第9話
悲鳴に近い声を発しながら、未映子はベッドから飛び起きた。
今のはなんだったのだ。
夢だったのか。現実にあった事なのか。
未映子はベッドの下にガラスの灰皿が落ちている事に気付いた。どうしてこれがここに。
やはり私が母を殺したのではないのか。いや、違う。母は刺されて死んだと狩野から聞いている。
眠れないまま朝を迎え、霞がかかったような思考の未映子は、何もかも受け入れるしかない気持ちになっていた。弁護士が滞りなく全ての財産が未映子のものになるように手続きをしている姿を、未映子はぼんやりと見つめていた。未映子の隣で、何故か裕真がはしゃいでいた。
弁護士の説明では莫大な財産を継いだらしいが、未映子はこの後会う約束をしている狩野の事で頭がいっぱいだった。
狩野に触れてみたい。筋肉質な顎に口をつけてみたいと、未映子は胸を熱くするのだった。
裕真は不自然なぐらいはしゃいでいたかと思うと、用事を思い出したと言ってどこかへ出かけていった。
未映子は狩野に会う前に、裕真を探ろうと思いつき、裕真の部屋にこっそりと忍び込んだ。
裕真が勝手に自分の部屋にした場所。
図々しい男だと、未映子は部屋の中を見渡しながら怒りが湧いた。
裕真の部屋には驚くぐらい物がなかった。
生活をしている場所というより、旅行で泊まっている場所という感じだ。
未映子は手当たり次第、引き出しの中、クローゼットの中と見ていったが、手がかりになるようなものは何一つなかった。何一つないというところが逆に引っかかった。
狩野との待ち合わせ場所は、今の未映子の状況には遠すぎるぐらいの、お洒落なケーキ屋だった。
「ここのケーキはとても美味しいので、是非あなたに食べてもらいたい」
狩野は顔に似合わず甘党だと言っていた。
未映子は身体の中で心が暴れていると思った。狩野の事を考えるだけで、心が暴れる。
そろそろ狩野が来るはずだった。未映子は入り口から目が離せなかった。しかし、待てど暮らせど狩野は現れなかった。もう約束の時間から三時間が過ぎていた。
入り口を凝視している未映子の目に、狩野が映る気配は全くなかった。
どうしたのだろう。時間を間違えたのだろうかと未映子は、心臓をギュッと掴まれたぐらいの痛みを覚えた。
事件が発生して来れないのかもしれない。
あの人は刑事なのだから。
未映子は代々木警察に電話をかけてみることにした。
「刑事課の狩野さんをお願いしたいんですけど」
刑事課なんてあるのだろうか。警察の事はよくわからない。今までは知りたいとも思わなかった。
「お待ちください」
電話の相手は、警察のどの部署の人なんだろう。私の電話はどこに繋がっているのだろう。
待たされている間、未映子はどうでもいい事を考え続けていた。不安が胸いっぱいに広がっていくのを止める為に。
「狩野という刑事はこちらにはおりません」
未映子はその答えを不思議な気持ちで聞いていた。今いないという意味なのか、その答えでは理解出来ないと黙り込んでしまった未映子に、電話の相手は再度告げた。
「狩野という刑事は、警察にはおりません」
(つづく)
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