第2話『闇堕ち少女襲撃』


「なるほど。要はこの世界には悪逆非道の限りを尽くす魔女が居て、それを倒すのに手が足りないからいにしえの魔術だかなんだかよく分からんものに頼ってその結果、俺が勇者として召喚された……と。こんな所すかね?」


「そうですね。要約すればそんな所でしょうか」


 俺を召喚した経緯を話し終える王女様。もとい皇女おうじょ様。

 長々と皇女様から俺を召喚した経緯について聞かされたが、俺はそんな理由で召喚されたらしい。

 だが、ここで一つ大きな問題がある。



「まぁ、さっき聞いた魔女の非道な行いとやらは正直言って胸糞悪いし協力するのもやぶさかじゃないっすけど……俺、勇者って言われてもただの高校生っすよ? とても戦力になるとは思えないんですが」


「――心配は要らん。古の魔術が記されていた古文書によれば、召喚された勇者には様々な能力が備わっているという」


 玉座で頬杖ほおづえをつきながら皇帝様(王様だと思っていたが正確には皇帝らしい)がそんな事を言う。


「様々な能力?」


「うむ、詳しくは私にも分からないが……貴公は何も感じないのか? ちなみに、貴公の世界ではどうなのかは分からぬが、この世界では自身の持つ特異能力は自己に意識を集中させれば浮かんでくるものだ」


「自己に意識を集中……了解っす」



 皇帝様の言う通りに俺は自分自身に意識を集中させる。


 するとなんだろう。確かに自分の事がぼんやりと頭に浮かんできた。

 前の世界の時より身体能力が上がってる気がするし、何やら簡単な魔術なんかも使えそうな気が不思議とする。今まで知る訳もなかった魔術の術式を俺はなぜか当然のように理解している事に今気づいた。

 だが、分からない事がたった一つ。


 固有能力『リトライ』。

 そんな固有能力を俺は持っているようだ。

 しかし、その能力の詳細は俺にも分からない。

 その能力の詳細は裕也だけが知っているもの……のような気がする、

 すぐ近くに裕也が居ればあいつに聞くのだが、生憎あいつはさっき俺が追っ払ってしまった。

 だからこの名前だけ分かっている固有能力については現状俺にも分からず―― 


「どうだ? 何か感じたか?」


「へ? あぁ、はい。なんとか。実際に試さないと断言はできないですけど、これならなんとか戦えそうっすね」


 ――まぁ、今は別に分からなくても問題ないだろう。

 この『リトライ』がどんな能力かは分からないが、これの他にも新たに身に着けた能力が多すぎるからな。どっちにしろ検証が必要だ。

 検証している内に裕也も帰ってくるだろうし、その時に聞いてみればいい。


「そうか。それは何よりだ」


「まぁ、さすがは勇者様。頼りになりますわ」


 俺の返事に気を良くする皇帝とその娘の皇女ことアンジェリカさん。

 偉い人と美人さんに褒められ、ついつい俺も頬が緩んでしまう。



「いやいや、さっきも言いましたけど実際に試さないと分からないっすよ? なにせ俺、実戦経験ゼロですからね。そんな期待されても困るって言うか」


「それに関しては心配要らぬ。伝承でも召喚されたばかりの勇者はさほど強くないと言われておるからな。元よりある程度の修行を経てから送り出そうと考えていた」


「ふふっ。勇者様ったら。いくら私たちでも最初から魔女を倒しに行けなどとは言いませんよ。まずは修行をして一緒に強くなりましょう」



 ああ、召喚されたばかりの勇者のレベルは1だとかそういう話ね。オッケー理解した。

 ――ってあれ?


「ちょい待ってください。一緒に強くなる? それってどういう――」


「ああ、それですか? さすがに勇者様一人だけにこの世界の全てを背負わせるなど出来ませんもの。ですから、私も勇者様と共に魔女を倒す旅には同行するつもりです。他にも優れた仲間達が集まる予定ですよ」



 にっこりと微笑む美人の皇女様。

 うん、確かに王女様が勇者のパーティーに入って魔王を倒すとか定番だね。

 定番なのは間違いない。間違いないのだが。


「いや、仲間は嬉しいっすけど……皇女様が一緒に来るのはまずくね? ゲームじゃないんだし」


 現実問題、そんな危険な旅に皇女様が同行するのはまずい気がする。

 ゲームならそう言う展開もあるよなぁと流せるが、一応これは現実であってゲームじゃない。

 そう俺は思ったのだが。



「あら、心配してくださるのですか? 勇者様はお優しいのですね。ですが、心配は要りません」


「というと?」


「仮に私が死んでも、それは即ち私が弱かったというだけの事ですもの。ですから勇者様が気にする必要などないのです」


「いや気にするわっ!!」


 仮に魔女とやらを打ち倒せたとしても、途中でこんな可愛い皇女様を死なせてしまったりなんかしたら俺は死ぬまで引きずるだろう。そんなの嫌すぎる。


「気にする必要はないぞ勇者殿。皇族たるもの力を示し続けなければならんからな。それが次期皇帝であればなおの事。余の唯一の娘、アンジェリカとしても何かしらの功績が欲しいという身の上なのだ。それには魔女退治はうってつけでな。仮に貴公が居なくとも娘は仲間を集めて魔女を倒す旅に出ていただろう。そうだろう?」


