第16話『閉じた空間』



「な……勇者……様。どうして。まさかまた回り込まれて」


「いや……違うぞアンジェリカ。私も気づくのが遅れたが、この部屋は最初に我々が踏み込んだ部屋だ。同じような部屋は他に存在しないはず。そこに二度も三度も我々が戻ってきたのだ。つまり――」



 ほぉ。さすがは皇帝様。

 混乱している状況下、二度目で気づくとはなかなかに頭がいい。



「――その通りだよ。今、この拷問部屋を中心とした空間には無限の円環を象徴する竜『ウロボロス』の特性を付与している。この特性が付与されている限り、俺達はこの空間の外には出れない。出ようとしてもまた最初の場所に戻ってくるだけだ」



 それこそまさに自らの尾を噛んで環となった竜のように。

 どこにも行けず、どこにも向かわない。

 ただ閉じた円環のごとく、皇帝達はここから出る事は出来ないのだ。


『円となった空間はどこまでも繋がっている。その法則である術式を破壊するか、空間そのものを破壊でもしない限り『ウロボロスの輪』からは何人たりとも出る事は出来ないわ。そして、この知識は帝国には伝わっていないもののはず。必然、彼らにこれを破る術はないわ』



「って訳でだ。どうする皇帝、それに皇女様。まだ逃げるか? 逃げるのなら構わんぜ、好きにしな。俺は追わない。お前らに手を出すつもりもない。そういうのは出来るだけ全部クラリスに託そうと思うんだよ」



『あら? あなたもあの二人にムカついていたのではなくて?』


「そりゃその通りだが……クラリスのアレを見せられるとなぁ」


 皇帝と皇女。

 この二人を誰よりも苛め抜きたいのはクラリスだろう。

 俺もこの二人にはムカついているが。彼女ほどではない。

 ゆえに、こいつらを虐める役はクラリスに譲るべきだろう。



「ゆ、勇者様。先ほどのはその……違うのです」


「ん? 何が?」


 目の前でクソ皇女が何か言い訳をしようとしている。



「その、えっと……私は嘘を吐いている訳ではなく、この獣の像の姿につい怖くなってしまって。動揺して勢いでその……。ところで勇者様。この像の事なのですけれど――」



 目を思いっきり泳がし、俺が創り出した嘘発見器が怖いだと今にも動き出しそうで怖いなどと言う皇女。

 そうして――



「喰らえっ!!」

「死ねぇっ!!」



 ドスドスッ――




 死角をついたのか。もしくは何かしらの魔術を用いたのか。

 騎士の二人が俺を背後からその槍で突いていた。



「くく。あはは。アハハハハハハハハハハッ。調子に乗っているからそのような目に遭うんですよクソ勇者様。本当に残念です。あなたには帝国の為、私の為、存分に働いてもらうつもりでしたのに」



 先ほどまでしおらしい態度だった皇女がその本性を現す。

 どうやらさっきまでの像(噓発見器)が怖いだの動き出しそうなどと言っていたのは俺の目を引き付ける為の嘘だったようだ。


「やれやれ。所詮は力だけを持った愚か者という事か。強大な力に溺れ、周辺の警戒を怠るとはな」


「さぁて、お父様。後はあのクラリスですけれど……」


「分かっている。さすがに今、アレと相対するのは得策ではない。空間を歪めていた術者である勇者は死んだのだ。であれば逃げるのが正解であろう」


「では――」



 そう言って逃げ出そうとする皇帝と皇女。

 全く、人の事を愚か愚かというからどれだけ賢いのかと思えば。


 お前らも愚かじゃねぇか。



「誰が死んだって?」



 俺は自らに突き刺さった槍をそっと体から外す俺。

 そんな俺はと言えば――無傷だった。



「そんな……馬鹿な」

「あれ? なんで。手ごたえは十分だったはずなのに」



 俺を突き刺した騎士の二人が思いっきり困惑している。

 手ごたえがあったのに、俺が無傷というのを見て動揺しているのだろう。

 気持ちは分かるが、少しだけ仕返しさせてもらうとしよう。



「人を突き刺そうとしたんだ。当然、自分も突き刺される覚悟もあるんだろうな?」



「「――!?」」

 


 身構える騎士達。

 俺の一挙手一投足見逃さないようにしているのが分かってしまい、少し微笑ましく思ってしまった。

 全く――どれだけ注視しようが無意味だというのに。




 ドスドスッ――



「ぎゃっ――」

「なん……で……」



 少し前までの俺のように、その体に二本の槍を受けた騎士二名。

 最大限の警戒をしていたと言うのになぜ? そう思っているのが手に取るように分かる。



「今の……見えましたか? お父様」


「馬鹿な……。なんという速度の槍さばき。まるで突然槍が生えたかのように見えて……いや、本当にそうなのか? そもそもあの四本の槍はどこから出て来た?」



 少し離れてその惨状を見ていた皇帝とクソ皇女も言葉を失っていた。

 それだけ、今起きた事が不可思議であったという事だろう。



「さすがは皇帝様だなぁ。目の付け所が愚かでクズな皇女様とは違う。そうさ、俺はただこの光景を思い描いただけだ」


「なっ。この……勇者ァァァァァァァァァァァッ。どこまでもどこまでも私を馬鹿に――」


「黙れアンジェリカ」


「ですがっ」


「黙れと言っているっ! 今は怒りに身を任せている場合ではない。我々が今すべきことはこの場からの逃走。その為にはなんとしてもあの勇者の能力を暴く必要があるのだっ! 冷静さを失うなっ!!」


