王宮での生活

第16話 新しい名

「とても賢い子だね。ここにいてくれるのなら、君に素敵な名を贈ろう。女の子なんだよね?」


 コクコクと頷くと、「わかった」といい、真剣に名を考え始めたセインを見守る。


 ……セイン殿下は、どんな名前をつけてくださるのかしら? 嬉しいような恥ずかしいような気持ち。きっと、素敵な名前を考えてくださるのでしょうね。


 私はセインを認識しているが、セインは私をリーリヤだと知らない。そんなセインが、ネズミの私に新たな名をくれるという。他の人生をえるようで、とても楽しみだ。


「そうだなぁ……白い毛に赤い目。初めて見たときから、ずっと、頭の隅にあった名前があるんだ」

「ちゅう? (それは?)」

「君の容姿が、まるで、僕の知るあの令嬢のようだから」


 ……あの令嬢? それって……。


「今日、学園に行ってから知ったんだけど、昨日から、その令嬢が行方不明になってしまったと、学園でも街でも騒ぎになっているんだ。彼女は、ご両親にも婚約者にも心配をかけるような子じゃないし、一体どこに消えてしまったのか。何か事件に巻き込まれたとかではなく、ただ、何事もなく無事に帰ってきてくれるといいんだけど……ね?」


 ただの同級生である令嬢を心配してくれているようで、肩を落としたセイン。ネズミの姿を見て思い出した令嬢は、やはり私のことだと推測できた。


 ……セイン殿下は、お優しい方。私のことまで気にしてくださっていたなんて。いつも、お声をかけてくださっていたもの。アンダルト様とのことで悩んでいたときにも、どんなときでも。


 人間の私も、この国では珍しい白髪に赤い目をしている。元々は隣国の没落した公爵家の血筋で、隣国でも珍しいらしいのだが、同じ容姿の祖母から隔世遺伝したのが私である。ネズミになった今も、体毛は白く赤い目をしていた。


「私はここです、リーリヤはここにいます!」とセインに言えればよかったのだろうか? 話すことすら出来ない私は、セインが机においていた手にそっと触れ、見上げる。


「ちゅう……(セイン殿下……)」

「友人のことを心配してくれているのかい? 優しいね、ありがとう」

「ちゅうちゅちゅちゅちゅう(私のことは、気に病まないでください)」

「うん、そうだ。やっぱり……君は、あの令嬢にとてもよく似ている。君のように優しい彼女、僕の想い人なんだけど……彼女には僕の親友であるアンダルトという婚約者がすでにいるんだ。僕のこの想いは、誰にも言ってはいけない。君にだけ打ち明けるよ。

 ……リーリヤ。小さな君の名前は、これからリーリヤだ。さっきの話は二人だけの秘密だよ?」

「ちゅう!(セイン殿下!)」


 …………セイン殿下は、私のことを?


 胸がバクバクとして、この小さな体は破裂してしまうのではないかと思えるくらい体中が脈打っている。体温も急上昇していき体中が熱い。思いがけず、セインの気持ちを知ることになり、動揺を隠すことができなかった。

 小さな手を頬にあて、ふるふるとすると、「可愛い子だ、リーリヤ」と、今まで以上に優しく甘く聞こえる声が頭の上から降ってきて、とうとう私の許容を越えた。

 頭からぼふっと煙が出そうなくらい恥ずかしく、その場にペタリと座り込み、コテンと寝転がってしまう。令嬢としてあるまじき行為である。

 寝転んでしまった私の頬をフニフニとつついてくるセイン。


「リーリヤ、いずれ紹介をしたい人がいるんだ。さすがに、君にその名を与えたことがわかると、怒る人も出てくるから、本当の名前は二人だけの秘密にしよう。これからは、リアと呼ぶよ」

「ちゅう(わかりました)」

「いい子だ。なんだか、重い話になっちゃったかな? リア、聞いてくれてありがとう」


 タオルの上で転がっている私を見て、クスっと優しく笑う。セインの心に秘めていた想いを聞き驚き動揺した。人間の私だったら、きっと赤面してしまっていただろう。いや、人間だったら、セインの秘めた想いは、一生聞くことが出来なかっただろう。

 ネズミになったことが、悪いことばかりとは限らないのかもしれないと、優しく微笑んでいるセインを寝転びながら見上げた。

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