第7話

 代々木警察署の前に、未映子は立っていた。

 もう一時間近く警察署の前をうろうろしていた。


 確か狩野は代々木警察に配属されていると言っていたはずだ。電話で確認しても良かったのだが、やはり顔を見て安心したいと思い、裕真が寝ている隙に抜け出してきたのだ。


 ふと未映子は、誰かの強い視線を感じた。


 急いで振り返ると、そこには未映子がいた。


「えっ、私?」


 鏡に映った自分を見ていると思うぐらいに、自分と瓜二つの女が未映子を睨むような目で見ていた。その女に駆け寄ろうとする未映子に気付いたのか、女は雑踏の中に消えていった。


 今のは何?あれはどう見ても私ではないか。

 でも私はここにいる。


 世の中には自分と似た人間が三人いるというが、そのうちの一人を見たというのか。


 おかしい。何かがおかしい。


 未映子の肩を誰かが叩いた。


 まさかさっきの女がと、恐る恐る振り返った未映子の目の前に、狩野が立っていた。

 狩野の目が鋭い事に安心する。一気に緊張が緩み、未映子は道に座り込んでしまった。


 公園のベンチで、狩野に貰った缶コーヒーを飲んで、未映子の気持ちは少しだけ落ち着く事が出来た。


 昨日からの出来事を狩野に全部話し、心が軽くなった。


「怪しいな」


 狩野は誰に言うともなく呟いた。


「怪しいって?」


「その裕真っていう男、裏がありそうだ」


「裏」


「私ではなく、その男があなたの財産を狙っているのでは」


「私の財産」


「調べてみましょう」


 狩野はそろそろ行かないとと言い、未映子から空になった缶コーヒーを受け取り、立ち上がった。


 なんて頼りになる男なんだ。


 未映子は、このまま狩野に任せておこうと決めた。狩野が刑事だろうがなかろうが、私はこの男についていこうとよくわからない決意を固めた。


「疑っている事に気付かれないように注意してください」


「はい」


 誰かが私に指示をしてくれる。なんて心地良いのだろう。未映子は狩野に強い信頼を置き始めていた。


 狩野と別れてから未映子は市役所に行ってみた。戸籍をこの目で確かめたかったからだ。


 高木というのは母の姓だ。結婚したのなら、名字が変わっていなければおかしいのではないか。婿養子なのか、裕真は。


 未映子は受付で戸籍を取り寄せ、その場ですぐに確認した。案の定、裕真は婿養子に入っていた。


 やはり私は結婚していたのか。信じられない、信じたくないという思いから、受付で執拗に確認してしまった。


 受付の女の人は、未映子と裕真が婚姻届けを出しに来た時の事を、鮮明に覚えていた。


 裕真が婚姻届けを出しに来た時、受付でいきなり未映子と大喧嘩を始めたので、印象に残っていたらしい。


 確かに裕真の横にいたのは未映子だったと言われて、倒れそうなぐらい目眩がした。自分の男を見る目の無さにショックを受けた。


 あんな男と結婚して私は馬鹿だったのだ。


 もっと早く狩野と出会っていれば。



 (つづく)

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