2-4
ある日ヘリオスフィアの邸へ遊びに行ったフレックは、顔を合わせるなり馬が見たいと言った。
馬車で移動することを基本とする貴族にとって、馬は最も近しい生き物だった。
その子息とあらば、見上げる馬の大きさは畏怖と敬愛を覚えさせるに十分であった。
ところがフレックは家族により馬に接近することを禁じられていた。
警戒心無しで馬のまわりをうろちょろするに決まっているからだ。
だからフレックはヘリオスフィアにお願いしたのだ。
フレックは覚えてしまったのだ。
甘えてお願いするとヘリオスフィアが大抵のことは叶えてくれるということを。
それは蜜のように甘く酷い中毒性を持ち、フレックを夢中にさせた。
髪を触りたいと言えば触らせてくれた。
ずっと手を繋いでいたいと言えば繋いでくれた。
帰らないでと泣きつけば泊まってくれた。
一緒に寝たいとぐすれば一緒にベッドに入ってくれた。
嫌な顔せずに全部受け止めて叶えてくれる。
だから今日はもっとお願いを言うんだ、とフレックは決めていた。
まずはお馬さんを見る。
次に持ってきた絵本を読んでもらう。
お菓子を食べさせてもらう。
そしてお泊りする。
たくさん、たくさん、お願いを言おうと決めていた。
フレックは、馬を見たいと言うお願いに、勿論良いともと言ってくれたヘリオスフィアと手を繋ぎ厩に向かっていた。
ニューノ公爵家の邸はフレックの邸の倍大きかった。
だから厩へ向かう道程も当然と長かった。
けれどフレックはヘリオスフィアと手を繋いで小道を歩くのがとても楽しかった。
ヘリオスフィアと交流を深めるにあたって、フレックはちょこちょことこの婚約関係というものを家族に教えられた。
ヘリオスフィアに自分という存在が必要だと、こんこんと教えられた。
教えられたがちょっと難しい話が混ざってきて理解出来なかった。
理解出来なかったけれど、フレックにとってヘリオスフィアは特別で大好きな存在になっていた。
大きくなってもずっと一緒に居る。
笑ってるのずっと見たい。
自分だけのヘリオスフィアにしたい!
そういう気持ちは芽生えていた。
まだ、その気持ちを言葉にすることは出来ない。
だってなんだか恥ずかしい。
でもそろそろ言いたい、かも。
ヘリオスフィアはどう思っているのだろうか。
フレックは振り返る。
優しく微笑むヘリオスフィアと目があって、いっぱい嬉しくなった。
「フレック、前を見て歩いてくれ」
「あーい」
やんわり注意されたフレックは木々の向こう側、小屋を見つけた。
「ああ、見えてきた」
ヘリオスフィアの言葉にそれが厩だと分かって、フレックは逸る気持ち抑えきれなくなった。
駆け出そうとしたら「走ったら危ない」とヘリオスフィアが繋いだ手に力を込めてくる。
ぎゅって、されたそれを放すのは嫌だ。
だけど走って見に行きたい。
そうだ、追いかけっこしよう!
ヘリオスフィアに、まてーって、されたい。
「りお!」
「もう少しだからゆっくり歩こう」
「手ぇ、ぱって、開けて」
「手を?痛かったか?」
ヘリオスフィアが少し慌ててフレックの手を握っていた手を広げた。
解放されて自由でちょっと寂しくなったけど、フレックはヘリオスフィアへニコっと笑ってから、駆け出した。
「あ、待って、フレックっ」
追いかけて来てくれてる。
その姿が見たくて後ろを見る。
ヘリオスフィアが走ってる。
その姿をもっと見たい。
フレックは走りにながら、完全に後ろを向いてしまった。
「前を、前を見てくれフレック!」
必死な顔で手を伸ばされて、フレックは飛び跳ねたい気分のまま後ろ向き走り続けてしまった。
だから、石に、躓いた。
そのまま、後ろ向き、背中から、地面へと。
ヘリオスフィアの悲痛な叫び声が。
フレックは、背中と頭から何か砕ける音が聞こえた気がした。
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