第6話
裕真の存在がとてつもなく不快だ。
夕食が終わり、やっと一人になる事が出来た母の部屋だった場所で、未映子は抑えきれない苛立ちを持て余していた。
退院してからずっと裕真が張り付いているこの状況が、たまらなく嫌で仕方がない。
記憶も戻らない、豪邸に連れて来られた、遺産相続、と次から次へと未映子を襲ってくる、この状況も耐えられなかった。
それに加えて母の部屋はケバケバしく、アルバムで見た母がそっくりそのまま存在しているような気持ちにさせられ落ち着かない。
この部屋は私を拒否している。
未映子はそう強く感じていた。だから私はこの家を出て、一人マンションで暮らしていたのだろう。
仕事は何をしていたのだろう。
私は私について何も知らない。
明日は色々一人で調べてみようと未映子は思った。そう決心すると、少し心が落ち着いた。
だいたい私が母の顔を蹴ったなんて事はあるわけない。私は母と仲良しだったのだから。
未映子はそう強く自分に信じ込ませてから、深い眠りの底に落ちていった。
誰かが私の身体に触れている。
未映子は自分の身体を何かが這うような感触を感じた。夢なのか現実なのか確かめようとするが、何故か目が開かない。身体が鉛のように重く、少しも動く事が出来ないのだ。
「やめて、お母さん」
絞り出すような声が出て、やっと身体の呪縛が取れた。目を開けると、裕真が未映子の身体を押さえつけるようにしてのしかかっていた。裕真の息が荒くて気持ちが悪い。未映子は裕真を突き飛ばし、睨みつけた。
「何をするの」
「夫婦なんだからいいだろ」
「私は覚えてない」
「思い出させてやるよ」
おかしい。何かが違うと未映子は思った。
裕真はこんなにふてぶてしい態度を取る男だっただろうか。未映子が意識を取り戻したとき、側で泣きじゃくっていた男の筈なのに、この強気な態度はいったいどういう事なんだ。
「私たちはいつ結婚したんですか?」
「一年前」
裕真はそっけなく答えると、胸ポケットから煙草を出して、慣れた手つきで火をつけた。
「煙草はやめてください」
「あんたが俺を夫だと認めるんだったら、やめてやるよ」
「どうしてもあなたが私の夫だったとは思えないんです」
「そんなに狩野がいいのか」
「えっ」
「俺が気付いてないとでも思ってんの。あんたが狩野を見る目」
気付いていたのか。だからこんな態度を取っているのか。当然だ。妻が他の男に熱い視線を送っていて、不機嫌になるのは当然なのだろうと、未映子は他人事のような気持ちで理解した。
「時間をください」
未映子は裕真に頭を下げた。
「まだ何も整理出来ていないんです。母の事も、自分の事も」
裕真は煙草をテーブルでもみ消しながら、
「あんたはあの狩野って男に騙されてんだよ。あんたの財産が目当てなのかもしれないな。それとも、あいつがあんたの母親を殺した犯人かも」
「そんな事あるわけない。狩野さんは刑事なのよ。母を殺した犯人を捕まえようとしてくれている」
そこまで言って未映子は自信がなくなってしまった。
未映子が入院していた時、狩野は毎日のように病室に来ていたが、確かに事件の事は何ひとつ聞かれなかった。最初に二人の刑事に事情を聞かれた後すぐ、狩野が未映子の前に現れたはずだ。
狩野は謎が多すぎる。
考え込む未映子を見て、裕真が不敵な笑みを浮かべた。
「本当に刑事なのかな」
未映子の心に疑惑の種を植え付け、裕真は部屋を出て行った。
(つづく)
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