第2話 まさかの事態? 私……!
セインとアンダルトと教室で別れたあと、足取り重く、手紙で呼び出された中庭へ向かう。秋風が舞うその場には、予想通りの人物が私を待っていた。授業も終わり、帰宅する生徒が多いなか、人気のないところに呼びだしたのは、噂になっている自身とアンダルトとの関係を私に話し、婚約解消をするように話をつけるつもりなのかもしれない。
……一応、配慮はできるのかしら? 男爵令嬢エリーゼって。きっと、アンダルト様との婚約を解消して欲しいという内容で呼び出したのでしょうね。
大勢の前では、とてもじゃないけど、話せないことだもの。
手紙に従うことに躊躇う気持ちもあった。それでも、指定された中庭に来た理由は、エリーゼの意思を確認したかったためである。
……アンダルト様に聞いても、エリーゼ嬢との関係は、はぐらかされるだけですもの。エリーゼ嬢がどういうつもりでいるのか、きちんと聞いて、今後のことをお義父様と話合わないといけないわ。
そもそも、私の世界は、生まれたときから、すでに婚約状態であったアンダルトを中心に出来ている。幼いころから、将来、アンダルトとの婚姻に向け、公爵夫人として、相応しく振る舞えるための教育を受けてきた。『アンダルトの婚約者』、『アンダルトの妻になるもの』として、アンダルトを次期公爵として擁立するための教養だけでなく、公爵家のこれからを支えていくことが私の全てであり、使命であった。決してでしゃばることなく、逆らうことなく、公爵となるものを影から支え、公爵家の未来を守る。それが、生まれた瞬間から私に与えられた『人生』。今まで、『アンダルトの妻となるもの』して、教育を受けてきたにも関わらず、目標を見失うとなると思うと、どうしても足取りは重くなる。
「……遅れてしまいました、エリーゼ嬢」
その背中に声をかけると、「待っていましたわ! リーリヤ様」と振り返った。弾んだ声で、私とは対照的にとても嬉しそうである。
「手紙でこんな場所に呼び出してまで、私に何のご用かしら?」
エリーゼにこちらから問うたにも関わらず、答えようともしない。ただ、その表情は、勝ち誇ったように笑うだけ。不気味に感じ、一歩、二歩と後ろに下がった。
それでも、用件は聞き出さないといけない。エリーゼが望み、アンダルトが望むのであれば、私はこの婚約を解消し、次に決められている婚約へ向かう準備をしなくてはいけなくなるから。
私だけの問題ならまだしも、我が家も含め公爵家の将来にも関わることになる。話し合いの時間も必要だろう。この婚約には昔からの決まりごとがあるとはいえ、すでに何年も前に公表されている婚約だ。解消となった場合、公表するとしても、両家にも段取りが必要であった。
「呼び出したのなら、何の用なのか答えなさい!」
余裕があるのか、より一層笑むエリーゼ。その表情は、不快を通り過ぎて、邪悪な気が漂うようであった。
「リーリヤ様、この機会をずっと待っていたの。侯爵令嬢リーリヤ、とっても目障りなの! アンダルト様の前から消えてしまえっ!」
エリーゼが叫んだ瞬間、目の前がカッと光り、眩しさで咄嗟に手を翳した。
何が起こったか分からなかった。
残光でチカチカする目をうっすら開ける。ぼんやり、周りが見えている程度で、まだ、視力は回復しておらず、パチパチと目を何度か瞬きした。
「……眩しかった。一体、何が起こったの?」
声に出してエリーゼに問うたつもりが、私の耳に聞こえてきたのは、『……ちゅう。ちゅちゅっちゅう?』と聞きなれないもの。
「えっ?」と、耳を疑い、自身の手を見て驚いた。
……これ、人間の手じゃ、ない? どういうこと?
回復したばかりの目にうつったのは、私の知る人の手ではなく、ピンクの小さく短い手であった。
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