第18話 相談

 セインと侍女との会話を聞いている限り、朝夕の食事もこの部屋で摂ることが多いらしく、セインが今日はこの部屋から出る用事もないそうだ。『セイン殿下』ではなく、ただの『セイン』として、自身がしたいことをゆっくりとできる時間になったようだ。


「そうだ、ベル」


 セインにベルと呼ばれた侍女が、着ていた学園の制服をクローゼットへ片付けていたが、セインの側に近づいてきた。


 ……ベルっていうんだ。あの侍女さん。それにしても、セイン殿下の側に、侍女のベル以外には、メイドも近侍もいないのね? アンダルト様とは、随分違うわ。


 少々不思議に感じながら、セインの信頼するベルがどんな人物なのかと観察する。


「なんでしょうか? 殿下」

「考えていたんだけど、リアの部屋に、ドールハウスなんてどうかな? この広すぎる部屋にいるよりかは、リアも落ち着いて過ごせるだろうし、それなら、カップとか、家具とかの生活用品もいろいろ揃うんじゃない?」

「なるほど、それがありましたね! 妹姫様のところにあるようなものでよいでしょうか?」

「そうそう。あんな感じのものがいいね。ドールハウスっていうくらいだから、人形のために作られているんだよね? 妹には特に甘い父がドールハウスをせがまれて、特注で作ったと聞いたことがあるよ」

「……確かに、リア様の大きさなら、お人形用のもので、ちょうどいいかもしれません! 早速、陛下付きの侍女にどこで購入したのか教えてもらい、取り扱っている商人へ手配をいたします! この際、カトラリーなどもきちんと揃えましょう。きっと、リア様なら、使いこなすことができるような気がしますから」


「あぁ、よろしく頼むよ」と頷くセインとうっとりしているベル。


「可愛いでしょうね? ティーカップをもってお茶を飲んでいる姿とか……」

「もう想像しているのかい?」

「はい、思わず……」

「ははっ、それはいい。ベル、出来るだけ早く頼めるかい? ベッドもふかふかで頼むよ!」

「えぇ、もちろんです!」


 二人が何やら私のための部屋について、楽しそうに話している。妹姫のドールハウスを二人とも知っているのか、どんなものだとか、どこに何を置くだとか細かく打ち合わせを始めてしまった。


 ……ドールハウスって、明らかに私の家になるのよね? 小さいころ、お父様に買っていただいて、私もお人形になって住んでみたいと言ったことがあったけど、まさか、そこへ本当に住むことになるとは、夢にも思いもしなかったわ。

 ……早く両親の元へ帰らないとっていう気持ちもあるけど、長居してしまいそうね。セイン殿下の側に。


 嬉しそうに話している二人をよそに、小さくため息をついた。両親が待つ侯爵家へ帰らないといけないのに、居心地のいいセインの側で長居してしまいそうな予感がヒシヒシとしてしまう。


 ……屋敷に戻ってもという不安はすごくあるの。もう少しだけ、セイン殿下のリアでいる時間がほしいな。きっと、いなくなってしまったら、セイン殿下は悲しむだろうから。


 セインの想いを聞いたからだけではない。きっと、元に戻ったとしても、アンダルトとの関係は修復できない気がしていた。

 ならば、祖父たちの約束もあるので、同じ公爵家の生まれであるアンダルトの2歳下の弟との婚約に変わることだろう。

 今まで、アンダルトと二人で公爵位になれるようお互い努力してきたはずなのに、いつの間にか歯車が合わなくなり、苦しかった日々。エリーゼと抱き合っているところを見たときのモヤっとした気持ち。そのすべてが、なかったことになるのかと思うと、胸の燻りが楽になった。

 アンダルトとは、燃え上がるような瞬間的な恋ではなく、小さなときから将来の家族として育んでいた愛情であった。その感情は行き場をなくしてしまうようで、胸の内が寂しい気持ちでいっぱいだ。


 ただ、新しく「リア」と優しく呼ばれる名をもらえたことが、今はとても嬉しい。これ程までに、家族以外で誰かに優しくしてもらったのは、いつぶりだろうと考えると、胸が苦しくなった。

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