第5話 二人の婚約は
そもそも、アンダルトと私の婚約は、アンダルトの実家である公爵家と私の実家である侯爵家の二代前の嫁取りに関係する。
両家の祖父が若かりしころ、一人の令嬢に恋をした。その令嬢は、見目麗しく、文に長け、とても素敵な方だったそうだ。
その令嬢はもちろん、学園で引く手あまた。その中でも、アンダルトの祖父と私の祖父が言い寄っては、すげなくあしらわれていたらしい。
令嬢も年頃であったため、結婚相手を探さなければならなかった。ただ、身分を偽って伯爵令嬢として学園へ通っていたため、なかなか婚約が進まなかった。諦めなかった祖父たちに呆れ、それほど求めてくれるならばと令嬢は二人に身分を明かしたらしい。「そのうえでも私を選んでくれるのであれば、あなたたちのどちらかに嫁ぎます」と折れた。
この令嬢の本当の身分は、隣国で没落した公爵令嬢。その首には、いくばくかの賞金がかけられていた。
子細は教えられていないが、普通に考えれば上位貴族である祖父たちのどちらも、令嬢とは結婚をしないだろう。貴族は面倒事を嫌うきらいがあるのだから。
両親を説得し、その令嬢を娶ったのは、私の祖父であった。何をかくそう、その令嬢とは私の祖母だ。
当時、祖父たちも友人同士だった。祖父が令嬢との婚約をするにあたり、三人で密約を交わしたらしい。令嬢との結婚が叶わなかったアンダルトの祖父は、自身の子らが将来結婚すると約束をしてほしいと願い出た。
その願いは、叶わなかった。生まれた子は、二家とも男子ばかり。それならば、孫の代までの約束事となり、公爵家のアンダルト、侯爵家の私、生まれる前から婚約が成立したのだ。
◇◆◇
私が初めてアンダルトを紹介されたのは、五歳のとき。父に手をひかれ、公爵家へ向かったことは、昨日のことのように覚えている。
「リア、あの方が婚約者のアンダルト様だ。ご挨拶を」
人見知りをする私は、父の後ろに隠れて、アンダルトを覗き見る。アンダルトは、公爵の隣に堂々と立ち、興味深そうにこちらを見て、優しい笑みを浮かべていた。
「君が、リーリヤか」
「……はい、アンダルト様」
「あぁ、よろしくなっ!」
笑顔で握手を求めてきたので、父の顔を見上げる。頷いた父を見て、隠れていたところから一歩前へと踏み出し、握手をしようとした。差し出した手をグイっと引かれ驚く。
「ひゃあぁ! ……」
「アンダルトっ! 女性をそのように扱ってはいかぬと何度も申したであろう?」
「……父上。リーリヤが」
「リーリヤ嬢が悪いわけではない。力加減ができないアンダルトが悪いのだ! 気をつけなさい。弟たちと違って、か弱いのだから」
公爵に諭されるアンダルトは小さく「はい」と返事をして、こちらを見た。叱られたことより、私が怯えていることの方が、ショックだったようで、さっきまでの元気なアンダルトではなかった。
「リーリヤ嬢にいうことがあるだろう? アンダルト」
「はい、父上。リーリヤ、引っ張ってすまなかった」
繋がれていた手をもう一度優しく握り返し、謝るアンダルトに許しを込めて微笑んだ。
「アンダルト様、驚きましたけど、大丈夫です。えと……よ、よろしくお願いします!」
右手は握られているので、左手でスカートをつまみ、挨拶をする。母から教えられた礼儀は、きちんとするよう、ここへ来るまでに何度も父にも言われた。
我が家より上位貴族。王家の次に位が高いと教えられれば、でしゃばることは決してしないようにと躾けられている。
「それにしても、リーリヤ嬢はとても可愛らしい。珍しい白髪に赤い瞳とは……」
「祖母から受け継いだものとなりますゆえ」
「あぁ、確かに……父もよく懐かしむように言っていた。輝くような白い髪にルビーのような赤い瞳と」
「私は母がそうでしたからね」
「そうだ、そうだった。うちの父は、侯爵の母君のことを好いていたからな。侯爵、月に1度は、リーリヤ嬢の顔をみたい。うちは男ばかりの兄弟だからね。可愛いお嬢さんが我が家に来ることを、妻と楽しみにしていたんだよ」
初めての顔合わせの日は、父たちの話を聞いていた。これから、私たちが学園を卒業するまでの間、婚約者としての取り決めや、私が公爵夫人になるための日々の暮らし方について話し合っている。
公爵は私のことをとても気に入ったのだと、屋敷に帰ってから父から聞いた。
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