第14話

◆◆◆◆◆◆


 私がその夢を初めて見たのは約2週間前からだった。まず奇妙なことに、普段の就寝時間よりも早い午後8時に強烈な眠気が襲ってきた。


 私は夢の中で、午前6時に見慣れた自分の部屋で目覚めた。鳥の囀り声が聞こえ、カーテンの隙間から僅かに日射しが漏れる、現実となにも変わらない朝だ。そしていつものようにカーテンを開き洗顔をした。

 私の物音でソファーで寝ている犬が起き、そのままリードを付けて散歩に行った。帰ってきた後に軽くシャワーを浴びて制服に着替え、身支度をし、朝食を食べ、歯を磨き、学校に向かった。夢は学校へ向かう途中の、家から約100メートルほど離れた和菓子店の目の前で突如終わった。たったそれだけの夢。不思議だったのは、私は夢の中にいるという自覚があったことだ。


「がっかりしたよ、いつもの朝の繰り返しの夢なんて。夢の中なのに全然夢がないというか。でもね、1つだけ現実と違うことがあったの」


 私はいつもの癖で唇の下に手を当てて、視線を左上に動かし記憶を手繰り寄せようとした。


「夢の中に存在する人間は私だけだったの。もちろん人が運転をする自動車は一台も走っていなかった。まるで世界に私一人だけみたいだった。でも都合のいいことに、制服に着替えて食卓に向かったら作り立ての食事が用意されてたりするんだよね。まあ夢っていい加減なものだものね」


 私は夢から覚めた後で、妙な、そして恐ろしく鮮明な夢を見たものだと首を傾げながら夢と同じようにカーテンを開いて顔を洗った。現実世界での犬の散歩の最中にその夢を反芻してみた。夢の中の肌寒い外気や雲一つない空、通学中にいつも見かける近所の飼い犬が体を伸ばしながら欠伸をしていた光景など、隅々まではっきりと思い出せた。その鮮明な記憶はこの現実世界よりも生々しいものだった。


「文字通り世界に一人きりだったけれど、嫌な感じはしなかった。音楽でも聴きながらこの無人の世界でサイクリングしてみたいなとか、呑気なことまで考えていたな」


 私の夢は2日目も同じ内容に思えた。朝起きてカーテンを開き、顔を洗い、肌寒い天気の中で犬の散歩をして……


 私は夢の中で少し不気味に感じ始めていた。この気持ち悪い夢は何なのだろう。搭乗前日に飛行機が墜落する夢とかだったらまだそれらしいけど、単調極まりない日常生活の夢には意味らしきものを欠片も見出せなかった。ヒナタ君が言った通り夢は深層意識の表出だと言われているけど、本当にそうだとしたら、私の意識の奥底は表面と同じくらい何の面白みもない代物ということになる。


 夢の中で意識がこんなにはっきりしているのだからルーティン以外の行動をしてみようという気になりそうなものだけど、なぜかその気は起こらなかった。義務感というより、決められた行動を決められたように動くことが自然なのだという感覚があった。


 そして昨日と同じように、通学中に突如として夢が醒めた。


「その夢は次の日も続いたの。もううんざりだよ、でもあることに気付いたの」


 3日目。夢の中で朝の用事を済ませて制服に着替え、家から出発して近所の犬の大きな欠伸を見た。そろそろ和菓子店だ。そして私は気付いた。そういえば2日目は和菓子店より先の、交差点の信号のところで夢が覚めたのだ。


 もしかして……私の勘は当たった。その日は交差点を超えた先の公園のあたりで目が醒めた。

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