第31話 マサヤ

 地球へ降り立ったマサヤと俺はとある街を訪れていた。

「あのときの闇医者から声がかかるとはな」

「そうだね。それもネットを介しての接触。こちらの動きを理解しているようだ」

 マサヤのハッキング技術により、彼の行動は筒抜けと言えただろう。

 戦争が終わって一ヶ月。

 俺とマサヤはかつて闇医者と一緒にいた街に戻ってきていた。

 彼の言葉が本当なら、マサヤをここに連れてきて正解なのだが……。


 この街でも俺たちへ反目する連中もいる。

 暴力で抑え込んだ世界など、所詮は偽りだ。

 戦争を止めることには成功した。

 したが、憎しみを抑えることには失敗している。

 抜け殻のように彷徨う人々も少なくない。

 アンドロイドをハッキングされたことにより、全ての軍用アンドロイドはその動きを完全に止めた。

 量産する工場もろともハッキングの、攻撃用プログラムの標的になっている。

 手を出す者はいないが、視線が痛い。

 彼らは敵と見なしているのだろう。

 一応サブマシンガンは持っているが、それを構えようとするとマサヤが手だけで収める。

 自分たちから攻撃をしかけるのを躊躇っているように思えた。

 しかし、この先には何があるのだろう。

 俺とマサヤは寒空の下、真っ直ぐに歩き出す。

 周りの目など気にした様子もないマサヤ。

 この刺さるような視線を感じないのだろうか。

 威風堂々としたたたずまいな彼を見ていると、頼もしく感じる。

 それはいい。

 だが、マサヤを否定するのは俺の気持ちが許せない。

 彼だって必死だったのだ。

 大切な人を守るため。

 生きるため。

 怒りを、悲しみを力に変えて、そして納得する応えを探していたのだ。

 だから彼はここにきた。

 闇医者の声を聞いた。

 過去の精算ではない。

 未来へ向けた、第一歩だ。

 きぃっと金属が音を立てて木製の柵をくぐる。

 俺とマサヤは闇医者の家にたどりつくと、その壊れそうなドアを叩く。

「入れ」

 短く返してきた闇医者。

 マサヤは一歩前へ進み、ドアを開ける。

雅也まさや!!」

 マサヤに抱きつく陰が一つ。

「わしの完璧なテクニックなら、このくらい造作もないわ」

 闇医者は声高に笑みを浮かべる。

 そこにいたのはカホさん。

 ところどころ、機械の内臓や血管を持っているらしいが、アンドロイド技術と再生医療の進んだ今ならほぼ人間と言えよう。

夏帆かほ。お前……! 生きていたんだな……」

 嬉しそうに抱きしめ返すマサヤ。

 その熱は二人を包み込んでいるように思えた。

「どうだ? 九王くおう

 闇医者がニヒルな笑みを浮かべながらこちらを見る。

「いい光景です。ホント、生きていてよかった……」

 俺はじわりと目が潤む。

 ギュッと抱き合うマサヤとカホさん。

「あー。そろそろいいかい?」

 闇医者がそう言うと、二人は少し離れる。

 羞恥の色を見せる。

「オレ、すごく嬉しい。夏帆生きていた! オレ……」

 こんなに取り乱すのは初めて見たかもしれない。

 いつもオーバーな仕草をしていたが、今は感動で目を潤ませている。

 男泣きを見るのは少し微笑ましい。

 マサヤであっても泣くのだ。

 どんな人でも泣くことは許されている。

 人としての尊厳と真心の境地なのだろう。

 しばらくして、カホさんとマサヤを見送る。

 二人はしばらくこの街に滞在するらしい。


☆★☆


 オレはずっと自分の運命を呪ってきた。

 なぜオレが、オレらがこんなブタ箱に入れられ、毎日のようにネットワークを探し回っていなくちゃいけないのか。

 デザインベイビーと言われた、クローニングと遺伝子操作を行った結果の子ども。

 世界での役割を求められ、それ意外に意味はない。

 そう教え込まれた。

 洗脳されたオレらは数十人の仲間がいた。

 その中でもオレと夏帆だけは特別な力を持っていた。

 情報処理の速さだ。

 それが幹部から気に入られ、ハッカーとして活躍することになった。

 夏帆とオレは一緒にブタ箱に入れられた。

 毎日のようにハッキング、プログラムの作成。

 それが最悪だった。

 おいしいものをくれるが、それだけだ。

 たまったストレスがどこかへ行くわけじゃない。

 睡眠は3~5時間。

 その中でオレらは目の下にクマを作りながら、プログラムと戦う。

 駄作を作れば、鞭打ち。成功すれば好きな料理が出てきた。

 飯抜きなんて日もあったが、それも夏帆と一緒だから乗り越えられてきた。

 死にたいと思ったことも何度もあった。

 でも夏帆がそばにいてくれたから。


 その夏帆が死んだ。


