第13話 絶体絶命から

「ちゅちゅちゅちゅ……(あいたたた……)」


 ぶつかった拍子に尻餅をつき、立ち上がってお尻を短い手で撫でようとして伸ばす。手が届かず、狼狽えているとひょいっと首根っこを摘まれ、誰かの手のひらの上に乗せられた。


 ……えっ? 何?


 突然の出来事に身動きができずにいると、メイドたちの私を探し回る足音と声が近づいてきているのか、聞こえてくる。


「あのネズミ、どこへいったの?」

「小さいのにすばしっこいわね!」

「まだ、この辺りにいるはずよっ! 探してっ!」


 私を探しているメイドたちの声がだんだん近づいてきて、恐怖で震えてしまう。今、誰かわからないが、すでに捕まっているのだ。このまま、メイドに引き渡されないかと怖くなり、逃げようとするも、恐怖で腰が抜けてしまったようにへたりと座りこんでしまう。オロオロとするだけで、身動きもできない私は駆除される覚悟をするしかなかない。

 メイドたちがさらに近づいてきているのだろう。私を手のひらに乗せている主にも、その恐怖の足音が聞こえたようだった。


「……少しの間、静かにしていてね? 匿ってあげるから」

「ちゅう?(何?)」


 突然の申し出で何を言われたのかわからずにいると、そっとジャケットのポケットに私を入れて、しぃーっと指を立てる仕草をする男性。ポケットから見上げた私からは、顔全体は見えず、口元だけが見えた。言われたとおり、ポケットの中で大人しくじっとしている。安らぐ香りに包まれ、少しだけ安心してしまった。王宮に来てからは追いかけられ、いつ捕まるかわからないと神経を削り、走り疲れたので、ポテリとポケットの底で座り込む。


「殿下よっ!」

「本当だわ!」

「あっ、ほら、それ隠して! 早くっ!」


 メイドたちが慌てた声をあげ、何やらソワソワしている雰囲気がこちらにも伝わってくる。


 ……さっきまでの殺気がきれいに消えたわね。それにしても、追いかけられて怖かった。まだ、心臓がバクバクと脈打っているわ。


 震える手をギュっと握って恐怖を誤魔化す。この男性は、私をメイドたちに渡すつもりはないのかもしれないが、この場を過ぎてみないとわからない。ポケットの中、いつでも逃げられるようにと、警戒して会話に耳を傾けながら、一息入れる。


「いったい、そんなに慌ててどうしたんだい? 乙女たちがそんなものを振り回して。他の人に当たったら、危ないよ?」

「……いえ、その、ネズミを追いかけていて……」

「……その、み、見かけませんでしたでしょうか? ネズミ、そう! 白いネズミを」

「……うーん、そうだね? 僕は向こうから歩いてきたけど、見かけてないかな。小さなネズミだから、きっとどこかへ隠れてしまったんじゃないかな?」


 優しくメイドたちに話しかける『殿下』。そのポケットに入れられた手に、私はギュっとしがみつき、メイドたちが立ち去ってくれるのをジッと待つ。


 ……私、さっきまで、絶体絶命だったのに、『殿下』がこんな私を守ってくださった?


 メイドたちを諭すような優しい声に聞き覚えがあった。元気のないとき、声をかけてくれた声の持ち主と同じだろう。


「……メイドたちは、もう向こうへ君を探しに行ったから、僕たちも行こうか?」


 小声でかけられた声にホッとして、しがみついていた手から離れていたら、ポケットが上下に揺れ始める。どこかへ移動しているのだろう。揺れるので、ポケットの中でコロコロと転げ回った。目が回りそうだったので、ポケットに入れっぱなしにしてくれる指に、再びしっかりとしがみつく。


 ……メイドたちがさっき、『殿下』と言っていたわ。優しい声音にこの香り、セイン殿下かしら?


 一旦揺れがおさまり、また揺れ始める。何かを片手で漁ったあと、椅子に座ったようだ。ずっとポケットに手を入れてくれたおかげで、私はしがみつくことができ、揺れに耐えれていた。

 それでも、揺れがなくなったことに安堵をしたことは、体の力の入れ具合からもわかった。

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