを解く手段を見つけ、呪いを解いたとしても君は罪を犯し過ぎた。天上の神はそんな君をきっと許さない。また同じような呪いがかけられるだろう」


「ふざけるなっ! 一体誰のせいだと――」


「まぁ聞いてくれ。さて、呪いの解除が意味を為さないとなればどうするか? 取れる手段は一つさ。そう――術者を殺してしまえばいい。そうすれば君を悩ませる呪いは解け、君は死ぬことが出来るだろう」


 神の呪い。

 それをかけた術者といえば、当然それは神と言う事になる。

 つまり――


「そう――君は神を殺す事で初めて自由を得る。ルスリア。僕には理解できないが、君は身に着けた魔術を捨て去りたいんだろう? だが、君にかけられた呪いは記憶の忘却すらも否定する。つまり、君の死にたい、忘れたいという望みを果たすには神殺しは必須事項なのさ」


 神殺し。

 神を殺さねばルスリアに自由は訪れない。

 魔王はそう告げるのだった。


「神殺し……でも――」


「ああ、そうだね。神の存在はほぼ証明されているが、どのようにしての存在を現世に降臨させるか。また神を殺す事は真に可能なのか。その辺りについてはまだ不透明な部分だからね。君が渋るのも無理はない。でも……君にはそれをする理由と時間があるだろう?」


 悪魔の……いや、魔王のささやき。

 それはルスリアに刺さったようで。



「そう――そうね。私の運命は私が決める。神なんて訳分からずの輩の思い通りになってたまるものですか。ふ、ふふ。ふふふふふ」


「という事は――」


「ええ、やってあげるわよ。神殺し……いいじゃない。どうせ私には何もない。村の皆も……親も兄弟も何もない。そしてこの忌まわしい記憶を一秒でも早く消し去りたい。それがお前達への最大級の復讐にも繋がるのだから」



 魔王やクリフ。

 その他大勢の魔術師が残した魔術知識。

 それらはルスリアの記憶に刻み込まれており、忘れる事は叶わない。


 彼らの意志を意図せず継いでしまっているようで……ルスリアは気に入らなかった。

 だから忘れたい。

 彼らの大切にしていた知識をゴミ同然に捨てる。それこそがルスリアに出来る最後の復讐だった。



「君が目的を遂げた時、僕たちがこの世界に残した知識という足跡は消え去るという訳か。なるほど。それは魔術師である僕らにとって耐えがたい屈辱だね」


 そう言う魔王の表情はどこか苦々しげだった。

 ルスリアの中にある胸のもやもやが少し晴れる。


「ともあれ……検討を祈ろうルスリア・ヴァレンタイン――――いや、神を殺そうという者が神に祝福されたままの名ではいけないな。ならばそうだな……神を殺す獣の名を君に与えよう。ヴァナルガンド。そう、君はこれからルスリア・ヴァナルガンドと名乗るといい」


「断るわ。誰があなたからの名前なんて受け取るものですか」


 魔王からの名づけ。

 それをルスリアは迷うことなく断るが。


「くく。そう言わずに受け取ってくれよ。古来から名前には力が宿ると言われ、それは事実だ。神を殺す狼の名。その名を宿す君はきっといつの日か神を食い殺せるだろう。だから――」


「くどいわね。お断りよ」


 ゲシッ――


 崩れゆく魔王の身体を足蹴にするルスリア。

 当然、魔王の肉体の崩壊は早まり――



「そうかい。残念だ――」



 そう言って魔王は寂し気な表情のまま、灰となった。

 


「ふんっ――」


 そのままルスリアは叡智の塔の99階層を抜け、100階層へと辿り着く。


――第100階層、魔王の間。


 そこは魔王が今までに溜め込んでいた魔術知識の全てがあった。


「随分と溜め込んだものね。さて――」



 ルスリアはそこで座り込み、溜め込まれた魔術知識をゆっくり見ていった。

 なにせ彼女には膨大ぼうだいな時間がある。

 その気になれば食事も睡眠も要らない体。ここで数年過ごしても特に問題はない。


 彼女はただ、一刻も早く全てを忘れて自由になりたかった。

 それが無理ならいっその事……死にたかった――


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