第14話 王太子セインが

「さぁ、出ておいで。可愛らしいお客さん。僕の部屋にきたから、もう大丈夫」


 ポケットの中から、優しい手つきで外に出された。机の上には、すでに私が座るようにとタオルが敷かれており、そこに私を降ろしてくれる。

 ポケットの中で揺れたせいか、降ろされたとき、少し目を回しポテンと尻餅をついてしまう。頭を振りのそのタオルの上で立ち上がった。居住まいを整え、私はいつもの癖で、セインに淑女の礼を執る。


「驚いたっ! 見た目は、うん、ネズミなんだけど……それは、令嬢たちの挨拶……淑女の礼だね? こんなことができるネズミがいるとは。初めて出会ったよ。ということは……君は女の子なのかな? なんてね?」


 王子であるセインにネズミである私がまさか話しかけられるなんて思ってもおらず、さらに人間であったときと変わらず、優しく笑いかけてくれることに感動した。

 それと同時に、今の私は、害獣とされるネズミなのだ。いくら人間のように取り繕ったとしても、メイドたちの反応が正しく、セインの反応にとても驚きと戸惑いを感じてしまう。

 ただ、私がネズミであることを一瞬忘れていたため、きょとんとしてしまったが、令嬢だった私と変わらない対応に嬉しくなり、思わずセインに手を伸ばした。


「ちゅう、ちゅちゅちゅちゅちゅう!(セイン殿下、侯爵家のリーリヤです!)」


 興奮したあまり、はしたないと思いつつ、ぴょこぴょこと跳ねてしまう。一刻も早く、両親の元へ帰りたいと願う私は、セインに自身のことが伝わるのではないかと、淡い期待を込めてしまった。


「んーなんだろう? 君が僕に何か伝えたいことがあるのは、わかるんだけど、……ごめんね、僕には、君の話していることは、わからないんだ。動きからして、嬉しそうにしている? くらいはわかるかな?」


 セインが申し訳なさそうに謝ってくれるのが、かえって私の心を曇らせた。当たり前のことだが、現実を目の当たりにしてしまったのだ。


 ……言葉、セイン殿下にも通じないのね。当然と言えば、当然よね。昨日、エリーゼ嬢もそう言っていたじゃない。セイン殿下にだけ伝わったら変だもの。


 私は、肩を落とし、項垂れてしまう。期待していた分、力なく、その場に座り込んでしまった。


「……さっきから感じていたんだけど、僕の話している言葉が、君はわかるの?」


 質問されたので、上をむく。セインと目があった。その視線が、私を捉えて不思議なもの、未知のものをみている、そういうものであった。


「ちゅう? (どうしてですか?)」


 いつものように頬に手をあてコテンと小首を傾げてみる。ネズミになったとしても、人間だったときの習慣が無くなるわけではない。無意識にしているのだから。


「淑女の礼もだけど、それ……。君は、人間のような仕草をするんだね……? 無意識にしている仕草なのかなぁ? でも、それって、おかしなことだ。人間の、それも貴族階級の令嬢がするような仕草。ネズミの君が、できるものなの?

 ……僕が、疲れているのかなぁ? こんなこと考えるなんて普通じゃない気がするけど……。少し混乱してきたよ。今日は、学園でもいろいろと騒ぎがあったからね……変なことを言って、ごめんね」


 私を見て、とても驚いたような困ったような表情をしている。セインに言われてわかるように、普通のネズミは淑女の礼も頬に手をあて小首を傾げたりもしない。

 ネズミが初対面の人間に懐くなんて、まず、ありえないことだろう。人間の姿をみただけで、さっきの私のように逃げ回るというのが、生きるための本能なのだ。

 落ち着いて、セインの話を聞いていること自体、すでにおかしな現象であることに変わりない。


 リーリヤだとわかってほしい気持ちと、セインを混乱させてしまっている私。自身も戸惑っているのだから、セインに渡せる答えを持ち合わせていなかった。

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