 オレは全てに堕落し、生きることを諦めかけていた。

 でもそんな中、あの少年は生きようとしていた。

 オレには彼が輝いて見えた。

 生きている。

 それだけで可能性は生まれる。

 そう告げているようだった。

 若さからか危なっかしく弱々しくも見えた。

 守らなくちゃいけない。

 その思いがオレに勇気を与えてくれた。

 悲しみにくれる毎日よりも彼を助ける、誰かを助けられる存在でありたかった。


 オレはどこで間違えたのだろう。

 地球における環境活動家によるスペースコロニーへの攻撃。

 彼らはどれだけ多くの人が死んだのか、想像すらしていない。

 9万2千3百22人。

 それだけの人を殺しておいて、未だに人のためと言っている。

 それがおかしいことだと気がついた。

 だからオレは少年とともに宇宙軍に参加した。

 オレのハッキング技術なら貢献できると考えた。


 でもそれも間違いだったかもしれない。

 感性の豊かな少年はその戦場に嫌気がさしていたし、吐き気を催していた。

 彼は何かを感じ取っていた。

 それが殺すことへの罪悪感だと気がついたのは少しあとだ。

 彼がオレに理解を促した。

 少年はオレのお陰だと思っていたらしいが、オレは逆に彼からいろんなことを学んだ。

 人と生きるというのはこのことなのだろう。

 彼の生き様は格好いいと思った。

 純粋で素直。

 そんな気がした。

 オレの感性が間違っているかもしれない。

 人殺しに正義も悪もない。

 オレはそんな当たり前のことすら気がつかなかった。

 戦争の大義名分をいくら語ろうが、流される血や涙はけっして消えない。

 消えない罪となり、人の心を掻き乱す。

 そして最後には誰も幸福になれない世界を生む。


 オレはとある決断を下した。

 それを少年がどう思ったのかは分からない。

 ――衛星兵器の使用。

 これにより、世界を抑圧できる。

 が、それは根本的な解決ではなく、人の感じる恐怖で縛るもの。

 そこに正義はなかった。

 正義などという言葉はこの世界ではどこにもないのかもしれない。

 本当の自由がないのと同じで。


 だが、抑圧された世界の中でも変わろうとしている息吹いぶきを感じた。

 まだ見ぬ産まれてくる子どもたち。

 オレらは彼ら彼女らのためにより良い未来を作っていかねばならない。

 それが自己満足で、くだらない理想論だとしても。

 正義なんてない。

 自由なんてない。

 理想も、結局はオレのエゴなのかもしれない。

 それでもお互いにエゴを押しつけ合って、そうして世界はなりたっているのだろう。

 矛盾はある。

 でもその矛盾もどこかでつながっている。

 変えられる。

 そんな可能性を秘めている。

 彼はそれを見いだした。

 神に変わる何かを。

 オレは神だ。

 そう思って生きてきた。

 ストレスにならないから。

 自分の思い通りにできると思い込みたかったから。


 でも現実は違う。

 オレは監視され隔離され、そしてようやく解放された。

 今度は全てから解放される時が来たのだろう。

 オレはもう何も考えたくない。

 ハッキングもしたくない。

 夏帆さえいてくれればそれでいい。

 何もかも失っても、この気持ちだけは本当なのだろう。

 オレは失うばかりの人生じゃなかった。

 世界を変えようとすら思わなかった。

 いつも少年に助けられてきた。

 彼が前を向いて歩いていけるようサポートしたかった。

 それは夏帆を失ってから気がついた気持ち。

 知っていたつもりで実は知らなかった気持ち。

 オレは少し前に進めた。

 今度は夏帆と一緒に進む。

 それがオレの今の願いだ。

 さらに先んい続く未来がオレたちを待っている。

 闇医者に払った金額は億を超えたが、そのお陰で全力を尽くしてくれた。

 金は必要なもの。

 技術を買い取り、必要物資に変えるマジック。

 偏見と差別に満ちた世界で、それは実は知られていない。


 オレらの考えていた未来ってなんだろう?


 オレには未来が見えない。

 あの少年とは違って。

 目の前にある仕事を片付ける。

 そんな毎日を過ごしていた。

 だからそんな自分を変えたくて少年に託したのかもしれない。


「少年。スペースコロニー《セクメト》に行け」

 オレはネットに落ちていた情報を元に彼に道しるべを伝えた。


 これで罪が償えるとは思わない。

 これから先、オレはどんな悪夢を見るのだろう。



 レポート終わり。

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