「その通りですわお父様。仮に勇者様が魔女と事を構えたくないと逃げ出していたとしても、私は独力で魔女を倒す旅に出ていたでしょう。そこに勇者様が加わるか否か、それだけの話です」


 退く気が微塵もない皇女様。

 どうやら何を言っても無駄らしい。


「はぁ……価値観の相違ってやつっすか。まぁ、そこまで覚悟が決まってるなら俺は止めませんよ」


「ありがとうございま――」


「――待った」


 頭を下げようとする皇女様に俺は待ったをかける。


「俺は皇女様と一緒に魔女を倒す旅に出かけたりするのは止めません。でも、これだけは覚えておいてください。――あなたが危なくなったら俺が必ず助けます」


 皇女様を助けるのは勇者として……いや、男として当然の義務。これだけは譲れねぇっ!

 俺が内心ワクワクしながらそう言うと。


「勇者様……」


 目をウルウルさせながら皇女様がこっちを見つめている。

 いやー、いいねこの王道展開。これでこそ異世界召喚ってやつですよ。

 


 そんな風に俺が浮かれていると。



「しょしょしょしょしょ将ちゃぁぁぁぁぁぁん!! 大変だ大変だ大変なんだよぉぉぉっ!!」



 ビューンとこちらに飛んでくる裕也。

 俺は『どうした?』と軽く首をかしげてみせる。



「クラリスちゃんが大変でそれをルスリアちゃんが更に大変な事にしちゃって闇の力がぼわわーって感じで強くなっちゃって大変なんだよぉっ!!」



 なるほど、分からん。

 クラリスやらルスリアちゃんというのは裕也のダークサイドセンサーとやらに引っかかった病んだ女の子の事か?

 それ以外は大変だという事しか伝わってこない。


「っていうか将ちゃんっ! なんでそんな奴らと仲良く話して……ってああそうか。将ちゃんは何も知らないから仕方ないのか。とにかくもう時間がないんだよっ。この周回はもうダメだろうけど、将ちゃんは少しでも情報を集めるために長く生き延びなきゃっ!!」


「はぁ?」


 訳の分からない事ばかり言う裕也。

 それに対し俺が怪訝な声を上げたその次の瞬間――



「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――」



 広間にまで響き渡る悲鳴。

 それに続き、広間に一人の騎士らしき男が転がり込んでくる。



「――何事だ!?」


「皇帝様っ! 実は……っと。勇者様も居るのですか。そ、それが……そのぅ」


 転がり込んできた男は血相を変えながら、しかし俺の方を見ては何やら話しづらそうに口をもごもごさせていた。

 そして。


「あぁ……もうダメだ。これは時間切れだね」


「裕也?」


 何かを完全に諦めた感じの裕也。

 そして――最後にソレは来た。



「アハハハハハハハハハハッ。死ねっ! 苦しめっ! 生まれてきた事を後悔しろっ!! あなた達みたいなクズがのさばるこの国は絶対に間違ってる。だから私がお掃除しなくちゃいけませんよねぇ!?」


「いや、やめ……いぎゃあああああ」

「たすけ、俺はちが……うわぁぁぁぁぁぁぁっ」



 響き渡る笑い声と悲鳴。

 その中心に彼女は立っていた。


 腰まで伸びた美しい黒の髪をたなびかせながら、残虐の限りが尽くされているその場を悠然と進む少女。

 美しい漆黒のドレスを着こなし、少女はこちらに向けてゆっくり歩いてくる。

 見た目は15歳くらいの少女。俺の世界ならまだ中学生やってるくらいの子だ。

 そんなまだ幼さも残る顔立ちだと言うのに、その表情は狂気に満ちていた。



 そんな彼女の周囲には、黒いオーラを纏った骸骨達にゆっくりとその身を削られていく騎士たちの姿。

 助けてくれと叫ぶ騎士も多いが、か細い声で死なせてくれという騎士の声も聞こえる。


「これは――」


 絶句する以外どうしようもない光景。


「た、大変だ将ちゃんっ!」


「ど、どうした!?」



 これ以上まだ何かあるのか。

 俺は騒ぐ裕也の声に耳を傾けるが。



「あの優しかったクラリスちゃんが今は暗黒面に輝いているんだよ!! そっかー。闇の力が増幅されたクラリスちゃんはそういう感じになるのか~。どどどどうしよう将ちゃん。俺、将ちゃんがピンチだっていうのにドキドキが止まらないよっ! これが恋ってやつなのかな!?」


「ごめん今シリアス場面だから黙っててもらえる!?」



 こんな時だと言うのにいつも通りな裕也。

 頼むから空気を読んでほしい。


 そんな俺と裕也を置き去りにして話は進んでいった。



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