第15話

 それからお互い携帯を取り出して、準備が終わったことを視線で伝えると井浦先輩は口を開いた。


「今更だが、普段からスマホでやっているのか?」


「そうですね。タブレット端末を買えるほどの資金はないので」


「同じくです」


 俺は素直に答えた。静川も同じようで珍しく二人揃って頷いた気がする。


 この手のシューティングゲームはスマホよりもタブレット端末の大きい画面でやるほうがやりやすさが格段に変わる。


 だからと言って、スマホで下手な人が端末を変えただけで劇的に上手になるわけではない。


 そこにはちゃんとした努力が必要だが、それにしたって画面が大きいことによる恩恵は大きい。

 敵の見えやすさ、指を使える範囲が広いこと、スマホでは窮屈な手を広げて使えること、スマホとは別の端末でやることでスマホのバッテリーの劣化を防ぐことなどなど。


 このようなオンラインゲームはバッテリーを消耗しやすく充電をしながらやることが増えるから、その点でも別の端末があるのはすごくメリットがある。


 デメリットは値段が高いことくらいだろう。

 スペックの高いものを買おうとすれば10万は超えてくる。そんな額を一介の学生が買えるわけもない。


 というわけで、俺たちはスマホなのだがそれは先輩たちも同じようだった。


「それなら条件は同じだな。これで普段とは端末が違うなんて言い訳をされる心配は無くなったな」


「そんなこと言いませんよ。自信ありますから」


 我ながらここまで自信をもって発言したのは久しぶりな気がする。

 最後にこんなことを言ったのは、きっと小学生の頃に慈実にサッカーを教えた時かもしれない。


 そのくらい誇れるものがなかった俺に、自信を持てるものがあったことをやっと自覚することができた。


 でも、ここで重要なのは過程でも自己満足でもなく結果だ。どれだけ自信があろうと勝たなきゃ意味がない。


 それからはルールのすり合わせをした。


 形式はもちろん2対2。場所はこのゲームの本来の遊び方であるバトルロワイヤルのフィールドではなく撃ち合いの練習用に作られた本来は5対5のステージだ。


 理由は簡単で、普段は100人で競い合うフィールドで2対2は対面するまでに時間がかかる。

 その点、撃ち合いの練習用に作られた別のステージではすぐに接敵するし倒されても自陣でリスポーンする仕組みになっていて何回も打ち合える。


 1キルを1点として先に30点取った方が勝ちというものにした。


「それで大丈夫です。あとから文句は言わないのでご安心を」


「それはよかった。……あ、あと回線だがキャリアごとに差が出るかもしれないからこれを使うといい」


 そうして井浦先輩が出したのはコンセントに繋ぐだけで使えるWi-Fiだった。


「な、なんでこんなものあるんですか……」


 俺がビビりながら聞くと、整然とした様子で答える。


「ゲームをやるならWi-Fiが必須だろう?」


「それはそうですけど……」


 俺は無理やり納得しながら、Wi-Fiを接続する。

 

 その間も「本当は光回線がいいんだが……」なんて愚痴っていたが、そんなもの学校で繋がれるわけもないだろうと心の中で突っ込んでおいた。


 これでやっと準備が終わった俺たちは先輩たちにルームIDとパスワードを教えてもらってルームに入ることにする。


 このゲームは個人でルームを開いて、任意の人と楽しめる機能もある。これを開くには課金が必要だが……どちらかがしているのだろう。


「げっ……!」


 そうしてルームに入ろうとしたところで、俺は重大なことに気がついた。俺の尊厳に関わることだ。


 問題は画面左上、ユーザーネームが書いている場所にあった。


『ゆーくん@最強』


 やばいやばいやばいやばい。完全にやらかした!


