第10話 一変した世界Ⅱ
周りを見渡すと、何もかもが大きく圧倒される。手のひらに収まっていた花でさえ、今は自身の体より大きく、花びらでさえ顔と同じくらいあった。
……私、本当に小さくなってしまったのね。ネズミですもの、当然よね。
自身の姿を確認したことで、納得した気持ちもある。一方で、これからのことを考えくじけそうな気持ちをぐっと堪え、向かう先へと前を向く。辛く悲しく涙をこぼそうにも、ネズミの体では、出ないのだろう。伝うものは何もない。その代わりに、後ろでしっぽが元気なく垂れさがっていた。
周りを確認しながら、ゆっくり歩き……駆け出す。目指すは、両親が私の帰りを待っている屋敷に向かって。
駆けては、場所の確認のため立ち止まるを何度も繰り返していた。一向に並走していた花壇の切れ目がなく、前へ進んでいないような錯覚に陥った。
……エリーゼに呼び出されたのは、学園の中庭。それなら、そろそろ入口があるはずなんだけど、まだ、見当たらないわ。
空を見上げ、瞬く星で方角を確認しながら、行先の当たりをつけていく。北を探しながら、少しずつ進む。
……もしものときにと思って、勉強しておいてよかったわ。アンダルト様は、護衛もいるし、貴族が遭難することなんてまずないから、必要ないって言ったけど、星の位置で、向かう先がわかれば、怖くないわ。
何時間も駆けてはいるが、ネズミになった私では、どれほど駆けていっても、いまだに中庭の入口へ辿り着けない。
……人間の1歩と今の私の1歩では、進む距離が全く違うのね。体感的には、結構、駆けたはずなのに、まだ、着ていたドレスが見えるわ。
後ろを振り向き、どれほど進んだのか確認したのだが、しない方がよかったらしい。着ていたドレスが遠くにだが見える。ため息を吐き、前を向いて、また、駆け始めた。
どれほど駆けただろう。ネズミになって小さくなった体ではあるが、体力はあるようで、中庭を抜けてからも走り続けた。やっと学園の正門が見えてきたとき、少しだけホッとした。
学園の通路は、補習などで日が暮れてから帰る学生もいるため、外灯がたくさんついている。足元は明るく怖くもなかったが、正門の先は、街灯の間隔広く、道はほんのりと明かりがあるだけで、ほとんど真っ暗だった。そんな道へ一歩踏み出した。
……暗くて、怖いわ。でも、屋敷に帰らないと……きっと、お父様とお母様が帰らない私を探してくれているはずよ。
もちろん、これほど暗い道を一人で歩いたことがない。暗闇に足が竦んでしまい、立ち止まってしまった。先が見えない恐怖に押しつぶされそうになるも、両親のことを想う。暗い道を睨みつけ、決心新たに石畳の道路へと飛び出した。
ただ、両親が待ってくれている屋敷までは、学園からは果てしなく遠い。
馬車を使っても学園までは20分ほどかかるのだ。ネズミの足で帰ろうものなら、どれほどの時間が必要になるのかと途方にくれる。
月が出ていないので、時間の感覚がわからず、体感でだいたい真夜中なのではないかと考えた。
……いつもなら、もうベッドで休む時間かしら?
夕方、中庭に呼び出された以降、ここまで駆け続け、さすがに疲れた。まだ見えぬ屋敷に思いを馳せても、近くにあるわけでもなく、ネズミになったことすら夢であってほしいと疲れからか気弱になる。
「ちゅう、ちゅちゅちゅちゅう……(明日、元に戻れていたらいいのに……)」
店の軒先の隙間に身を寄せ、座り込む。ピンクの小さな手を見てため息をついた。疲れているのだろう。座ったとたん、倒れ込むように身を丸めて眠ろうとする。
……令嬢だったら、こんなこと、許されないわね。硬い石の上でも、眠れるだけよかった。今日はもうこれ以上は進めないわ。とても疲れて……。
瞼を綴じた瞬間に深い眠りにつき、まるで意識を失うかのようだった。
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