第4話 アンダルトとリーリヤⅡ
「……アンダルト様?」
「次、移動教室だろ? 早く行かないと間に合わないぞ?」
「……そうですね。参りましょう、アンダルト様」
セインの側を離れ、私はアンダルトの隣に並び立つ。その様子を見ていたセインの顔がより一層、寂しげな表情になったのは一瞬のことで、私は気のせいだと思った。
「セイン殿下も、早く参りましょう。授業に遅れてしまいます」
「……あぁ、そうだな」
アンダルトにエスコートをされながら歩く。隣を歩いても、言葉を探すだけで何も言えず、微笑むことしかできない。
……さっきの女生徒は誰ですか? 抱き合っていたのは、何故ですか? とても、楽しそうでしたね?
横顔をチラリと見上げてみても、こちらに関心がないのか、見てもくれない。悔しいような寂しいような何とも言えない気持ちを心のうちに押し込め、楽しげに話すアンダルトのお忍びの話に微笑みながら頷いた。
「あぁ、そうだった。今度のお茶会の日は、リーリヤの卒業式のドレスの話をすると母上が張り切っていた。俺のものと合わせるそうだ。どんなものがいいか、考えておいてくれ。俺は、ドレスに全く興味がないからな。好きなようにしてくれてかまわない」
「さぁ、ついた」と、私を入口に置いて、一人教室の中へ入って行く。振り向きもしない婚約者をただ、見つめることしかできない。
……卒業式のドレス、一緒に選んではくださらないのですか? アンダルト様が公爵になるための儀式でもあるのですけど。
アンダルトの遠くなっていく背中を廊下から静かに見つめていた。
「リーリヤ嬢?」
「申し訳ありません。扉の前に立つだけでなく、セイン殿下に後ろを歩かせてしまい」
「いや、それはいいんだ。ここでは、僕もただの生徒だからね。それより、アンダルトとうまくいっていないの?」
「……そういうわけではありません。ご心配をおかけしました。始業の鐘がなりましたので、セイン殿下も早く席に」
私とセインが二人で教室へ入ると、すでにアンダルトは自席に座り、令息たちと談笑をしている。笑い声が耳につき、苛立つ自身にも腹を立てる。
……何が楽しいのかしら?
荒んだ心でアンダルトを見て、ため息が漏れそうになる。セインが近くにいるのを意識し、我慢して、自席へと急ぐ。
授業が始まり、後ろの席からアンダルトを観察していた。学園に入ってから、急激に背丈が伸び、誰とでも話をする気さくな性格もあってか、セインと二分する人気ものとなった。
令嬢たちにチヤホヤされているのを見ては窘めてみたが、私の言葉はアンダルトには届いていないようだ。
授業中で誰も聞いていないことをいいことにため息をつく。
……どうすれば、現公爵様であるお義父様がアンダルト様を真に次期公爵と認めてくれるのだろう? 嫡男なのだから、次期公爵になるのは当たり前だと高を括っているアンダルト様をどうすればその地位に押し上げられるのかしら?
ここ最近、ずっと考えている課題であった。将来の義父である現公爵から秘密裏に呼び出されたのは、つい先日。アンダルトの手綱をしっかり捕まえておくようにと釘を刺されたばかりだった。
学園に入ってから、アンダルトにあまりいい噂を聞かなくなったせいだろうが、そういうときは、だいたい私を遠ざけていることが多い。
義父は、それを知ってもなお、私にアンダルトを真っ当な道を歩むようにと無理難題を言ってくるのだ。
……今、話していたお忍びも、誰か他の女性と出かけていたのでしょうね。
幼い頃からアンダルトのことは見てきたのだ。嘘は私に通用しないし、楽しかったと言った言葉は、その顔を見れば本心であることもわかる。
加えて、最近耳にする男爵令嬢との関係も義父の耳には入っているのかもしれない。
……アンダルト様との婚約、お義父様にはこのままだったら白紙にしたいと申し込まれているのですけど、アンダルト様はご存じなのかしら? それとも、私がアンダルト様から離れて行かないという絶対の自信があるのでしょうか? 私のことなど、今はどうでもいいのかしら?
弟君との婚約話が内密に持ち上がっていること……きっと、知らないのでしょうね。
男爵令嬢に夢中なのはいいですけど、少しはご自身の身を考えてくださればいいのに。
はぁ……と大きなため息をついたとき、終業の鐘がなる。私は立ち上がり、帰る支度をするため、教室へと向かった。
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