 静川にバカにされた俺のユーザーネームがそのままであることに気がついた。


 俺だって本当は名前を変えたいけど、そのために課金するほどお金がないから変えれなかった。


「ちょ! ちょっと待ってください! 5分もかからないんで!」


「……? 急いでいないから、そんなに慌てなくていい」


 急に立ち上がってあたふたしている俺を怪訝な目で見ながらも、急かしていないと伝えるようにスマホを机に置いてくれた。


 それを見て少し安心しながら、俺は慌ててアカウントをもうひとつ作った。隣から訝し気な視線を感じるのは無視することにした。


 そして名前は適当に『Ak1YU』にした。


 kが小文字でIが1なのは同じ名前がいた時のことを考えたからだ。


 名前は単純に苗字と名前の組み合わせ。即席で作るならこんなものでいいだろう。


「今、入りました」


 その新しいアカウントでルームに入ると信じられないようなものを見る目で見られた。


 それはこの部屋にいる全員で、今回対戦しない小泉さんですら俺をある今蔑むような目で見ている。


『こいつなにやってるんだ』


 そんな目だった。


「君、このゲームをやってるんじゃないのか?」


 それは当然の疑問だった。

 俺はあの名前を見せたくないから、即席で新しいアカウントを作った。それはつまり、何もかもが初期状態ということで……普段からやっているアカウントには見えないのだ。


 ランクだって1だし。


「そ、そうですけど……。ちょっと今本垢使えなくて」


「「「はぁ」」」


 ですよね〜。そりゃみんなそんな反応になるに決まっている。俺の返しはもはや言い訳にすらなってないことは俺が一番よくわかっている。


 そんな中、静川が俺の耳元で言った。


「あの名前キモいの自覚したんだ」


「うっせ。そんな名前からしてんだよ!」


 先輩方に聞こえないようにそんなやりとりをしてから、気を取り直すように明るい声を出した。


「とりあえずゲームができればいいじゃないですか! これでスキルが変わるわけじゃないですし」


 無理やり押し倒すと渋々頷いてくれて、ゲームが始まる。


 ステージは本当に小さくて、上から見ると田の形をしている。


 俺たちのチームの陣営が田の下の横棒にいるとしたら、先輩方が上だ。


 カウントが終了して始まると、自陣からスタートする。これでひたすら撃ち合うというゲームだ。


 打ち負けたらまた初めの場所からリスポーンするという仕組みになっている。


 それを繰り返して先に点数が30に達した方が勝ちという至ってシンプルなルールだ。

 簡単に言えばデスマッチだ。

 使う武器はアサルトライフルに固定で、種類は自由ということになっている。


 5・4・3・2・1


 カウントダウンが終わり、試合が始まった。


 一応チーム戦なので、先輩たちは最初に座っていた授業では先生が座る席で。対する俺たちは真逆の一番後ろの席でやることにした。


 あまり勝敗には関係ないが、会話が筒抜けにならないためだ。作戦があったりするからな。


 そんなわけで始まった銃撃戦だが、序盤はやってやられての攻防で点差が開くことなく10対10になった。


 やはり2対2というのは難しくて、味方がやられればどこでやられたかがわかるのでもう一人はすぐに反応することができたりする。


 そうやってカバーをしてやり返す。そしてそれをまた相手がやり返してくる。

 これではずっとスコアが開かない。


 よくいえば定石のような試合の進め方ではある。

 けれど、これでは勝敗がうまくつかない。どこかで差をつけなければ……。


 先輩たちも勝負を仕掛けてきただけあって、なかなか上手い。

 正直、客観的に見ても俺が技術面では一番だと思うが、あの二人はやはりコンビネーションが良くて戦い慣れている感じがする。


 対してこちらはバトルロワイヤル形式ではとんでもない時間を一緒に過ごしてきたが、この形式ではまともにやったことがない。


「おい、ちょっと作戦を変えるぞ」


 あくまで画面を見ながら、静川に言った。

 静川も画面を見たまま答える。


「ちょっと癪だけど、今回は同意。それで作戦って?」


「井浦先輩を狙う」


「なるほどね。理由は?」


 俺たちの中ではきっと初めてであろう落ち着いた会話。

 それにすごく新鮮な気持ちを覚えながらも、噛み締めることもなく理由を伝える。


「さっきから俺たちが倒した時のリアクション見てるんだけど、あの人結構ゲームに熱入る人っぽいから集中的に狙えばイライラして乱れると思う」


「なるほどね。とりあえずそれで行こ。状況が悪い方に変わればやめればいいし」


 やっぱり俺たちはこの部活に入りたくないという気持ちは一緒らしくその気持ちだけで今は繋がれているような気がする。


 まぁそんなことを思っているのは俺だけで静川はなにも思ってはいなさそうだけどな。


 そんなわけで俺たちは井浦先輩……黒い軍服みたいな衣装を着ているキャラクターを集中的に狙うことにした。

 山田先輩も女キャラクターを使っているから、見分けをつける方法は衣装しかない。


 男なのに女のキャラクターを使うことに違和感を覚える人もいるだろうけれど、これは課金者にはあるあるで性別で分けられている服装もあるので、キャラクターの性別を気分で変えながらやる人も珍しくはない。


 山田先輩はきっとそういうタイプだ。


 正直、さっき俺が一番だと言ったけれど1対1であれば山田先輩と俺は五分五分だと思う。


 そのくらい冷静でエイムが冴えている。


 そういう意味でも井浦先輩を狙うのはある意味間違っていなかったと思う。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 教室の反対側から悲鳴のような嘆きが聞こえてくる。


 すぐに作戦の成果は出てきた。


 山田先輩が見えたら無理に打ち合わず、井浦先輩は二人で撃つ。それを繰り返していると取り乱した井浦先輩は無鉄砲に突っ込んでくるようになった。


 それはこちらの思う壺で、その井浦先輩を倒してポイントを稼ぐ。

 井浦先輩が倒されれば、リスポーンまでの間は必然的に山田先輩が一人になるので2対1の状況が作れるから、そこでまたポイントを稼ぐ。


 それを繰り返していると、スコアは20対15で俺たちは5点差をつけることが出来た。


 でも、ここから異変が起きた。


 俺たちが井浦先輩に打ち勝てなくなったのだ。


「ちょっと、なんでこんな強くなったの!?」


「知らねぇよ! とりあえず落ち着け!」


 俺たちはなるべく二人でくっついて行動することで、井浦先輩はもちろん山田先輩にも対応できるようにしていた。


 しかし、井浦先輩を二人で打っても見事に反撃されて二人とも倒される。そんな展開になってきた。

 さっきとはまるで別人みたいだ。


「まさか、実力を隠してた?」


 こういう展開を最初から仕組まれていたとしたら、俺たちはまんまと罠にハマったことになる。


「おい、作戦やめるぞ。もう井浦先輩はさっきとは違うみたいだ」


「なんか悔しいからやだ」


「はぁ!?」


 さっきまで倒せていたのに、今は倒せない。


 確かにそれがイライラすることは理解できる。というか俺だってイライラしている。

 でも、真正面から打ち勝てないならやり方を変えるしかない。


 しかしそんな俺の忠告を聞くこともなく静川は突っ込んでいく。


 当然無策。それにエイムだって相手に比べれば劣っているから負ける。

 それにイライラしてまた突っ込む。それの繰り返し。


「おい! やめろ! いま辞めたらまだ勝てる可能性が」


「うるさい! あの澄ました顔を歪ませたいの!」


「てんめぇ……!」


 目の前の女子にイライラしながらも、井浦先輩を見るとしてやったりというような表情で鼻を伸ばしている。


 確かにあれはムカつく。


 俺たちはもう無策でただ、やるしかなかった。


 その結果……普通に負けた。


 


 


 




 

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