第17話 王宮での暮らし
……セイン殿下のお気持ち、今の私はどう受け止めたら、いいのかしら?
人間への戻り方がわからない今、ネズミとして生きているあいだのことを考えてみた。
……もし、このまま、人間に戻れないのなら、セイン殿下の側で、このネズミのリアとしての生が終わるまで、ずっと見守っていることは許されるの? いつか、私以外に想う方ができたとき、私は……。
セインの想いを聞き、嬉しい気持ちと戸惑う気持ち、今までアンダルト以外に恋をすることが許されなかったので、恋愛対象としてセインのことを考えたこともなかったけど、少しだけ考えてみた。セインの想いにあてられたように、人間だったときに接してくれていたセインのことを考える。
友人たちでも気付かないようなちょっとしたことや落ち込んでいるとき、少しの変化でも何かあれば、隠していても気付いてくた。一番にいつも声をかけてくれたのは、他の誰でもないセインだったことを今更ながら気が付いた。
……ずっと、セイン殿下に見られていたのね。私、そうとも知らず……。
今までのやり取りを思い返し、項垂れる。何より好意を向けられ恥ずかしくて、セインの目を見ることができなかった。
いつまでも寝転んでいるわけにもいかないので、セインの手に自身の手を重ね、うるさい心臓を落ち着かせるようと努力した。
一人と一匹がそれぞれの想いを抱えながら、指に手を置いたり置かれたりしている中、王太子付きの侍女がセインの世話をするために部屋に入ってきた。
そちらを見ると、私を見て、一瞬ギョッとしたように驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。
……さすが、王宮侍女! 私を見てもなんとも動揺をうまく隠してしまったわ。
侍女が入ってきてくれたことで冷静さを取り戻し、侍女の振る舞いを感心していると、足取りは不安そうにこちらへ近づいてくる。
「殿下、おかえりなさいませ」
「あぁ、ただいま。もう少ししたら、勉強を始めるから飲み物の用意を。あと、こちらのレディにも何か差し上げて」
私にも飲み物をいうセインに、さすがの侍女も対応に戸惑ったようだ。
「殿下、あの……こちらは?」
「あぁ、紹介がまだだったね。ネズミのリアだ。言葉を理解する不思議な子だよ。……うーん、飲み物はどうしようか?」
「……」
「そうだ、リアはどんな飲み物がいいかな? 紅茶? コーヒー?」
「殿下、ネズミにコーヒーはいかがなものかと……。それに、あの……リア? 様は、紅茶を飲めるのでしょうか?」
私もネズミの生態など知らない。紅茶が飲めるのかと聞かれてもわからないし、何より私のために侍女がとても困っているのが申し訳なく感じる。
セインの手をトントンと叩いて、頷いた。同じものでいいという合図を送ってみる。ただ、それが伝わるかはわからなかったが……。
「とりあえず、同じものを。紅茶ならいいかな?」
伝わったようで、コクンと頷くと、侍女が「はぁ……」と気の抜けた声で返事をしている。
……感心したのだけど、さすがにこの状況を全て飲み込むのは、いくらなんでも無理だったみたいね。どう考えても、私でもとうてい無理な話だわ。アンダルト様がいきなりネズミと会話をしているのを見るとか、まず、医者を呼んでしまいそうよ!
自身がネズミで、絶賛不思議な対象であることを棚に上げ、セインに対し失礼なことを考えていた。私たちのやり取りを見ていた侍女は、すでに考えることを放棄したのか、それとも自身の侍女という仕事を思い出したのか、顔つきが変わる。
「かしこまりました。では、紅茶を用意いたします。カップについては……少し考えさせてください」
「そうだね。こんな小さなリアに合うカップなんて、そうそうないだろうから……」
「……はい。先に殿下のお召し物を替えましょう」
そういって、侍女はテキパキと与えられた仕事をこなしていく。衣裳部屋から出てきて、すっかり整えられたセインは、学校の制服でもなく、夜会のドレスコードでもなく、見たこともないリラックスした服装となった。
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