第11話 眩しい朝、新しい生活
予想以上に走り疲れていたのだろう。硬い石の上でもぐっすり眠っていたようで、朝日が顔に当たったところで目が覚めた。
「……ちゅう(……眩しい)」
直接、日が当たったので眩しいと目を擦りながら起き、いつものように侍女を呼ぶ。
「ちゅう、ちゅう!(誰か、誰か!)」
寝ぼけていたらしく、自身の聞き慣れない声に驚き、まだ眠っていた頭が飛び起きた。
「ちゅっ? ……ちゅうちゅ、ちゅうちゅう……(何っ? ……そうだった、ネズミなんだ……)」
昨夜の願いも叶わず、目が覚めてもネズミのままだったことに肩を落とす。
……人間には戻れなかったのね。こればっかりは、どうなるかわからないし、仕方がないわ。何日かかっても、屋敷を……。
むくりと起き上がり、体をほぐすように伸ばしたり捻ったりする。お尻から垂れ下がっている尻尾を掴んで、何とも言えない気持ちがくすぶってきた。
……それにしても、体が全然痛くないわ。そういうふうに、この体は出来ているのかしら?
伸ばしたからか、ぐぅ……と、お腹で音が鳴る。昨日のお昼から何も食べていないことに気が付き、意識をすると急にお腹がすいてしまう。
私のお腹が素直なことに、ため息をついた。いつもなら、この時間は学園へ向かう準備のため、朝食を用意してもらっているころだ。
……ネズミになっても、お腹はすくのね。こんなに小さいのに生き物ですもの。仕方がないことね。何か……食べ物は。
短い手で、お腹のあたりをさすり、周りを見渡す。食べれそうなものはなく、そうなると余計にお腹がすいた。ぐぅと音がなりそうなお腹を満たすにはと考えていると、ぴくぴくと動かしていた耳に水の流れる音が聞こえてくる。そちらに駆けていくと『飲み水』と書かれた看板が目に入り、石で造られた水飲み場がある。駆けあがってり、さっそく、手で水をすくおうとした。ぐぅーっと伸ばしても、腕が短すぎてうまく水がすくえない。
……今の私は、令嬢じゃない。貴族の令嬢じゃないのよ! リーリヤじゃない! ただのネズミ……。ただのネズミよ! 誰も見ていない! いくのよ、リーリヤ!
水飲み場に落ちないよう小さな手で体を支え、顔を水場に突っ込んだ。まだ、ネズミの体に慣れておらず、勢いよく顔ごと……、体の半分以上をバシャンと溜まった水の中に入ってしまう。
……うぐん……く、苦しい……! 溺れるっ!
手が滑ってしまい、慌てて腹ばいになり、水の中へ完全に落ちることだけは避けた。さすがに水泳は習っていなかったので、落ちれば危ないところだった。
……し、失敗。死ぬところだった。もぅっ! 体の感覚がわからないわ! ここではダメね。今度こそ、水の中に落ちてしまいそうよ。
周りを見渡し、今度は、水が落ちてきているところへ向かう。そこなら、溺れる心配はないだろう。
……はしたないと言われるかもしれないけど、私、ここから直接、お水を飲むわ! いい、リーリヤ。私はネズミ、ただのネズミよ! いくのよ、リーリヤ!
口を直接持っていき、落ちてくる水を飲む。今度は上手に飲め、ゴクゴクと際限なく飲んでいく。空腹であったこと、久方の水は乾いた体中にしみわたっていくようだ。
腹の中でちゃぷんと音が聞こえてきそうなくらいたくさんの水をゴクゴクと飲んだ。空腹だった腹が水で満たされ、空腹を誤魔化した。
……お水って、こんなにおいしいものなのね! いつも何気なく汲んでもらっていたけど、知らなかったわ。
膨らんだお腹をさすりながら、ゆっくり歩く。あまり早く駆けると、前後に揺られ、口から水が出てきそうだ。
体の半分が最初の失敗で水に浸かったことと水しぶきで水浸しになった体。水飲み場から少しだけ離れた場所で、体をブルブルっと震えさせると、さっきまでついていた水滴が全て落ちる。朝日を浴び、濡れた体はキラキラと光っていたが、少しの時間で乾いてしまった。
……水を飲んだだけでもわかる。私の今までの生活がどれほど恵まれていたものだったか。
眩しい朝、侯爵令嬢では体験できないことばかりで初めて知ることが多い一日の始まりとなった。
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