第6話 二人の婚約はⅡ

「リア、おじい様たちの約束した結婚がやっと叶う。リアを公爵家へ嫁がせるのは辛いが、あの方の子息であれば、十分おまえを大切にしてくれるだろう。誠心誠意、公爵となるアンダルト様をお支えするのだぞ?」

「はい、お父様。私ができることは、何でも頑張ります!」

「いい子だ。我が家のことは、気にしなくていいからな」


 私が女の子に生まれた瞬間、父の弟であるおじの子を父の養子として迎えることが決まっていた。一つ年上の従兄が、侯爵家を継ぐことになるので、私は結婚し家を出るまでの間、我が家では両親にめいっぱい甘えて過ごすことを許されている。


 ただ、公爵家への輿入れが決まっているので、普通の令嬢たちに比べ、礼儀作法や社交において身の置き方など、とても厳しく育てられることとなった。王女の専属教師が、公爵家からあてがわれ、公爵夫人に相応しい令嬢になることを求められる。

 お茶会へ参加したとき、私が他の令嬢と違い、とても厳しい淑女教育を受けていることを初めて知ったとき、父に抱きつき涙を零したこともあった。

 アンダルトに従順な公爵家の女主人の顔を作るために、私があてがわれたのではないかと疑うようになったのは婚約発表の前だ。


「いいですか? リア。今は苦しいですが、必ずアンダルト様のお側で、誰よりも美しい華となりましょう」


 母に諭され、辛くても、苦しくても、逃げ出したくても……決まっている婚約、結婚からは逃れられる運命ではない私は一途に頑張った。それしか、道がなかったから。

 年々厳しくなる淑女教育。心の底では嫌だったが、アンダルトと公爵家の将来のためと少しずつ淑女としての嗜みを身につけていき、成長していく喜びはあった。


 顔合わせの翌月から、約束通り、月に1度のお茶会。

 アンダルトは出会ってから、私にとても優しかった。ただ、興味のない話や不機嫌な日もあり、どうすれば機嫌取りができるのかを考えるときもあった。

 慣れてくれば、剣の稽古の話や好きなもの興味あるものに話を誘導すると、とても楽しそうに話してくれ、その顔を見つめながら話を聞くことが私も嬉しく感じる。


 アンダルトとの関係も私の努力一つで、良好なものとなってく。このまま、学園を卒業して、輿入れをし、次期公爵のアンダルトを支えていくのだろう。

 疑わずに信じて、ひかれた道をただひたすら真っすぐ歩いて行く。


 十歳になったとき、公爵家令息であるアンダルトの婚約は新聞の紙面をにぎわす。王家の縁者である家の嫡男婚約は、国にとっても慶事として扱われるからだ。

 そのおかげか、公爵家へ嫁ぐ身として、ますます厳しく世間には見られ、同世代の女の子たちからは妬まれる。長年の淑女教育のおかげで、笑顔ひとつ振りまけば、誰も何も言えなくなり、直接何かを言われることはなかった。小さな頃からコツコツと人脈を作り、よい友人たちを側に置いていたのも、私の心が救われる要因だ。



 ◇◆◇



「アンダルト様は、私との婚約は嫌ではないのですか?」


 学園に入る前、二人だけのお茶会で聞いたことがある。私からの質問は珍しかったからか、アンダルトがとても驚いていたことは忘れない。


「じいさんたちが決めたことでも、どのみち上級貴族との婚約は必須。それなら、幼い頃から一緒にいてくれたリーリヤが側にいてくれた方が俺は嬉しいよ。セイン様もリーリヤが婚約者だっていうと、羨ましがるくらいだ。美人で優しいうえに、完璧な淑女。その微笑みは、みなを虜にするくらいだ。俺の心を丸ごと包み込んでくれるくらい優しいリーリヤ。俺には、出来すぎぐらいの婚約者だよ」

「本当にそう思っていますか?」

「あぁ、思っているさ。自慢の婚約者だと」


 そういって笑うアンダルトの言葉を私は信じて、これからも側で頑張ろうと決意した。

 たとえ、生まれる前から決まっていた婚約だとしても、私がアンダルトの側で公爵となるこの人を支えたい、意思を持って決めたのだ。


 それから八年。


 たくさんの苦難の末、あと数ヶ月でアンダルトとの婚姻となる、まさに直前の出来事であった。

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