第17話『シュレディンガーの猫』


「おぉ、凄いな皇帝様。大正解だよ」


 正直な話、言い当てられたことに俺はかなり驚いていた。

 そう――結果を確定させる力。それこそがシュレディンガーボックスだ。



「シュレディンガーボックス自体はただの隠蔽いんぺい魔術だ。これは外に居る存在に中の様子を感知させないってだけの魔術だからな」


 本来ならそんな隠蔽の魔術で結果を先に確定させるなんて事、できる訳がない。

 しかし、この術式はとある副作用を中の人間達にもたらす。


「シュレディンガーボックスで隠蔽されている空間。その中の様子は例え神と呼ばれる存在であっても見ることが叶わない。そう――外に居る存在はどんな手段でも中の様子を感知できないんだ」


 どんな存在からの感知をも跳ねのける究極の隠蔽魔術。

 それこそがシュレディンガーボックスの全てだ。


「そして、世界は全能の観測者たる神がその形を見る事によってはじめてその形が確定する。つまり――だ。この隠蔽魔術、解かない限り中の様子は確定しないんだよ」


 俺の世界にあるシュレディンガーの猫と完全に同じ理屈だ。

 箱の中に閉じ込められた猫。

 その中に50%の確率で猫を殺す毒ガスを注入したとしよう。


 果たして、中の猫は生きているのか、死んでいるのか?


 答え――生きているし、死んでもいる。


 中の様子を誰かが観測しない限り、中の猫は生きている状態と死んでいる状態が重なり合った状態になるのだ。

 奇妙な話だが、量子力学の理論ではそういう事になっている。


 今、この空間に閉じ込められた俺達もその猫とほぼ同じ状態。

 外に観測者が居ない状態という訳だ。


「そして、観測者なしの状態を創り出した奴には更なる副作用が存在する。それこそが皇帝、アンタの言った結果の確定だよ」


『神ですら観測できない。そんな観測者の居ない世界を作り上げた者。その存在は該当の空間においてのみ、神としての権能が使えるようになるわ。誰も観測者の居ない空間は存在しない事になってしまうからこその弊害でしょうね。それこそが究極隠蔽魔術、シュレディンガーボックスの全てよ』



 結果の確定。その権利が今、俺の方にある。

 それはつまり、皇帝や皇女が何をしようとも無駄という事だ。


 仮に皇帝や皇女が俺を殺すことが出来たとしても、この閉鎖された空間内においてその事象は確定しない。

 確定しないのならば、後からそれを捻じ曲げ、俺が殺されなかったという結果を作れば、俺は死ななかったことになるのだ。



「これを崩す方法はたった二つ。それは――」


「閉鎖された空間の解除。もしくは、そのシュレディンガーボックスとやらの術式を我らも扱う事。そうして戦う場を他に変えるか、神としての権能の奪い合いをするより他にない。そう言う事だろう?」


「さすがは皇帝様。話が早い」



 誰にも観測されないこの空間を解除し、観測可能なものへと変えればそれだけで術式『シュレディンガーボックス』は効力を失う。


 その他にも術式『シュレディンガーボックス』を該当空間内に居る複数人が使用した場合、それは神の権能をどちらも得た状態での戦いとなる。そうすれば勝負は神の権能の奪い合いとなり、やはり勝負となる。


 だが、これらどちらも不可能であった場合。



「クソ……クソ……クソオオオオオオオオオオオッ!!」


 その場で地団太を踏む皇帝。

 そう、このようにただ悔しがるくらいしか出来ない。

 


「さて、存分に絶望してくれたところでタイムリミットだ」



 そうして俺はある方向へと視線をやる。

 そこには満足げな表情をしているクラリスの姿。

 そこに居る彼女もまた、俺の支配する領域内だ。


 つまり――


「ありがとうございますお兄さん。おかげで帝国軍の皆さんには存分に復讐出来ました。後は――」


「ああ、分かってる。そこに転がってる絶望した皇帝様と、痛みでのたうち回ってるクソ皇女様。好きに料理してくれ。遠慮は要らないぞ。なにせ――」


「ふふっ。きちんとルスリアさんから話は聞きましたから大丈夫ですよ。私がやりすぎても結果を変えてくれる。つまり、私があっさり皇帝達を殺してしまっても殺されなかった事にしてくれる。そう言う事でいいんですよね?」


「ああ」


「ふふっ、ありがとうございます。しかし、とてつもない力を得たものですね?」


「そりゃ魔女ルスリア様に貰った力だからな。まぁ、補助なしで再現できる気はしないけど」


「アハッ。お兄さんならいつか絶対にできますよ。――さて」



 そう言ってクラリスは眼前にて絶望しきっている皇帝と皇女を見やる。

 逃げても無駄。抗っても無駄。自害すら無駄。

 絶望するのも無理もない皇帝達に向け――



「皇帝様、それに皇女さん。待たせてすみませんね。さぁ――ハジメマショウカ」



 クラリスは満面の笑顔で、拷問の開始を告げたのだった。



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