「っ――」



 さすがは皇帝様と言うべきか。

 どこまでもコケにされているというのに、冷静さを失わないその思考。

 まさに頂点に立つ皇帝として、立派なものだと尊敬してやろう。



「だけどなぁ……俺はお前たちの事を認められない。頭でなく、感情で認められないんだ」


 召喚した勇者を帝国の為に使いつぶそうとしていて。

 その為に辺境の村を一つ潰すという暴挙を平然と行う。


 帝国全土の事を考えれば理にかなった判断なのかもしれない。

 だが、その犠牲となったクラリスの心情を思えばこそ、俺はこいつらを絶対に認められない。認めようとも思えない。


「俺はお前達を馬鹿にしない。恨んでくれても結構。さっきみたいに俺に危害を加えようとしない限り、俺からは手を出さないと約束もしよう」


 嘘ではない。俺がこいつらに手を出す必要はもうなくなった。

 なぜなら――――――


「なんせ、俺はお前達をゼーーッタイに逃がさないからな。残念ながらこの空間内からお前らが逃げ切れる可能性は0%だ。そっちに勝ちの目なんて無いんだよ」


 俺は親切にもそう教えてやる。

 だというのに。


「ふん、馬鹿め。どのような力を貴様が得たのかは知らんが、それで絶対に勝てるだなどと慢心もいい所だ。やはり今隊の勇者は頭の足りない愚か者なのだなぁ?」



 俺を挑発しているのか、皇帝が俺を見て心底馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 狙いとしてはこちらを怒らせて冷静さを奪おうって所だろうか?

 それで隙でも突こうとしてるんだろうか?

 

 どちらにせよ、無駄な事だ。

 皇帝が言った『絶対に勝てるだなどと慢心もいい所』というセリフ。

 これに関しては、俺も全力で同意したい側だからな。怒りなど湧くはずがない。



「ああ、それについては同感だよ。俺だってこんな風に慢心なんてしたくない。だが――この『シュレディンガーボックス』がかけられた空間内において、お前たちが勝てる確率は本当に0%なんだよ」



 俺は怒ることなく、俺の事を馬鹿にしてくる皇帝にむしろ同意の声を返す。



「「シュレディンガーボックス?」」



 聞き覚えがないのだろう。

 皇帝とクソ皇女が頭に疑問符を浮かべ、首をひねっていた。


「その様子だと聞き覚えのないものだったらしいな」


『無理もないでしょうね。なにせこの術式は失われている。そう言う風に私が動いたのだからね』


「そんな術式を俺に教えてくれるとは……。なんとも剛毅な事だなぁ。しかし、門外不出の術式ってやつかぁ。じゃあここで種明かしするのはNG?」


『別に構わないわよ? だって、どうせこの二人はここで殺すのでしょう? なら他に漏れる事もないわ』



 言われてみれば確かに。

 死人に口なし。これから死ぬ予定の奴に門外不出の術式を教えても、そいつらを逃がさない限り誰かに漏れる事などあり得ないだろう。


 ――という訳で。



「特にやる事がある訳でもなし。クラリスが帝国軍の奴らを相手している間、こいつらを使って自分達がどれだけ絶望的な状況に追い込まれているか優しく教えてあげよう」



 そう言って俺は指を『パチンッ――』と鳴らす。

 すると――



「な……あれ? 俺は死んだのでは……」

「痛みが消えて……これは?」




 先ほど槍で貫かれていた二人の騎士。

 槍で刺されたはずの二人は、無傷の状態で自分の身体をペタペタと触っていた。



「な……これは幻か? だが――」


「そ、そうです。これは幻術に違いありません。それをこうして明かすとは……やはり勇者というのは本当に愚かです……ねぇっ!!」



 訝しむ皇帝に対し、クソ皇女様は完全に頭にきていたのか、短絡的な攻撃を俺へと仕掛けてくる。

 どこに忍ばせていたのか、短刀が俺の頭めがけて飛来する。

 そして。



 サクッ――



 頭に短刀が刺さる俺。

 


「アハハハハハハハハハハッ。手応えありました。今度こそ幻じゃありません。これで――」

 


「――これで……どうした?」


「なっ!? ど、どうして!?」

 

 直後。

 俺はクソ皇女が放った短刀を手に取っており。俺の額は傷一つ付いていなかった。

 さらに――



「お前も俺に手を出したな? なら少し返させてもらうとしよう。全部クラリスに任せるつもりだったけど、俺もそれなりにお前にはいらついているからな」



 そう言って俺は無造作に短刀を投げる。

 適当に投げた短刀。

 そんなもの、命中するはずがないのだが――



「ハッ。馬鹿ですか? そんなもの喰らう訳が……ぎぃぃぃぃぃぃっ!?」



 俺が投げた短刀はクソ皇女の足に刺さった。

 あまりの痛みに、その場にうずくまるクソ皇女。


 そんな皇女を冷ややかな目で見つめ、皇帝は。


「因果の逆転。結果を確定させる力……か。なるほど、確かに我らにはどうしようもない物のようだ」


 そう諦めたように呟くのだった。

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