第15話 セインの申出

 セインのことは、全てではないが、学園でのことや街での噂、人となりなら知っている。

 物静かで優しく、人を叱責する姿など見たこともないほど、穏やかな方だ。この穏やかさとは別に、剣術や武術なども長けているにも関わらず、思慮深いから無用な暴力的な争いは起こさない。そのうえ、年若いにも関わらず、外交上手とも言われていて、他国の外相たちをたじたじにさせたこともあると聞きおよんでいる。


 この国の第一王子であり、先日、十八歳となり王太子となったばかりで、もう少ししたら、他国から王女を妃として迎えるのではないかと噂されていた。

 まさに、『理想の王子様』なセインは、みなに優しく、ときに強く、とても賢い。

 国民にもとても人気があり、次期国王としての信頼も厚い。もちろん、自国の令嬢たちも、セインのことは遠巻きにみなが憧れていた。

 どこかの公爵令息にも見習って欲しいくらい、素敵な方だ。私には、婚約者としてアンダルトがいたため、王子の婚約者候補に名をあげたことはないが、『候補』に名があがることが、令嬢たちの誉であり、夢であり、憧れであった。


 ……そういえば、夜会では、セイン殿下とダンスをする名誉をみなが狙っていたわね。私の周りでも、セイン殿下に憧れている令嬢はたくさん知っているわ。年若いセイン殿下ではあるけど、この国の貴族たちの頂点に立つにふさわしい方ですもの。


 1年前、夜会で一度だけ、ダンスに誘われたことがあった。セインが悩みに悩んで声をかけてくれていることは感じていたが、アンダルトの手前、私はむやみやたらと他の男性とのダンスは控えるようにしていた。

 セインは、国の外交で必要な相手以外、自身から誰かをダンスに誘うことはしない。セインから初めて誘ったといってもいい、ダンスの相手に私は選ばれたのだが、今思えば申し訳ないことをした。

 アンダルトに「セイン様のお誘いなのだから、行って来たらいい」と後押しまでされ、そのことに不満を覚えながらセインと踊ったのだ。そのときも、私の気持ちに気付き、ダンスに誘ったことを謝ってくれた優しい方だった。


 さっきまでお互いに気まずい雰囲気になっていたが、セインのことをいろいろと考えていたら、指を差し出される。その人差し指をギュっと両手で握ると、嬉しそうに目を細め、優しく微笑んだ。


「しっぽが、元気なくなっちゃった……ごめんね。もし、君がこのあと、どこにも帰るところがないなら、ここに住んでもいいよ! 僕は、昼間は学園に行くからいないけど、夜はずっといるから」

「ちゅちゅちゅちゅ! ちゅう? ちゅちゅちゅちゅちゅう? (もちろん知っております! えっ? ここに住まわせていただけるのですか?)」


 突然の申し出にとても驚いた。ただ、屋敷へ帰るにも、この姿で帰って、果たして娘のリーリヤとして両親は迎え入れてくれるだろうか? こんな姿になった説明もできないし、セインのように私とこのような時間を作ってくれる保証はどこにもない。

 先程のメイドのこともあり、不安に思っていたときだったので、セインの申し出に嬉しくなる。


 ……普通のネズミとは違う私を受け入れてくれたのですか? ……私、ここにいてもいいのかな? 屋敷に帰りたいけど、帰るのも怖くて不安だったから。


 俯いていた顔を見上げると、セインと目があった。心配そうに私を見つめ返してくれている。  

 セインに私からの言葉は伝わらないとしても、長年の令嬢として癖が抜けず、「ありがとう」と「お願いします」を仕草で伝えられないかと考え、ペコリと頭を下げ、申し出を受けることを示してみた。


「うーん、その仕草は……ここに住むってことでいいのかな?」


 私の仕草を見て、ひとつひとつの意味を考えてくれているようで、じっと観察をしながら、確認を取ってくれる。コクコクと頷くと、セインは「そうか」と呟き、優しく微笑んだ。

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