公爵令息アンダルトと侯爵令嬢リーリヤ
第3話 アンダルトとリーリヤ
春の暖かい日差しに誘われるように学園内の移動教室で一人、外階段を降りていくと、中庭でアンダルトの姿を見つけ、声をかけようと近づく。
「アンダ……」
呼びかけた私の目に入ってきたものが信じられず、その場で凍り付く。
私という婚約者がいるにも関わらず、アンダルトが他の女生徒と抱き合い、楽しげに笑いあっているところであった。幸い目撃したのは、私一人だったので、周りを確認したのち、そのまま声をかけず、目を背けその場を逃げるように去る。
そんな惨めな気持ちを抱え逃げた私を追いかけてくるように、アンダルトに甘える声が聞こえてきて、耳を塞ぎたくなった。
中庭から離れるために令嬢らしく最初は歩いていたが、あの場から少しでも早く離れたく、だんだん早足になり、持っていた教科書を握りしめ、ついに廊下を走り出した。
……アンダルト様。どうして、どうしてですか……?
目に溜まる涙を堪え、俯きながら逃げるように走った先で、どんっと誰かにぶつかった。勢いよくぶつかったので、私は後ろに倒れそうになったのだが、その誰かが優しく抱きとめてくれたおかげで、見苦しく転ぶことはなかった。
「……大変申し訳ありません。急いでいて前を見ていなかったので。あの、お許しくださいませ!」
誰にも見られたくない醜態。顔もあげず、絞り出すように平静さを装い、ぶつかった相手に謝った。優しい香りとともに、とても私を心配してくれているような声がして上を向く。
「……大丈夫かい? リーリヤ嬢。どこか、ケガなんてないかな?」
「……セイン、殿下?」
「あぁ、そうだが、……リーリヤ嬢、何かあったのか? 顔色がよくない」
「……いえ、何でもありません。あの、それより、ぶつかってしまって、本当に申し訳ございません。あの、前を見ていなくて……その……」
「いいよ、そんなことくらい」
ぶつかったことで、溜まっていた涙が零れてしまったのだろう。ハンカチを取り出し、目元を優しく拭ってくれた。その手のぬくもりに優しさを感じ、涙が溢れてくる。
「……ありがとうございます。セイン殿下」
涙を見られたことが恥ずかしく、もごもごとお礼を言うと、「どういたしまして」と微笑み「大丈夫だ」と頷いてくれる。その優しさにふれ、少しだけ私の口角が上がる。
「それより、本当にリーリヤ嬢は、どこにもケガをしていないかな?」
「重ね重ね、お気遣いいただき、ありがとうございます。セイン殿下のおかげで、どこにもケガはありません」
「なら、よかった。次は移動教室だったね? 大丈夫なら、一緒に向かおうか?」
「……はい」
優しく微笑むセインの後ろを少しだけ距離を取って、戻りたくない元来た廊下を辿っていく。俯いたまま、セインの話に耳を傾けていた。聞き流してもいいようにと取り止めのない会話、優しい声音は、凍り付いた心をゆっくりと温める。セインの声を聞いていると、少しずつ泡立った気持ちも落ち着いいき沈んだ心が救われる。
「そういえば、学園に入ってからも、君たちは毎月のお茶会をしているのかい?」
「えっ?」
「アンダルトとのだよ?」
「……えぇ、していますよ、お茶会。学園に通うようになってから、ほぼ毎日、顔を合わせることになりましたが、次期公爵であるアンダルト様を支えるために私がいますから。アンダルト様のことをもっと知らなくていけません。そのための報告会のようなものです」
「……そうか。四六時中一緒にいるのに、休日まで一緒にいられるなんて羨ましい」
「羨ましいですか? 私は……」
次の言葉は言えずにいた。「アンダルトに会うのが辛い」と。喉元まで出て、グッと飲み込む。
「いや、リーリヤ嬢も大変だね? 次期公爵夫人になるためだとは言え……」
セインが大変だと言った意味がわからず、ふいに上を向く。
……同情、されているのでしょうか? どういう意味があるのですか?
先程とは違い、悲しいような切なげな微笑みに戸惑い、どう答えていいかわからない。立ち止まり、セインを見つめ返していると、聞きなれた声に名を呼ばれたので振り返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます